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きっとあの時

誰にでも、『今思えば人生の帰路に立っていた』と思う瞬間があると思う。
私にもそのようなタイミングが幾つかある。
それは『良い道』のスタートの場合もあれば『悪い道』のスタートの場合もある。
私の記憶にある1番古い『人生の帰路』は『悪い道』へのスタートだ。
でも『私の人生は最悪』だとは思わない。
むしろ私は支えられてきた、愛されてきた。
それを実感しているのは『悪い道』に行ったからかもしれない。


私の名前はアキ。小学三年生の頃の話からしたいと思う。
当時の私は、授業でよく発表する子供だった。
全ての教科で発表し、誰よりも早く手を挙げるのが楽しかった。
問題が出た瞬間手を挙げ、名前が呼ばれるまでに答えを考えたりもしていた。
そんなある日、私にとって最大の事件が起きた。
いつものように挙手し立ち上がって答えていると、ある言葉が聞こえてきた。

「偉そうに」

一瞬、意味がわからなかった。誰に言っているかもわからなかった。
まさか私に向けられた言葉なの?授業で真面目に発表しているだけなのに?私が嫌な気持ちにさせたの?嫌われてるの?
頭の中がゴチャゴチャになり、その後の授業はずっと下を向いて発表出来なかった。
次の日、授業で発表しようとしたが手を挙げる事が出来なかった。怖かったのだ。
発表して嫌われたらどうしよう。でも、今までずっと発表してたのに急に発表しなくなったら変に思われるかな。じゃあ、わざと間違った答えを発表するべきなのか。やっぱりナニもするべきじゃないかも。
結局、一度も発表しなかった。
次の日も、その次の日も…
授業の発表だけでなく、人の目が怖くなった。
誰かが見ている。何か変かな。不快にさせているのかな。怖い。怖い。見られたくない。せめて目を合わせたくない。
そして私は髪を伸ばし始めた。前髪を長くして隠れたかったからだ。それ以外の方法が思いつかなかった。
徐々に髪が伸び、休み時間も遊ばず席に座って静かにして気配を消していた。
私の感情にあるのはただ一つ「目立ちたくない」だけだった。
明らかに『悪い道』へと進んだ瞬間だった。


それから程なくして三者面談があった。
先生から「最近元気が無くて心配」だと言われ、理由を聞かれた。
発表の時に聞いた言葉をきっかけに人の目が怖くなった事を話した。
「そんな事無いよ。発表して大丈夫だよ。」と言われた。
発表して大丈夫?なんでそんな事わかるの?大丈夫って何?適当な事言わないでよ。
もちろん口には出せず心のモヤモヤになり更に私は暗くなった。

数日後、6歳年上の姉がメガネを買いに行く事になり一緒に行った。
メガネ屋で姉は自分のメガネはそっちのけで私に似合うメガネばかりを探した。
「ねえ、これかけてみて」「これはどう?」「これ似合うんじゃない?」「可愛い!これ買おう!」いっぱい私を褒めて、私の伊達メガネを買った。
家に帰って伊達メガネをかけている私を姉は何度も褒めてくれた。
「ねえ、せっかく可愛いんだから前髪切ろ!もったいないよ!絶対そのほうが可愛い!私はそっちが好き!」
次の日すぐに髪を切りに行った。姉も一緒に行き、姉の指示で私の髪型は決まった。
前髪だけでなく全体的に短くなりボブになった。姉からいっぱい可愛いと言われながらハグをされ、私は少し前を向けるようになった。
『良い道』に少し進めた瞬間だった。


とはいえ、一度暗くなった私の性格は中々治ること無く成長した。姉に褒められたメガネと髪型だけを盾に生きてきた。ひたすら目立たぬように、人の邪魔をせぬように、目を合わせぬように。
そんなネジ曲がった性格でも成長はする。私は中学三年になり、それなりの高校に合格して無事中学校を卒業した。
私の卒業祝いを家で軽く行った。
大学生の姉がお酒を呑みながら、泣きながら、何度も私の頭を撫でておめでとうを言ってくれた。その時、母が言った。
「ねえ、お姉ちゃん。アキのメガネの話、したほうが良いんじゃない?中学校卒業したら話すって言ってたでしょ?」
「えー?もういいんじゃない?偉そうで嫌だよ。」
私は何のことだか全くわからなかった。
「あの時ね、お姉ちゃんメガネ買ってないのよ。」
「え?何で?」
「順を追って話すと…三者面談で、アキが髪を伸ばしている理由を聞いて、お父さんとお姉ちゃんが喧嘩したの。お父さんは、さっさと髪を切ってしまえばいいって言って。お姉ちゃんは、それだと解決出来ない!人の目の壁になる伊達メガネをつけて髪を切るべきだって。」
「そうそう。そしたら伊達メガネなんかに金出せないとか言ってきて、ムカついたから私のお年玉で買うから黙れ!って。いやー私口悪いね!ハッハッハ!」
「で、お姉ちゃんのメガネを買うって嘘ついてアキの伊達メガネを買いに行ったのよ。」
「じゃあ、この伊達メガネ…お姉ちゃんのお年玉で買ったの?何で言わないの?」
「アキは優しいからね。気にしすぎるでしょ?いいんだよ。私の1番良い買い物だったんだから。」
私はずっと姉に守られてきたのだ。元々伊達メガネと髪型には姉に感謝していたが、それ以上に守られていたのだ。
私はもっと強くならなければいけない。そう思った瞬間だった。
『良い道』に進めた瞬間だった。


