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リアルタイム 今とあの日

2021年3月17日 木曜日

心肺停止

左肺へのドレーンを入れる為の切開手術、意識を失った昨日の夜中。
いつの間にか見ていた夢。
道路に立っていた僕は、楽しそうにどこかに行こうとしてた。
なんだか遠くの方から名前を呼ばれている。

『…し‥さん! よ‥‥だ‥ん!』、

“ん?なんで呼ばれてる? ん、なにしてたっけ?”

今どこで、何をしていたか、そこに居る理由とそれまでの記憶が思い出せない。

混濁した意識のなか、深いエコーがかった声が、輪郭を持って声になってくる。
その声がはっきりと僕の名前を呼ぶ。

『吉田さん!吉田さん! 聞こえますか!』

重たい瞼をどうにか開けて、回る世界と気持ち悪さのなか、それに答える。

「き‥きこえて‥います。」

“そうだ。病院だった”

左胸が切られて、鈍い痛みを感じたとこまで記憶が戻る。

意識が重たく、何度も夢のなかに戻りそうになりながら、声に呼ばれては目を覚ます。

先生が、看護師さんが、緊張感のこもった声で僕を呼び続ける。

『吉田さん、大丈夫ですか!』

何度目かの覚醒後、どうにか意識を保てるようになった。

心配そうに僕をのぞき込む先生が言う。

『吉田さん、今、心臓が止まってたんです』。

“へー心臓止まったんだ、俺”

怖い、というより、どこか誇らしげな気持ちなった。
いやいや、先生達にしてみたら、なんて迷惑な患者だ。

今までにも、気分を悪くした人はいたけれど、心肺停止までした患者は初めてらしい。

そりゃそうだ。
麻酔を打った左胸を切り始めた時に、恐怖で気を失うだけならまだしも、心臓まで止められたら驚く。
ざわついた感じが、周りの慌ただしさ間で伝わってくる。

それにしても、こうして書いている今でも、強く残っているのは、先生が僕のことを真剣に考えてくれたこと。

安全な手術の為、そして、潰れた肺が心臓を圧迫して、停止する危険性を排除する為。
その為には、どうしても早急にドレーンを入れる必要があるからだ。

僕に尋ねる。

『もう一度頑張れそうですか?』

僕は答える。

「頑張る気持ちはあります」

頷く先生。

『そうですよね』

続く僕。

「意志だけでどうにもならないから、僕が試したいと思っても、また心停止するかもしれません」

それから、悩んだ末、先生が答えを出した。

『やめましょう! 空気を抜いて楽になることと、心臓がとまること。どちらがリスクが高いか一目瞭然です。』
『明日、人数が居て体制が整った状況で、外科の先生と話してどうするかを決めましょう』

表情をほとんど変えなかった先生が、苦渋の決断だとわかる表情と声のトーン。
それは、ドレーンを入れることが、どれだけ重要なのかを理解するには十分だった。

どれだけ時間が経ったのかわからない。
ある程度、意識が戻った後、それでも動けない僕は、ベッドに乗せられたままの移動。
真上を見ながら動くベッド移動が気持ち悪く、どこに連れていかれたのかさっぱり覚えていない。
覚えているのは、頭に響く、ベッドのタイヤが廊下を転がる感触、その振動のひどい気持ち悪さ、繋がれた点滴。
もう一度ドレーンを入れることへの不安、切られた胸の傷が消えないんだろうな、と思っていたこと。


“心臓が止まる程”

まさか、自分が入院しなきゃいけない程、切羽詰まった状態、だったことや、死ぬかもしれなかったこと、仕事を全部キャンセルしなきゃいけないこと。
手術、入院費、仕事がなくなった分の収入、それ以上に大事な時間をなくしてしまったこと。
いきなり受け入れるなんて、到底無理な現実、ついていけるわけがない。
消毒液が飛び散って汚れたジーンズ、汗で湿った靴下、少しも変わらない吐きそうな気持ち悪さと、拭えない不安の中、どうにか眠った。


ベッドの上。
手術着に汚れたジーンズのまま迎えた次の日の朝。

“やっぱり夢じゃなかったな”
“夢だったらよかったのに”


やるせない気持ちでいっぱいになった。


そこに呼吸器科の先生が二人やってきた。
自己紹介、挨拶を済ませる。

担当の先生、O先生とM先生。

O先生『おーー完全に潰れてるよ! うん、ひどいね。 ドレーン入れよう』
   『手術だね。パンク修理しましょう♪』

楽しそう(笑)

続いて穏やかに話し出すM先生。

『ドレーンは、いれよう。心配しないで、すぐ終わるから。たくさんやってきたけど、失敗したことないから安心して。』

二回目のドレーン手術は、9時からに決まった。
9時になり、昨日の記憶が、鮮明に思い出せる手術室へ運ばれる。

手術室に運ばれると、普段知ることのない世界が、ここに存在するんだと、妙に納得してしまう。
世間話をする人たち。それでもこの人たちは、命を扱うことが出来る人たち。

この非日常しかない場所が、常に日常として存在する不思議。

手術室には、次から次に運ばれてくる。
どんな患者さんなのかは、運ばれてきてわかる状態が多いみたい。

僕の手術の準備をしている新人看護師さんは、詳しい内容をよくわからない状態で、粛々と準備を進めていた。
「カルテ見ておいでよ」と、先輩看護師さんから言われていた。

そのやり取りを聞いていると、“ほんとにここは日常的に存在する職場なんだな”と、感慨深い気持ちになった。

そんな職場観察に興じていると、先生がやってきた。

ドレーン手術は、自信に裏打ちされた穏やかさのM先生。

『大丈夫。すぐ終わるよ。麻酔もしっかりするから。押される感じはするけど痛さはないから』

麻酔の量もかなり増やしてもらったんだと思う。

拭えない不安のなか始まった手術。

M先生が丁寧に、細やかに、ベストな姿勢を探してくれた。
体を横に倒し、左胸を上にする。
ベッド頭側の位置から細かく調整、体を倒し左胸の角度、左手を置く位置。

どんな状態で僕が意識を失い、心肺停止までいったのか。
その情報を、昨日の先生が丁寧に申し送りをしてくれていたから。
絶対に成功する方法、対応でやってくれる。
先生達には当たり前。
それでも、恐怖と不安を抱えた僕には、一生の恩を感じる対応だった。

