YOSHIAKI AOKI

描いたり書いたり作ったり造ったり。 よむ、かく、きく、みる日々の中で感じたことや言葉や…

YOSHIAKI AOKI

描いたり書いたり作ったり造ったり。 よむ、かく、きく、みる日々の中で感じたことや言葉や風景など。考えないことは考えることであり、自由を獲得することは束縛を許容することであり、乗り越えるのは自己である。 #馬鹿の哲学 #馬鹿の社会学 #馬鹿の芸術

最近の記事

公共という言葉について

公共は難しい。 まず、簡単に公共の定義としては、社会一般。 公衆。 おおやけ。公衆が共有することとなる。 私は地方に住んでいて都市圏の事情は分からないが、特に公共交通機関を利用した際に痛感する。 何故なら私は交通弱者であると共に障害を持っている。 問題なのは、私に席を譲ってくれないではなく、私と同じような人に私が席を譲っている場面だ。 ここで公共という言葉だけで定義した場合、例えば同じ車両に乗り合わせた人々は、車両という一空間において公衆が共有した事になり、当然、その中での行

    • 多様性という便利な言葉

      おそらくペットボトルでもなくプラスチックでもなく人間こそが再生すべき資源だが、なかなか出来ない。 人類はエネルギー資源としては、糞尿以外には無意味の存在と言い換える物質だ。 人類は考えることができるという意見もあるが、もしかしたら近所の柴犬は私以上に思慮深く哲学的思考を持っているかも知れない。 それは犬に聞いてみなけりゃわからないことであるし、共通言語がないのでわからない。 私と犬は折衷点を考える。 ここで大事なのは、私も犬も関係なく生存する生命であり、私は人間だけど君は犬な

    公共という言葉について