鼻糞が僕を救った話。(グリム童話より抜粋)

今日は雨だった。ジメジメとした空気がからだにまとわりつき、不快指数は最高潮だ。ボクは誰もいない廊下を一人歩いていた。今日は大切な会議があり、初めてこの大きなビルにきていた。

初めてのビルに緊張しながらも、前後を眺めた。

人の気配はなかった。

私は大きく振りかぶり、人差し指で鼻をほじる。その整えた爪はまるでオーダーメイドのスーツのようだ。僕はこれまで何度となくこの人差し指で鼻をほじってきた。

とれた鼻糞は、きれいに爪にひっついている。今日は湿度が高いからか、それは美しく爪に張り付いている。爪が美しいスーツだとしたら、鼻糞はまるでチーフである。それだけでは、ただのハンカチであるが、スーツにシュッと指すと、全体を華麗に引き締めてくれ、男性のランクを一つあげてくれる。
この鼻糞は、昔からずっと僕の人差し指にあったかと勘違いもしてしまいそうだった。

その指の先を一通り眺めたあと、私はまた歩き出し、廊下の壁に近づいた。再度、前後を確認し、ピッと廊下の壁に鼻糞をつけた。

私は普段、ティッシュを持ち歩いていない。

この恐ろしい罪をはじめてしたのは恐らく、小学生のころだったと思う。初めて机の下に鼻糞をつけたとき、先生にばれるのではないか、隣の席の女子にばれるのではないか。そんな事を考え、ずっと下を見ていた気がする。

ただ、今年30歳になる僕は違う。確固たる自信が心の中にたたずんでいる。きっと僕は西麻布のバーでウイスキーを飲みながらでもテーブルの裏に鼻糞をつけることが出来る。
昔とは違い堂々と顔をあげて廊下を再度歩き始めた。

次の角を右に曲がったところで、おかしなことに気づいた。

あれ? ここはどこだろう。 この角を曲がると目的の部屋があるはずだった。しかし、部屋なんてものはなく、さらに道が続いていた。

いつの間にか、迷っていたみたいだ。階数はここであっているはずだが、いかんせんビルが大きすぎて、自分がどこにいるかもわからない。

こういう時は一度、はじめの場所に戻って、道を選ぶほうが逆に時間がかからない。

と、来た道をふりかえってみても、そこには幾何学的な廊下があるだけで、自分はどの道をたどってきたかもわからなかった。

このままでは、会議に遅れてしまう。

そう思ったときに、僕は壁にへびりついた、黄金の道導をみつけた。

そうだ、僕はこの道からきたのだ。これで迷うことはない。自分がつけてきた鼻糞が、今までの人生を照らしてくれる。

小学校から僕はずっと間違っていなかったのだ。




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