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2-1 メンデル遺伝学①

 この記事では遺伝学の基礎になるメンデルの実験とその解釈についてまとめていく。

初期の遺伝研究と仮説

 遺伝に関する現代的な実験が行われずとも、その研究の歴史はかなり長い。5000年前にはナツメヤシや馬の雑種作成を行っていた記録がのこっており、また19世紀にはチューリップなどの装飾用商業植物の育種が盛んにおこなわれた。こういった背景から遺伝に関する仮説が2つ提唱された。

仮説1-各親は等しく子に寄与する(正しい仮説)

相反交雑によってこの仮説が正しいことが示唆された。これはある異なる形質を持つ親同士を雌雄を入れ替えた2群を用いて比較するものである。例えば赤いバラと白いバラを用意して、それを交配させるとする。このとき、「赤いバラを雄親、白いバラを雌親」と「赤いバラを雌親、白いバラを雄親」という2群を比較実験するのが相反交雑である。
 そして形質が常染色体由来である場合、相反交雑の結果はいつも同じ(雌雄入れ替えても子の形質は同じ)結果になり、「両方の親は子に対して等しく寄与する」ということが示唆される。

仮説2-子では遺伝要因が融合される(誤った仮説)

 この仮説は「遺伝要因が卵と精子にある」というもので、例えば「赤い花と白い花を交配させたらピンクの花ができる」のように形質が混ざり合うという仮説である。
混ざり合った遺伝要因は切り離されず、次の世代に伝えるときは「赤い花と白い花」という要素ではなく「ピンクの花」の要素で遺伝する。
 もちろん、これは誤りであるが、一部の生物は“見かけ上”そのような遺伝をするものもいる。

 オーストリア人のグレゴール・メンデルはこの2つの仮説を検証し、前者のみを正しいとした。

メンデルの実験とその影響

 メンデルが1866年に発表した論文は、最初ほとんど影響力を持たなかった。しかし、1900年までに減数分裂と染色体の関係性が徐々に明らかになり、メンデルの仮説が正しいことが明らかになった。

 メンデルは最初、栽培が容易であること、受粉を操作しやすいこと、多様な形質の個体が入手できることといった理由からエンドウを選んだ。エンドウは一つの花の中に雌雄器官を有しているため、他の花の花粉を受粉することがないことも実験に適している理由の一つになった。
 研究は適した形質や遺伝的な特徴を探すことから始まった。ここで一旦用語を整理する。

特徴:花の色や種子の形など、観察可能な外観のこと
形質:白の花や赤い花など、特徴における特定の型のこと
遺伝形質:親から子へ伝達される形質

 メンデルが探したのは明確で対照的な特徴の形質である。加えて、その形質は純粋種、つまり何世代にもわたって存在する唯一の型であることも条件になる。白い花のエンドウを交配させれば必ず白い花のみを生じるなどの特徴が必要なのである。メンデルは近親交配を繰り返すことによりこれを達成した。近親交配とは、外見的特徴が一致する兄弟植物を交配or自家受粉させることである。

実験手法

  • 1つの親株から花粉を集め、自家受粉を防ぐために雄性器官(葯)を除いた別の株の雌性器官(柱頭)に付着させる。これたの株を親世代$${P}$$とした。

  • できた種子を植える。これを第1世代($${F_1}$$、$${F=}$$filial(子供の意味))とする。$${F_1}$$の形質を調べ、その数を記録する。

  • 実験によっては$${F_1}$$植物を自家受粉させて第2世代($${F_2}$$)を生じさせて、形質とその数を記録する。

一遺伝子雑種交雑

 雑種とは、1個以上の形質が異なる親同士での交雑によって生まれた個体のことを指す。一遺伝子雑種交雑は、ある形質(一遺伝子)だけが異なっていて、他の形質がすべて同じものを雑種交雑する手法である。メンデルはこれを使って第2世代まで育成した。以下に実験で使用した対照的な形質を持った7組のエンドウのデータを示す。優性と劣性(今では顕性と潜性というらしい)は義務教育なので知ってるはず。

$$
\begin{array}{}
\fbox{親世代の表現型}&   &\fbox{F2世代の表現型}&   
\end{array}\\
\begin{array}{}
優性&&劣性&優性&劣性&総計&比率\\ \hline
球形の種子&×&しわの寄った種子&5,474&1,850&7,324&2.96:1\\
黄色の種子&×&緑色の種子&6,022&2,001&8,023&3.01:1\\
紫色の花&×&白色の花&705&224&929&3.15:1\\
膨張した鞘&×&収縮した鞘&882&299&1,181&2.95:1\\
緑色の鞘&×&黄色の鞘&428&152&580&2.82:1\\
軸上にある花&×&末端にある花&651&207&858&3.14:1\\
長い茎(1m)&×&短い茎(0.3m)&787&277&1,064&2.84:1\\
\end{array}
$$