姉の優しさに答えるためにも変わらなければいけないと決心した私は高校に入ってすぐにバイトを始めた。
多くの人と接して殻を破るのが目的だった。
だがそこは私。しっかり根暗に育った私。なるべく人と関わらないだろうという理由で本屋で働く事にした。
しかし実際働いていると、結構人と接する事になった。
店長や先輩はもちろん、かなりの頻度でお客さんと話す場面が訪れた。
どのお客さんも優しくて、本の場所を直ぐに見つけられなくてもゆっくり待ってくれた。
レジでスムーズにいかなくても、並んでいるお客さん全員から「大丈夫だよ」と声をかけられた。
私が会話が苦手な事を察し、買い物が無くても店に来てくれて短い会話をしてくれた。
仕事として当たり前の事を頑張っただけなのに「ありがとう」「お疲れ様」「また来るね」と声をかけられた。
だんだん私の自己肯定感が芽生えてきた。
バイトの日になる度に『良い道』に進んでいった。


高校二年になったあるバイトの日、何度も訪れるお客さんに連絡先を聞かれた。
彼は他のお客さんよりいつも長く話していて親近感が湧いていたので連絡先を交換した。
彼は違う学校の同じ高校二年生。バドミントン部に所属するスポーツマン。学校では絶対絡むことの無い陽キャの中心人物になりそうなタイプ。
私から何を話していいか分からず毎回彼から会話が始まった。
連絡先を交換して数日後、彼が私を初めて見かけた時の話を聞いた。
「俺が初めてアキちゃん見かけたのって、本屋の近くの信号機の無い横断歩道だったんだ。」
「本屋じゃないの?」
「うん。その横断歩道で渡れずにいる子供と手を繋いで渡っているのを見て…で、追いかけたら本屋に着いたんだ。それから何回か横断歩道で同じように小さい子と手を繋いで渡っているのを見て。あれからずっと友達になりたくて…いや、違うな。俺、アキちゃんを好きになっていた。」
初めて告白された。私にとって別次元の世界の話のようだった。
「あ…ありがとうございます。でも私…大学受験のために付き合えなくて…嫌いじゃないの!本当に!でも早く大学に受からないといけなくて…」
「うん、大学の話は聞いていたから。大丈夫。でも俺、変わらずアキちゃんの事好きだから。俺も同じ大学受ける!友達として一緒に頑張るって事で良い?」
「ありがとう。よろしくお願いします。」
初めての好意に戸惑いながら、ここから彼に引っ張られて『良い道』へ進んでいった。


