なんてことない日だけど、一生忘れたくない日

一昨日、「今のこの時間を一生忘れたくないな」と思った。

でも、私はすぐに忘れてしまう。だから、覚えているうちに書き残そうと思う。

◇◇◇

先日、後輩のY君が我が家に泊まった。私はすっかり酔っ払って、結婚前に夫と撮ったプリクラを引っ張り出してきて素面のY君に見せた(彼はお酒が飲めない)。

深夜に眠り、翌朝は9時頃にもそもそと起き出す。カーテンを開けたら、春分の日だというのに雪が降っていた。

夫がコーヒーを淹れてくれて、3人でこたつに入り、窓の外を眺めながら飲んだ。

二日酔いでだるくて、「だるい」と言うと、Y君に「大学生みたいなこと言いますね」と言われた。彼は「だるーい」と架空の大学生の物真似をしてみせる。「違うよ、若者のだるいは『めんどくさい』ってニュアンスでしょ。おばさんのだるいは身体的な倦怠感だから」と言うと、あははっと笑った。

その日は、特に予定を決めていなかった。一度こたつに入ると、なかなか出られなくなってしまう。私たちは何をするわけでもなく、こたつを囲んでだらだらとお喋りをしていた。

「こうしてると、小屋にいるみたいですね」Y君が言った。

小屋とは、去年まで私たち夫婦が任されていた小さな山小屋のことだ。基本的にその小屋に常駐しているのは私たち夫婦だけ。わりと近くに経営母体となる大きな山小屋があり、そのスタッフが日替わりで手伝いに来ていた。Y君もその一人だ。

「ほんとだね。小屋でもこんな感じだったね」

そう言うと、なんだか泣きたくなった。

小屋のちゃぶ台やブラウン管テレビ(!)、点けてからしばらくは薄暗い裸電球、窓の隙間から吹き込んでくる風、枕元で死んでる虫、夜に外のトイレに行くときに見る星空。色々な光景が一気に思い出されて、懐かしさの波に飲まれた。


Y君と一緒に仕事をしたのは全部で3シーズン。彼は私たちの小屋に泊まる機会が多く、何度も一緒にちゃぶ台を囲んだ。

彼が泊まりの日は、本当にたくさんの「中身のない話」をして笑い転げた。中身がなさすぎて、その場にいなかった人に面白さを説明できない、そんな話だ。

たとえば。

洋画の話をしていたY君が俳優の名前を度忘れして、「えっと、その俳優、あの映画にも出てたんですよ、この前話した映画」と映画のタイトルも度忘れした。すると夫がすかさず「パシフィック・リム?」と言ったので、私もすかさず「芦田愛菜?」と畳み掛けると、なんだか3人ともツボに入ってしまい、「ひー! あ、芦田愛菜!!」と言いながら笑い転げた。

その場にいなかった人は「何が面白いの?」と思うだろう。そんなの、私たちにもわからない。でも、あのときの私たちは爆笑したのだ。いい大人が3人とも、絨毯の上で文字通り「笑い転げた」。

◇◇◇

こたつの中で、昨シーズンの山小屋の話をする。

Y「7月、天気が悪くてヘリが土曜に飛んで、ヘリからの激混みで戦場みたいな日ありましたよね」
私「そうだったっけ?」
夫「そう言われるとそうだったかも」
私「他に誰がいたっけ?」
Y「○○さんです」
夫「なんか思い出してきた」
私「うん、どの日のことかわかった」

私も夫も、たった半年前のことなのにほとんど忘れてしまっている。

話を聞いて、その日あったできごとは思い出した。

でも、その日の私がどんな光景を見ていたのか、どんな気分でいたのか、どんな話をしたのかは、思い出せない。過ごした時間の「手触り」が、まったく思い出せないのだ。

そこが一番、覚えていたいことなのに。

◇◇◇

12時になって、おそばを茹でて食べた。雪は止まないし、私たちもこたつから出なかった。

紅茶を飲みながら、好きな芸人の話や好きな映画の話、好きな友達の話、日常の中で「人生って最高じゃん……!」と心を揺さぶられる瞬間の話をした。

今のこの時間を一生忘れたくないな。

そう思った。


夕方。

Y君は「これ以上いるともう一泊しちゃうんで」と言い、帰っていった。

私は、今日のことを忘れないうちに書き留めようと、ノートパソコンの電源を入れた。


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