 メンデルの実験の結果、$${F_1}$$世代は全部優性の形質が現れ、$${F_2}$$世代では優性:劣性=$${3:1}$$で現れるという結果になった。また、この実験は相反交雑によって行われたため、この記事の冒頭で示した仮説が正しいことが示唆された。

融合説の棄却

 融合説が正しいとすれば、$${F_1}$$で優性と劣性の中間の形質が現れるはずである。さらに$${F_2}$$で再び劣性形質が現れたことも融合説では説明ができない。

粒子説の提唱

 メンデルの実験で特定の形質の遺伝を担う単位として、"分離する粒子"が存在することが示唆された。この粒子は他の遺伝形質を担う粒子が存在していても独立性を保ち、父親と母親由来のそれぞれ1個ずつ計2個の構成単位が存在することをメンデルは提唱した。これは現在の遺伝子論と相違ないものである。
 メンデルが提唱した遺伝粒子が遺伝子と呼ばれるものであり、ある個体のすべての遺伝子をゲノムと呼ぶ。

実験の総括

 この実験で示されたのは「2つの異なる純粋種の親植物は形質を決定する異なる遺伝子の型を持つ」ことである。優性純粋種の場合は同じ遺伝子$${A}$$を2個持ち、劣性純粋種も同様に遺伝子$${a}$$を2個持つ。そして$${AA}$$親と$${aa}$$親はそれぞれ$${A}$$配偶子と$${a}$$配偶子を産生し、$${F_1}$$世代においては遺伝子が$${Aa}$$になる。
 $${A}$$と$${a}$$の遺伝子をともに持つとき、$${a}$$が表現されないため、「$${A}$$は$${a}$$に対して優性である」と表現される。
 そして、$${F_1}$$親の産生する配偶子は$${A}$$と$${a}$$になるため、$${3:1}$$で$${F_2}$$世代は優性と劣性が現れる。

対立遺伝子

 上で言及された$${A}$$と$${a}$$のように、遺伝子の異なった型を対立遺伝子と呼ぶ。純粋種であれば$${AA}$$のように対立遺伝子のうち同じものを2個持つことになる。このような状態を「対立遺伝子$${A}$$に対して同型接合性(ホモ接合性)を持つ」と表現する。
 一方で、メンデルの実験における$${F_1}$$世代のように$${Aa}$$、つまり異なる2個の対立遺伝子をもつ場合は「異型接合性(ヘテロ接合性)を持つ」と表現する。また、ある特徴に対して同型接合性、異型接合性を持つ個体はそれぞれ同型接合体、異型接合体と呼ぶ。

 生物の遺伝的形質に差異が現れるのは、もちろん1種類ではない。メンデルの実験でも7種類の形質について調査が行われている。
 なので、3対の遺伝子、例えば遺伝子型$${AABbcc}$$を有する個体を考えることもある。この場合、$${A}$$遺伝子と$${C}$$遺伝子についてはホモ接合性を有するが、$${B}$$遺伝子についてはヘテロ接合性を有するといえる。

表現型と遺伝子型

 生物の外見に現れる形質のことを表現型と呼び、$${AA}$$、$${Aa}$$、$${aa}$$など遺伝子の構成を遺伝子型という。そしてメンデルは、この表現型が遺伝子型の結果であると推測した。”球形の種子"と"しわの寄った種子"の表現型は2種類であり、これは3つの遺伝子型$${AA}$$、$${Aa}$$、$${aa}$$によるものだと言える。

この記事ではメンデル遺伝学の基本と必要な用語を学んだ。次回以降はそれがどのように現代の遺伝学につながっているか、理論を中心に学んでいく。

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