Good bye エンドロールの先の幸福へ向かうよ
20日という日は個人的にとても、というかとてもではないけれど、それなりに大切な日で。
なんでこの日なんだろうと思いつつ、こうした運命的な何かもあるんだろうな、と勝手に思っている。
”推せる時に推せ”
そんな言葉を、何ヶ月か前のSNSでフォローしている人がポストしていたのを見た。
曰く、突然その推しはいなくなることもあるのだから、推したくても推せない世界もあるのだと、そう書いてあった。
そしてその数ヶ月後の今、その言葉を噛み締め、後悔や葛藤を抱えている。
どれだけ飾らない言葉で、想いを綴ることができるだろう。
どれだけの想いを、言葉にできるだろう。
想いを言葉に乗せて、どれだけのことを伝えられるだろう。
いまだに定まらない想いと言葉を、どれだけまとめられるだろう。
届くことはない言葉を、虚無の彼方より先に届けることはできるだろか。
そんなことを思いながら、今こうして言葉を書き連ねている。
少しずつ、来世で会おう、と言えるようになってきたと信じて。
その声に、その音楽に触れたのは2015年の夜だった。
「ミカヅキ」
少し怖く妖しい世界観の中の不思議と引き込まれる作品の最後に、とても力強く何かを切り開いていくそんな声と音楽だった。
余韻の残る妖しい世界の不安を颯爽と一瞬で消し飛ばしてしまう、そんな音楽だった。
その音楽に、一瞬で心奪われたことを覚えている。
力強くまっすぐに向かってくる声と、選び取ってきた言葉と。
でもどこか声や演奏のスタイルに見え隠れする張り詰めたものというか背水の陣みたいな危うさを感じるものと。
2017年の「クズの本懐」での「平行線」も印象的で、2次元と3次元、パラレル世界のさユりがいるからなのか、アニメとの親和性が高いのかしら、なんてことを思っていた。
アニメの映像と一緒に、流れてくる音楽の言葉がはっきりとした輪郭を伴って耳に残るというか。
その年のアルバムで知らなかった音楽を知ったし、suicaのペンギン広場路上ライブはとても話題になっていた。
そういえば、あの頃はまだSNSが好きなものの集まりだったり、いろんな可能性のある使われ方をしていた頃だったなと思う。
ちょうどその頃、住んでいた場所のショッピングモールでエスカレーターに乗ってふと上を見上げた時のこと。
何か見たことのあるピンバッジとラバーバンドがたくさん付いた鞄が、目の前にあった。
それは酸欠少女のグッズだったのだけれど、地方にも聴いている人が、好きな人がいるんだ!と少し嬉しくなった。
地方で好きなアーティストが同じなのは、とても有名どころ以外はなかなかいない…
今思うけれど、あの人は元気なのかしら、と思う。
ヒロアカの4期EDに音楽が決まって流れてきた時は、アニメを見て昂った気持ちに呼応するように同調するように、音と言葉が身体に入ってきたのを覚えている。
THE FIRST TAKEで聴いた「航海の唄」は、演奏スタイルも相まってあまりにもかっこよくて、はぁなんて素敵な音楽なんだろうと思いながら、一人で歌うスタイルだと余計にその世界観に引き込まれて、言葉の一つ一つ、それらを届ける声がしっかりと身体に残るのだ、と感じた。
2020年は特によく目にした気がしていて…
それはTHR FIRST TAKEで「ミカヅキ」を聴いたり、多分ちょうど自分の心持ちとが合わさって意識が傾いていたのかもしれないけれど…。
「葵橋」を聴いた時には、何かこう閉じていたものが開いたような曲の感性だったように感じて、珍しいなと思いつつ、なにかこう次のステージに進んだのかもしれないと思っていた。
”耕し続ける”というワードとか、進んでいくビート、シンセやギターの音階の中に、日々の中で見失ってしまう風景とか生命の美しさとか、とても美しい曲だと思う。
その頃の社会は、内へと閉じ始めとても不安定な様相になってはいたけれど。
アコギ一本の弾き語りスタイルでのアルバムが出た時は、これまで聴いていた曲の世界観とは違う、1人だからこその描き出せる世界がそこにはあって、挑み続ける・闘い続ける、そういった想いをひしひしと感じ、同時に自分の生き方・あり方に、ねぇそれでいいの?と問いかけられている気がした。
そしてより深まる閉塞感の息苦しさの中で観た、ダイブコネクトのライブはとても新鮮なライブスタイルで、こういう在り方のライブもあるんだと思った。
配信ならではの機材トラブルとかもあったけれど、その時間すらも愛おしいようなライブだった。
普段見えない角度の映像。
アーティストの目の前に観客がいないこと。
見知らぬ存在は見えないけれどコメントでつながる言葉の一つ一つ。
一人一人が、一つの曲に対してそれぞれの想いや物語を書き込んでいて、それらの文字を見ていろんな世界線があるだなと感じていた。
そして何より、それらの一つ一つがあの時間ではちゃんと受容されて昇華されていたように思う。
いろんなことが起きては静まって、また先行きの見えない世界が始まってを繰り返している中で出てきた「酸欠少女」のアルバムは、なんていうかこう酸欠状態になっていた世界から少しの再開をし始めた時間の中でとても力強く、未来を切り開いていくようなものを感じたし、これまでのいろんな世界の出来事を再び思い出す時間の中で、大切なアルバムの1つになっていたように今にして思う。
今年入って急に結婚の報告があった時は驚いたけれども、7月頃にXのポストで見かけたそれに言葉もでなくて、どうかゆっくりでも良い方向へ向かいますようにと、それだけを願っていた。
そう、ただそれだけを願って、またその音楽に触れられますように、と。
例えば、活動休止とか活動を休みますだとか引退します、とかだと同じ時代の中にいるけれど、どこかには存在していて、それはそれで全然良いし、どうかその時間軸と世界線で幸せに生きていてね、と願うことはできるけれど。
いなくなってしまったその人には、一体どうしたら良いのだろう、と呆然としている時間がひたすら続いていて、正直今もまだその想いは昇華し切れていない。
いろんな人の、アーティストの最期の場面や報せには触れてきたし、その度にどうか安らかに。と願ってはいたけれど、今回はどうしてもこう自分の中でその気持ちを捌き切れない感じがしている。
個人的な話だけれど、2015年頃からしばらくは、自分にとってとても勇気のいることが続いていて、そんな時に聴いていた音楽には勇気をもらっていた。
どちらかといえば、一人で動いてしまう自分がいて、弱さを見せなかったり、一人で抱えた想いでいっぱいいっぱいになって潰れそうな時に、それでも…と立ち上がる力を分けてもらっていた。
だからか、最初に聴いた時からの活動を目にしていて、どこか勝手に同志のような、そんな気持ちを投影していたのかもしれない。
そんな想いがあって、今回はいまだに気持ちの折り合いがつかない、のかもしれないとも思う。
正直なところこのnoteは、2020年以降の中で好きなアーティストに好きを届けられない世界線の中で、足りない言葉でどうしたら届けられるだろう、と思ったのがきっかけで、それが届けられなかった、という想いも少なからずあるのかもしれない、と書いていて思う。
これからの新しい曲を、成熟していく音楽と声と姿を目にすることができない、という悲しさはもちろんあるけれど。
それでもまだ、たくさんの曲たちからもらう力はあるから。
たくさんの言葉を身体に残して、音楽で身体を揺らしていきたい。
たくさんの音楽を、心震える体験をありがとうございました。