手術の準備が着々と始まる。

左腕に筋肉注射を打たれる。

上腕、肩のすぐ下。

垂直に、ためらいなく刺されて、ぎゅーと入って奥深くに届く。

注射の中身が押し出された分、鈍く重い痛みが走る。

一回目が終わり、ほっとしたのもつかの間、もう一度。
これが麻酔であって欲しいと思いながら、痛みを我慢する。

鈍く残った痛みが残る中、左胸肋骨あたり、円を描くように消毒が始まった。
昨日意識を失う直前に切られた一センチ四方の傷口にも触れる、びりびりと痛む。

「い、痛い」

『あっ昨日の傷痛いよね~』
『昨日の切口から切って入れるからね。別のところは切らないからね』

そして、麻酔注射。

『今から打つからねー』

想定内の痛さ、これは全然我慢できる。

『これは痛い?』

「いえ、大丈夫です」

『痛かったら痛いと、ちゃんと言ってね。我慢して体を動かす方が危ないからね』

「はい!」

次の麻酔注射。

これは痛い!。
ズンと来る。

「うっ、い、痛いです!」

『痛いよね。これが一番深いやつだから、もう痛くなくなるからね』

麻酔がしっかり効くまでの間に、切開の最終準備を進める。
上半身を覆う大きさ、油とり紙のようなモノを張られる。

『まだ始めないからね』

何かを進める度に、語尾の流れるような“ね”に、安心させてもらえる。

準備が終わる。

『それじゃ今から始めるからね』

「はい!」

体を押される感覚。

『大丈夫?痛くない?』

「痛くないです!」

目をつぶって、不安と緊張をコントロールしようとする度に、看護師さんが意識があるかを聞いてくれる。
間違いなく、昨日の心停止が原因だ(笑)
恐怖で心臓を止める患者なんて、向こうからしても恐怖だろう(苦笑)

押される感覚。

“本当に痛くない!”“すごいわ”

その後も、ルーティンワークのように看護師さんと、意識確認を数回繰り返す。

カーテン一枚隔てた隣でも手術中だった。
少しでも気をそらすために、向こうの手術実況に聞き入る。

『終わったよ』

手術実況に聴きいる僕は、返答が遅くなる。

“ん、どっちのことだろ??”

もう一度、M先生の穏やかな声で語りかけてくれる。

『もう終わったからね』

「えっ終わったんですか!?」

『終わったよ』
『もう、自由に動いていいからね』

あっという間。
15分くらい。もっと短かったかもしれない。


「本当にもう終わったんですね!」
「全然痛くなかったです!」
「ありがとうございます!!」

『はい。お疲れ様でしたー』

最後まで穏やか、去り際も格好いい。
あんな大人になりたいね~。

あっ、もういい年齢だった(苦笑)

大人に憧れる僕には、この後が辛かった。

肺に溜まっていた酸素、肺胞に入った異物、久しぶりに左肺分が機能したように感じる呼吸。

ドレーンが入ってすぐの呼吸困難。
すごく苦しかった。

息が吸えず、からからに乾いていく喉、咳が止まらない、咳の度に苦しさが増す。
看護師さんたちは慣れたもので、僕がひたすら苦しそうに咳こんでいても、無視して会話を続けていた。

こんなのは日常茶飯事なんだろう。
ここが難しいところ。頭ではわかる“これくらいで動じない”
でもね、“どうじない”のと“気にもしない”のは別物。
こっちは苦しくてたまらないのに、どうにもしてもらえない。
相当、ヒューヒュー言いながら、苦しんでるのに完全無視だからね(笑)

これは危ないと思って、「すみません。苦しいです」と、息絶え絶えに伝えても、『数値上は問題ないです』とだけ返された。

手術室という特殊な場所だからなのかな。

いやー、ちょっと恨んでます(苦笑)
心、せまっ!
(笑)

ドレーン手術後は苦しい!

前夜、心停止までしてしまった僕は、要注意、経過観察という扱いになっていた。
念のために、ナースステーションに一番近い、重篤患者さんや緊急性の高い患者さん優先の部屋に移動。
そこで、一日様子見で置いてもらえることになり、“もしも”を出来る限り防ぐ、なくす、命に対して徹底している場所。
それが病院なんだな、とベッドの上で実感していた。

「よし!リアルタイムで入院の日々を書いていこう!」
それを決めた二日目だった。

※この“リアルタイム”で、書くというのは、この詳しい入院記とは別に、メインブログ「祥吾日記」で、詳しい病名を伏せながら、状況を共有していました。
今、どんなことを考えているか、リアルタイムで伝えるべきことを最優先。書いている本人が、元気でいれば、病名はわからずとも不安は減るはずだ、と。なので、最後まで詳しく書かずにリアルタイム版は終わりました。
リアルタイムで書いていた『祥吾日記』は、こちら
後厄の本気 「まさか」 人生初の入院、そして…


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