ボタンを掛け違えたのは誰だ？

私この神社の神なんですけど、一年で一番忙しいのって実は神無月なんですね。

神無月に出雲大社で向こう一年の男女の縁を決めるんですが、これがもう過酷な労働で。

昔はね、八百万の神って言うだけあって本当に八百万人近い神様が宴会しながら決めてたらしいんですけど、今はそんな効率悪いことできません。

リストラで神様八十人まで減っちゃって。一人の神が七十万人、つまり三十五万組の縁を結ぶとか、ザラなんですよ。

今年からコンピュータが導入されたんですけど、僕が担当する男女のデータも予め入ってると思いきや、それは従来通り紙で渡されまして。

想像してみてください。

デスクに山積みにされた七十万枚の履歴書に目を通してベストな組み合わせを考えるんです。過酷な仕事でしょう？

しかもね、自分が担当したカップルが別れるとペナルティが給料から引かれるんですよ。

これね、キツイですよ。神様一年目のときなんて、相性を考慮せずに適当にくっつけてたら翌年ほとんどのカップルが別れちゃって、その度に給料から引かれて。毎日霞食ってましたもん。

だから、なるべく別れないような組み合わせを考えなきゃいけないんですよね。

ポイントは価値観が近いこと。育ってきた環境や金銭感覚、趣味なんかですね。

ペアを決めたら、今度はそれをパソコンに入力していくわけです。

やりましたよ、七十万人分。人間技じゃない？　ええ、一応神ですから。

でも、神業をもってしても大変な仕事量です。

だから神無月の終盤はね、みんな職場に泊り込みです。風呂も入れず何日も徹夜。出雲大社から退社できないんですよ……すみません、つまらないですね。

すべて入力し終えたのは神無月最後の夜。納期の数時間前です。

が、ここで問題が発生しました。

履歴書が一枚余ってるんです。

見ると、Ａ男さんという男性のもの。この方はＡ子さんと結んだはずでした。画面を見ると、Ａ子さんのパートナーの欄にはＢ男さんとある。あれ、Ｂ男さんはＢ子さんと結んだはずなのに、と思ってＢ子さんの名を見ると、パートナーはＣ男さん。

わかります？

入力欄が一つずつずれてるんです！

ボタンの掛け違えと同じで、一ヶ所間違えてしまい、それ以降全部ずれてしまったのでしょう。マークシートでやらかすと大変なことになる、あれです。

どうしよう。

頭が真っ白になりました。どこから間違えてるのかわからない、全部やり直す時間もない。

もしも最初のほうで間違えてたら、三十五万組のほとんどが別れてしまうかもしれません。そんなことになれば給料がほとんどなくなってしまいます。

ふと、先輩に聞いた噂を思い出しました。

大社の奥に緊急時用のリセットボタンがあって、押すとすべての入力データが消えるらしい。そんな噂です。

押してしまおうか。いやいや、自分のだけじゃなくて他の神々のデータも消えるんだとしたら、絶対にあってはならないこと。でも、押してしまえば楽になる……。

逡巡していると、ブウンと大きな音がして、パソコンの画面が真っ黒になりました。

僕のだけじゃなく、大社中のすべてのパソコンの電源が落ちたようです

「何があったんだ！？」

神々がざわめきました。

後になってわかったんですけどね、超過労働で精神的に追いつめられた若手の神が件のリセットボタンを押しちゃったそうです。

ええ、おかげで僕が結んだ三十五万組のデータが消えました。

僕だけじゃない、すべての神が結んだすべての縁が、一瞬で消えたんです。

データを保存してなかったのかって？　ええ、していませんでした。

データの復旧作業？　無理無理。なんせ今年からパソコン導入したアナログな職場です。こういった事態に対応できる神がいないんですよ。

と言うわけで。

大変残念なお知らせですが、これからの一年間、すべての男女の縁は結ばれません。

今現在、恋人ができることを願ってこうして縁結びの神社に参拝しているあなた方には大変申し訳ありません。

でもまぁ、恋人ができないのはあなただけじゃない、日本国民みんなです。そう思えば少しは気が楽になりません？

もう、そんなにブーイングしないでくださいよ。僕のせいじゃないんですから。

リセットボタンを押したのは他の神だし、彼をそこまで追いつめたのは一人の神が七十万人の縁を結ぶ労働環境。その原因は八百万いた神がリストラによって八十人にまで減らされたからで、じゃあそのリストラの原因は？ 

神業界ではね、人間が神を信仰しなくなったから大規模なリストラがあった、って言われてるんですよ。

はじめにボタンを掛け違えたのは、一体誰なんでしょうね？