自分を責めるネガティブな心の声(チャッター)の連鎖
チャッターとは
イーサン・クロスの『Chatter(チャッター)―「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』によれば、チャッターとは頭の中に浮かぶ思考や言葉のことです。
チャッターの内容の多くはネガティブなものです。しかも繰り返し頭の中で再生され、自分を責めたり否定したりすることでネガティブな思考や行動が生み出されやすくなってしまいます。
チャッターが出やすい場面は、例えば学校の先生で言えば、保護者参観の授業や公開授業など、外部の人々から自分の授業が見られる場面や、子どもたちが自分の予想外の言動をした場面があげられます。
このような場面で、「ちゃんとしなきゃ」とか「失敗してはいけない」、「間違えると恥ずかしい」といったチャッターを教師が抱いていると、緊張しすぎて余計に失敗しやすくなったり、子どもたちに対して不必要に厳しい指導をしたりしてしまいがちです。
もちろん、教師の理性の力が強ければチャッターを乗り越えて、適切な指導をすることができます。しかし、チャッターを抱えていると、まるで心のアクセルを踏み込んでいるのにブレーキもかかった状態になって精神的に疲れ切ってしまったり、感情的に我慢を重ねて限界が来たときに爆発する形で誰かに当たり散らしてしまったりすることにもつながりかねません。
チャッターの原因と世代間連鎖
チャッターが生まれる原因は、子どもの頃の親や教師など身近な大人から言われた言葉や受けた行動にあります。もちろん、大人がある言葉を言えば、その言葉がそのまま子どものチャッターとなるわけではありません。子どもが身近で信頼する大人の言動をどのように受けとめたか、というところが重要です。
教師の話題から外れますが、ほとんどすべての人が持っているであろうチャッターとして「ゴキブリが怖い」があげられます。
一度冷静になって考えてみましょう。ゴキブリは人間を襲いませんし、毒も持っていません。確かにゴキブリが繁殖する環境は衛生的によくないとは言えます。だからゴキブリを駆除した方がよいのは当然のことです。しかし、怖がる必要はありません。なぜ、人はそんなにゴキブリを恐れるのでしょうか?
恐らく、「ゴキブリが怖い」チャッターは世代間連鎖によって生まれたと思われます。皆さんが小さい子どもの頃は、自分を守ってくれる親に対して絶大な信頼を寄せていたはずです。ところが、家の中にゴキブリが現れると、その信頼する親がゴキブリを怖がりながら退治するのです。
この現象が子ども目線でどう見えるかをウルトラマンや仮面ライダーなどのヒーローの話に例えてみましょう。
子どもから、親は自分の安心・安全を守ってくれるウルトラマンや仮面ライダーのようなヒーローのように見えています。ヒーローは子どもが困った時に助けてくれます。
ところが、なぜか家の中にゴキブリが現れるとヒーローの様子が一変します。いつもは自信にあふれていてなんでも解決してくれるはずのヒーローがその小さな虫を異常に怖がるのです。頼れるはずのヒーローが怖がる対象(ゴキブリ)って、どれほど恐ろしい存在でしょうか?小さな子どもの心の中にはすさまじい恐怖が沸き上がります。
この恐怖の繰り返しが「ゴキブリが怖い」というチャッターを生み出し、世代間で連鎖するのだと思います。
チャッターがもたらす心のブレーキとチャッターの克服
「ゴキブリが怖い」チャッターは、世代間連鎖をしてもそれほど問題にはなりませんが、多くのチャッターは大人になって子どもたちと接する時にしばしば問題を引き起こします。
「ちゃんとしなきゃ」というチャッターを抱いている先生は、ちゃんとできていない子どもを見ると「なんで、ちゃんとできないの?」と責めたくなります。「間違えてはいけない」、「失敗してはいけない」というチャッターを抱いている先生は、間違えた子ども、失敗した子どもを責めたくなります。そのような先生たちは自分も同じように言われて育ってきたので、子どもによかれと思って責め続けます。
間違えたときに責められたら、子どもはどのようにその言葉を受けとめるでしょうか?
実は、子どもの受け止め方は発達段階によって異なります。例えば、2~3歳くらいの子どもは失敗や間違いを責められると逃げたり失敗や間違いの結果を隠したりするように、責められたくないのでその事実をなかったことにしようとします。4~5歳頃の子どもが失敗や間違いを責められると、「失敗や間違いは悪いこと」といったチャッターが生まれます。そして、小学校以降の子どもが失敗や間違いを責められると、「失敗や間違いは恥ずかしいこと」というチャッターや「失敗や間違いをしてはいけない」というチャッターも生まれます。
発達はマトリョーシカ人形のような入れ子構造になっているので、これらのチャッターが生まれた場合、大人になっても心の奥底に残っていて周囲からのプレッシャーが強まれば強まるほど、より内側、すなわち前の時期のチャッターが発動しやすくなります。
その結果、普段は適切に行動できる人でも強いプレッシャーがかかる場面では失敗や間違いを過度に恐れてしまうことで、自分が本来持っているはずの力量を発揮できなくなってしまいます。オリンピックで金メダル確実と言われた選手が本番で力を発揮できずに終わってしまうことがある背景にはチャッターの問題があるかもしれません。
こうした問題に対して昭和時代には、「プレッシャーに負けた挫折」を乗り越えるために血の滲むような努力を積み重ねた人びとが多数見られました。しかし、平成から令和時代にかけては、むしろプレッシャーをかけられても自分らしく楽しみながら結果を残す人びとが多くみられるようになっています。そのような人びとは、子どもの頃に親や大人から失敗や間違いを責められることが少なかったか、あるいは、チャッターを克服したと思われます。
イーサン・クロスはチャッターを無くすことはできないとして、ある程度コントロールする方法を示していますが、佐々木明里さんが開発したクリアランスメソッドという方法を用いることでチャッターを解消することができるようになりました。
私自身は約1年間かかりましたが、その過程で「ちゃんとしなきゃ」「失敗してはいけない」「間違えてはいけない」「自分はダメだ」「早くしなきゃ」といった多くのチャッターによる心のブレーキが自覚できるようになり、最終的にはチャッターのない静かで穏やかな状態で日常生活を送ることができるようになりました。
若干プロモーションが入りましたが、チャッターがそれほど多くない人であれば、拙著『「ちゃんとしなきゃ」から解放されて自分らしく成長する教師になる方法』に示したように自分のチャッターを自覚した上で捉え方や行動を変える認知行動療法的な方法でもチャッターを軽減することができます。
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