選択的夫婦別姓への反論へ(その3)

今週はワンオペ育児の青野です。青野じゃない子供たち三人と、仲良く破茶滅茶な毎日を過ごしております。

さて、恒例となりつつある「選択的夫婦別姓への反論への反論」です。ネタが尽きてきましたので、ちょっと過激なやつも拾っていきます。 → 過去の反論(その1)(その2


「夫婦別姓は日本の文化を根底から破壊するから絶対反対」

なかなか熱いな。ただ、一つだけ、想像してほしい。その昔、日本で夫婦同姓制度が作られたときのことを。そのとき、新しい日本の文化が始まったのだ。俺たちの手で、また新しい文化を始めようじゃないか。同姓と別姓を選べる文化を。これは破壊ではなく、創造なのだ!(ドヤッ)


「『外国は別姓も同姓も自由に選べるから日本も見習うべき』というのは、一般道路の交差点と鉄道の踏切を同一視するようなものだと思う。」

お、おう・・・。今、頭の中で交通事故が起きたわ。外国の話はさておき、日本で同姓を選択するしかないのは、単純に不便なのです。例えるならば、右折しかできない交差点。そして、切り離せない連結車両。不便そうでしょ。


「夫婦別姓を考えると、結婚しても名字そのままでいいですよとかいう"女性に権利をあげてやった感"にいらつく」

男から上から目線で、「名字、そのままでいいよ」なんて言われたら、確かにムカつきますね。返しとしては、「お前もな」とか、「私と同姓にしてもいいよ」とか。結婚前に相手を見極める質問として、「名字、どうする?」が流行るかも知れませんね。


「幼稚園や学校で『○○さんのお父さん(お母さん)』と呼ばれるたびに違和感を感じるのでは。」

子供と名字が違うってことへの違和感かな。変化に伴う一時的な違和感はあるでしょうね。ただ、私はパパママ友達から「青野さん」と呼ばれますが、同時に「西端さん」と呼ばれたりもするから、新姓と旧姓の使い分けはむしろ混乱の原因です。自分の名前は、生まれてから死ぬまで1つでいい!


「つまりね、青野慶久はファミリーネームの青野とギヴンネームの慶久で構成されてるんだが、別姓だとファミリーネームが家族の名前ではないのだから、まとめてファーストネームとなるわけだ。すると、そもそも青野いらんよねと。」

そもそも名前の体系を変更するという議論も反対しませんが、話がでかくなって進まないので、選択的夫婦別姓を先に進めさせてください。


「古くから日本人は(制度としての)“家”を大切にしてきた。家は家族であり姓は絆である。だから日本人は家系が昔から続いているのだ。夫婦別姓は古くからの家系を破壊するだけでなく、家族の絆を破壊することにつながる。つまり、夫婦別姓は“家”の破壊、大きく言えば“日本”の破壊である。」

結婚して改姓すると、両親との絆が破壊されるってこと?

別姓だった二人が愛し合って結婚する。同姓になった二人の心が離れて離婚する。世の中、そんなもんよ。


では、さらなる反論、待ってます。 →その1へ →その2へ →訴訟で実現したいこと



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サイボウズの社長。3児の父。著書「チームのことだけ、考えた。」「会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない」

コメント1件

別のところでも触れましたが、「同姓でなければ家族としての一体感が保てない」ような家族関係は、遅かれ早かれ崩壊するんです。家族の絆って、そんな薄っぺらく脆いものではないでしょう。いま現在の日本の社会の基盤となっている制度や法体系や一般慣習や倫理観念というのは、明治時代に。「当時の(ここ重要)欧米社会」の諸制度を模範として、それまでの日本の社会状況や風習・人々の倫理観などをぶった切る形で大急ぎで移入して、国家的に定着させたもの。それは意外にさしたる抵抗もなかったので、刷り込みという点では成功したのかもしれない。でも、社会通念や人々の考え方は、時代が経ていうく上で、変化していくというのが当たり前の話、だから欧米諸国では、物事に対して柔軟な対応をしてきている。日本人もそろそろ考えるときではないかと思いますね。
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