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ファンタジー

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吉田図工のファンタジー作品です
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2022年3月の記事一覧

【ショートショート】そして天使の羽根は落ちた

ベランダの手すりにもたれて夜空を見上げる少女。 そんな彼女の目の前にフワリと天使は回り込んだ。 「ところでリッコ。そろそろ決まった?」 「ちょっとピロちゃん邪魔。空が見えない」 「ここで何してるのさ」 「今夜は流れ星がたくさん見える夜なの」 パタパタと小さな羽根を動かし彼も夜空を見上げた。 「確か今夜は双子座のお祭りだったはず。こっちじゃ流星群て言うんだっけ。そんなことより早く願い事を言ってよ」 「別に無いから帰っていいよ」上を向いたまま彼女はそっけなく言った。 「何回も言っ

【ショートショート】フェンシング新種目 ースマホー

防具を装備した両者がセンターラインで対峙する。 互いに息を整え闘いのフォームを構える。 そして全身から指先へ神経を集中させるように細く長く息を吐く。 会場はピンと張り詰めた緊張に静まりかえっていた。 フェンシングはフルーレ、エペ、サーブルの3種の武器があり それがそのまま種目の名前になっている。 その長い歴史に新しい風を吹かすべく新たな種目『スマホ』が創設された。 観衆の注目を一身に受ける両選手のその手には現代の武器、スマートフォンが握られている。 「チャットアプリ!」審判

【ショートショート】虹泥棒

「あぁ、今年も虹泥棒が出たな」 畑を耕す手を止め農夫は遊びに来ていた孫に言った。 「虹泥棒?」 「ほれ、あの虹をよく見てごらん。少し変じゃろ」 「……あ!赤色がない!1色足りない!」 「時々、虹から色が盗まれるんじゃ。今日みたく赤が盗まれる時もあるし別の色の時もある」 農夫は顔の汗を拭い、孫の隣に腰掛けた。 「しかも犯人は分かってるんじゃ」 「え、誰なの!?」孫は空を見上げる眩しい表情のまま振り返った。 「神様じゃよ。この世界を修理する時に足りない色があるとこっそり虹から拝借

【ショートショート】涙の独り占め

エリモクは悲しくても1滴の涙も流れない事に気がついた。 悲しみは膨らむ一方で、涙を絞り出そうとする眼は次第に熱くなる。 肩に気配を感じると涙鳥の姿があった。 「エリモク。それはもう一生分の涙を使い切ったという事だよ」と耳元で囁く。 「どうすればいいの?」と聞いてもホケキョと残し飛び去っていった。 遂に腫れ上がった瞼は視界を奪う。 何とか手探りで川辺へ辿り着き、水で瞼を冷やしても腫れはひかなかった。 「どうしたんだい?」と傍で声がした。 「涙が枯れて悲しみが無くならないんだ」声

【ショートショート】いつかシーソーは傾いて

「人間いつかは死ぬ」 それはトマス爺さんの口癖だった。 『いつか』なんて嫌な事を後回しする為の言い訳だと思っていた。 足取りは自然に公園へと赴く。 爺さんがいつも休憩していた公園。そして爺さんと出会った公園。 ベンチがあるのに爺さんはいつもシーソーの片一方に座っていた。 「1人で座ってて楽しい?」 「そう思うなら座っておくれよ」 初めて座った時はちょうど横一線になり体重の均衡が取れた。 「ほう。でもすぐに体重が抜かれてお前の方に傾くだろうなぁ。名前は?」 爺さんの笑顔も昨日