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あの子にはもう二度と会えないんだ

4年ぶりに会った甥は、ずいぶんと高い位置に顔があった。

今の甥が身長185㎝であることは姉からのLINEで知っていたが、目の当たりにするとあまりに大きくてなんだか笑ってしまう。こんなに大きくて、米津玄師のような藤原基央のような前髪をしているのに、目や輪郭には小さな頃の面影が残っていた。

「久しぶりー。大きくなったねぇ」

そう言った自分の口調がすっかり親戚のおばさんでおもしろい。夫も「身長、越されちゃったなぁ」と親戚のおじさん然としたことを言った。

「あ、久しぶりです。……今日、よろしくお願いします」

甥はペコリと頭を下げる。その声は私が知っているものと違った。それに、私たちに敬語だったっけ?

4年ぶりの距離感は難しい。縮めなければ気まずいし、近づきすぎればウザいだろう。

姉の長男である甥は大阪に住んでいる。つい先日中学を卒業し、今は春休みだ。

今回、彼は好きなバンドのライブのため東京に来た。普段はそんなこと許されないが、高校の合格祝いとして姉が特別に許可したのだ。姉が出した条件は、東京では私と行動を共にすること。それで、私と夫は新幹線の改札まで迎えに来た。

「ライブまで好きなとこ連れてってあげる。東京で行きたい街ある?」

「いや、東京わかんなくて」

「見たいお店とか」

「あ、ギターとレコード」

甥は音楽が好きだ。よく父親のお古のギターを弾いているらしい。

君は小さいときからお歌が大好きだったもんね。

そう思ったものの口には出さない。たぶん、年頃の子は言われたくないだろうから。

甥が2歳のとき、数ヶ月間だけ一緒に暮らしたことがある。姉が第二子を里帰り出産するため、長男を連れて実家に滞在したのだ。

当時私は一人暮らしをしていたが、姉は切迫早産になりかけて絶対安静を言い渡され、甥はイヤイヤ期まっさかりで手がかかり、参った母から応援を要請された。次のバイトを見つけるまで身体が空いていた私は、実家で子守を手伝うことにした。

久しぶりに実家に帰ると、暴君のような2歳児がいた。

暴君の怒りスイッチはどこにあるかわからない。私が愛犬の散歩に行こうとすれば「お散歩はばあば! サキちゃんはダメ!」と怒り、たまごボーロを袋ごと渡せば「おたら(お皿)に入れて―!」と怒り、うどんの麺を箸で切ってやれば「切っちゃダメ―! テープでくっちゅけてよー!」と怒る。

そして、床にひっくり返ってギャンギャンと泣き叫ぶ。一度その状態になるとどれだけ宥めても抱っこしても止まらない。何十分も渾身の力で大暴れする。

イヤイヤ期というものがあるのを知ってはいたけれど、まさかこれほどとは。私は途方に暮れた。

そんな甥だが、かわいいときもあった。大好きな絵本を得意気に暗唱するときや、私が雑誌を読んでいると「なにちてるの? 生協さんちてるの?」と覗きこんでくるとき。

一番かわいかったのはお歌を歌っているときだ。甥はお歌が大好きで、童謡のDVDを観ては「じぇーんぶわかった!」と言って高らかに歌い出す。

「おーおーきなのっぽのふうどけいー♪」

その舌足らずな歌声が、なんとも言えず愛くるしかった。

中央線で御茶ノ水に移動し、学生向けのばかみたいにボリュームがあるハンバーグ屋でランチをとる。私と夫はもう昔のようには食べられず、一皿をシェアすることにした。

甥との会話はなかなか弾まない。

話しかければ返ってくるが、そこからトークが広がる感じではなく、どうしてもぎこちなくなってしまう。夫は私よりあれこれ考えずに会話できるタイプなのだが、いかんせん気が利かないので、自分から話題を振って場を盛り上げてはくれない。しばしば沈黙が訪れ、そのたびに気まずい思いをした。

たぶん、甥も同じことを感じているのではないか。甥は甥で、4年ぶりに会う叔母夫妻との接し方を探っているように見えた。

ランチのあとは、甥のリクエストどおり楽器屋へ行った。甥はいくつものギターをひとつずつ丹念に眺める。何を言うでもないが、横顔から嬉しそうな気配が伝わってきた。

いくつかの楽器屋を巡ってから、ディスクユニオンへ行く。ここでも甥は目を輝かせて長い時間レコードを物色した。私と夫はやや離れたところで、店内を見るともなしに見ながら待った。

店を出て神保町へ向かって歩きながら、私は言った。

「昔さ、この辺にジャニスってレンタルCDショップがあって。流行りの音楽じゃなくてマイナーなのとか古いのもあって、セレクトがすごいよかったんだよ」

甥は一瞬「サ」と言いかけてから、「何聴いてたんですか?」と言いなおした。彼が、私の呼称を避けていることに気づく。昔のように「サキちゃん」とは呼べないのだろう。

「ソウルフラワーユニオンとか」

「いいっすね」

その言い方が、なんだかよかった。

渋谷へ移動し、ライブハウスに甥を送り届けた。

「私たちはこの近くのお店で待ってるから。終わったら連絡ちょうだい」

「はい」

夫とその場を後にして歩き出す。少ししたところで振り返ると、甥は大人たちに交じって開場の列に並び、スマホをいじっていた。

それを見た瞬間、感情の波が押し寄せてきた。

あぁ、あの小さな子は、もうこの世のどこにもいないんだ!

「おーおーきなのっぽのふうどけいー♪」と舌足らずに歌っていた、床にひっくり返って泣き叫んでいた小さな暴君。あの子には、もうどうしたって会えないんだ!

そんな当たり前のことに気づき、膝から崩れ落ちそうになる。

甥が大切な存在であることは今も変わらない。この先なにがあっても、私は彼の幸せを願うし、彼が困っていれば手を差し伸べるだろう。その気持ちは本物なのだけれど、2歳のあの子に会いたい気持ちも、紛れもなく本当だ。

どうか、どうかもう一度あの子に会わせて。

胸が詰まり、思わず立ち止まる。渋谷の雑踏は夜の色に染まりつつあった。




この文章は事実とフィクションを混ぜて書いたものです。どこまでが事実かはご想像にお任せします。実際の甥は中3の受験生。来年の春、彼が合格祝いを受け取れますように。

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