それから、彼にバイト帰りに家まで送ってもらう事があった。学校に迎えに来て一緒に買い物にも行った。気持ちが落ち込んだ時は、何も喋らず隣りにいて話せるようになるのを待ってくれた。
そんな彼を好きになるのに時間はかからなかった。
高校二年のバレンタイン直前、彼がチョコ欲しいと話していた。
しかし私はそれまでバレンタインチョコをあげたことが無くて困惑した。
陽キャ限定のイベントだし私には無縁だったからだ。
でも、これはいつもの感謝のお返しのチャンスだと初めてチョコを買った。
バレンタイン当日、彼との約束の場所に行くと既に彼が待っていた。
部活用の鞄がいつもより膨らんでいる。
「あ、もしかしてチョコいっぱい貰った?」「あ…うん。貰った。ありがたいから後でちゃんと感謝しながら食べるよ。」
「あー…そっか。10人以上から貰ったんじゃない?」
「そうだね。うーん…まあ、ありがたいね」「どうしよ。欲しいって言ってたからチョコ持ってきたけどまだ持てる?」
「マジで!持てる!絶対欲しい!」
本気で喜ぶ彼を見て、私は激しく自己嫌悪に陥った。
欲しいって言っていたから持ってきた?偉そうに!違うだろ!毎日感謝しているから気持ちを伝えたくて買ったのに!最悪だ!
結局私は変われてなかったのか?いっぱい支えられてきたのにこれでいいのか?
少し話して別れようとした時に「明日も会える?」と会う約束をし、急いでチョコとアーモンドとチョコを流し込む銀カップを買って家で作った。
作りながら涙が出た。誰よりもまっすぐ向かい合ってくれる彼に懺悔の気持ちと、本気で彼を好きな自分に気付いて涙が止まらなかった。
次の日に待ち合わせの場所に行くと、相変わらず彼が先に待っていた。
「昨日のチョコは、欲しいって言っていたから。これは!私が!あげたいから!いつも助けられてるから!大事な人だから!1番大事な人だから!」
その後も、うまく伝えられてるか不安でひたすら想いを伝えた。やっぱり涙が出てしまった。
もはやプロポーズ。それをしっかり聞いてくれて、ちゃんと受け取り、食べてくれた。
「ああ、美味い!今までで1番美味しい!へへっ、1番嬉しいバレンタインだよ。」
そのお返しのホワイトデーで「今付き合えないのはわかるけど、改めてちゃんと気持ち伝えるね。俺、あれからずっと好きだから。お互い大学合格したら、付き合って、大学卒業したら結婚して、ずっと一緒にいたいって考えてるから」と言われました。
一瞬『悪い道』に行きかけたが今までの周りの人の優しさのお陰で少し変われていた私は強引に『良い道』に進めた。


無事に大学に合格した私達は、すぐ付き合った。
そんなある日、デートでデパートに行った。色々ショップを周り、そろそろ食事かというタイミングで彼のスマホが鳴った。
行き先のデパートを聞いていて、ちょうど昼御飯をそこで食べるけど一緒に食べるか?という内容。いきなり彼のご両親と会う大イベントが発生したのだ。
もちろん直ぐにOK。以前から挨拶に行きたいと思っていたからだ。
待たせてはいけないと待ち合わせの食事処に行くと、既にご両親が並んでいた。
「始めまして。◯◯さんとお付き合いさせて頂いてます◯◯です。本日はお食事のお誘いありがとうございます。」
「あら!緊張しなくて大丈夫よ。私も会いたかったから。急なのに来てくれてありがとうね。」
「実は以前からずっと挨拶したかったんです。私はずっと自分の殻に閉じこもっていて何も出来ない人間でした。でも、彼のお陰で変わることが出来ました。ずっと感謝していて、尊敬していて、それを伝えたかったんです。本当にありがとうございます。」
「そうなの?えーと、下の名前は?アキちゃんね。あのね、私の息子は実は普通なのよ。もちろん私の自慢だけどね。もしあなたが変われたのなら、それはあなたの中に変われる力があったからよ。あなたは力のある人なのよ。でも、私の息子を褒めてくれてありがとうね。」
そう言ってお義母さんは私を抱きしめてくれた。無意識に私もお義母さんを抱きしめて泣いていた。
こんな人のようになりたい。また尊敬する人が増えた瞬間だった。
進みたい道が見えた。それこそが『良い道』だと当時も感じた。


私の人生の大きな帰路以外にも小さい帰路は幾つもあった。どちらかと言えば『悪い道』を選んでいるほうが圧倒的に多い。
しかし、大きな帰路で私には力強い味方がいて、私を『良い道』へと進めてくれた。
始まりの苦しい時代の入口になった『悪い道』を完全に受け入れるのは難しいが、きっとあの出来事が無ければ今の私は存在しない。
今の私は、彼と結婚し、子供も授かり、義父義母共に大切にされている。
これ以上の『私』が存在した可能性はきっと無い。あったとしても、今の私の周りの人を失うようならいらない。つまり、今の『私』がベストなのだ。
今だに陰キャで時々気落ちするが、こうやって半生を書き出してみると私の人生は結構良いもんだ。細々とした嫌な出来事もあったが人生のスパイス程度のものだ。
むしろスパイスが効いていてオイシい人生じゃないか。
きっとこれからも幾つも人生の帰路に立つだろう。
全てを正解の道を選べる自信は正直無い。
だが大切な人を裏切らないよう生きていく。
こんな気持ちにさせてくれた私の人生に関わった素敵な人々に感謝する。

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