[ユイ・クロミ・林檎SS] 結目ユイ失踪事件

バーチャル空間のとある一室で、二人の女性が話している。一人は九条林檎、タレントとして活動している吸血鬼と人間のハーフだ。すらりとした長身に、優雅になびくブロンドの長い髪は、その整った顔立ちとあいまって気品の溢れる大人の女性という印象だ。もう一人は白乃クロミという名前で、林檎と同じ事務所でタレント活動をしているが、林檎と並ぶと親子か、年の離れた兄弟かというくらいの身長差がある小さな少女だ。髪は金色のショートカットで、顔立ちは中学生よりも幼く見える。こう見えて凄腕の暗殺者で、日本に任務として派遣されてきた、とプロフィールには書かれているが、この様子を見てそれを信じる者はいないだろう。二人は共に笑顔を浮かべておしゃべりに興じている。

「そうだ、ミミに面白いものを見せてやろう」
林檎はそういうと、何もない空間からホワイトボードを出現させた。ミミというのはクロミのあだ名だ。クロミは何が始まるか期待した目で見ているが、ホワイトボードが出現したことに対する驚きはない。バーチャル空間ではその程度は当たり前だからだ。ホワイトボードを空中に固定させると、林檎はクロミにホワイトボードの後ろに回るように促す。林檎から見て、顔から下はホワイトボードで覆われて見えなくなっている。
「林檎さん、一体何をするんだ?」
クロミが尋ねるが、林檎はすぐには答えずに今度はカメラを取り出すとクロミに向けて構え何やら操作をしている。そして手を止めるとクロミに声をかけた。
「ミミ、なんでもいいからそこで手で何か形を作ってくれ」
クロミは戸惑いながらも言われた通りにする。カメラを見ながら林檎が言う。
「ハートだな?なかなか可愛らしいじゃないか」
「なっ!なんでわかったんだっ!?」
クロミが驚きの声をあげる。それからクロミはホワイトボードの裏で色々な手の動きやポーズを取ったりしたが、それらはことごとく林檎に言い当てられてしまった。
「これは我がたまたま見つけたんだが、実はこのバーチャルキャストのカメラの不具合なのか、特定の操作をするとズームが遮蔽物を貫通するんだ」
林檎がそう説明する。林檎は謎の多いバーチャル世界に対して多くの知識を持っており、時折こうしてクロミにそれを教えてくれる。クロミはそんな林檎を尊敬して慕っていた。
「すごいなっ!さすが林檎さんだっ!!これはどうやってやるんだ!?」
クロミが楽しそうに駆け寄ってくる。クロミのその元気一杯の動きに林檎は思わず頰を緩める。
「これがあれば、壁に隠れた敵も見つけ放題だなっ!」
「ミミは気配で敵を探った方が早いんじゃないか?」
林檎は微笑みながらそう返す。クロミはむむっと顔をしかめながら、確かに、と呟いている。
(この反応だと、ミミは本当に気配で敵を探せるんだな)
林檎はクロミの暗殺者としての実力をよく理解していた。それでも普段見せる天真爛漫な様子を見ていると、そのことをすっかりと忘れてしまうのだ。最初はその振る舞いがカモフラージュではないかと疑ったりもしたのだが、今までの付き合いからこれがクロミの素であることは十分分かっていた。そして吸血鬼などという得体のしれない存在の林檎の前で無防備に笑って見せるのだ。林檎がクロミに手を伸ばすが、クロミは特に気にするそぶりはない。そのまま林檎はいつものようにクロミの頭を撫でていた。

その後も楽しい時間を過ごしていると、二人の携帯から通知音声が同時に流れた。クロミの携帯は林檎の声で、林檎の携帯はクロミの声でそれぞれメッセージの到達を告げる。タレント活動で販売している着信ボイスを互いに使っているのだ。二人は目を見合わせると、少し気恥ずかしい気持ちになってお互いの携帯の画面を見る。そこには彼女たちの事務所のマネージャーからのメッセージが表示されていた。
『ユイちゃんと連絡が取れないんだけど、誰かユイちゃんの場所を知らないかな?』

****

マネージャーは偶然近くにいたので、どうせだからと直接会って話すことになった。集合場所に向かうと、マネージャーの他に、同じ事務所のタレント同期である巻乃もなか、雨ヶ崎笑虹の姿もみえる。二人ともマネージャーと打ち合わせの予定が入っていたらしい。事務所からデビューした同期のタレントで、この場にいないのは結目ユイただ一人だった。全員集まったのを確認すると、マネージャーが事情を話し出した。

「今日は夕方から、ユイちゃんと打ち合わせの予定だったんだ。でも時間になってもここに来ないし、連絡もつかない。何回も電話をしたけど反応なし。それでみんななら何か知らないかな、と思ってね」
マネージャーの話に皆が困惑した表情を浮かべる。
「うーん、私には全然わからないです」
もなかが困った顔で言う。
「ボスのことだからお布団でスヤスヤしてるんじゃない?」
そう話したのは笑虹だ。
「今日は兎鞠まりの新衣装発表が夜にあっただろう。きっとそれに向けてアーカイブを消化するのに夢中になっているんじゃないか?」
それを受けて林檎が冗談めいた口調で言う。兎鞠まりとはバーチャル世界で配信活動をしている少女で、ユイは彼女の熱心なファンだった。
「でも、ユイちゃん仕事は遅れたこともないんだよなあ」
マネージャーがそう口にする。ここにいる全員が、普段の言動とは裏腹に仕事に対しては真剣に取り組むユイのことを知っていた。だから先ほど林檎が言ったのも冗談だ。ユイのファンに言ったら多分信じてしまうかもしれないが、ここにいる者はそれが冗談だと分かっているはずだ。
(笑虹のも冗談だよな?)
林檎の頭にふと疑問がよぎる。笑虹にはやや天然なところがあるとはいえ、さすがに本気でそう思ってはいないだろう。そうに決まってる、と思考を打ち切ると、今度は心当たりを話し始める。
「そういえば我、午前中ゆいめに会ったぞ」
ゆいめとはユイの呼び名の一つで、本来むすびめと読む名字を林檎はあえてゆいめと読んでいた。他にもボス、というのもユイのあだ名だ。
「何か変わったことはなかった?」
マネージャーに詳しい話を促される。
「いや、軽く話して、バーチャルキャストのアイテムで少し遊んで、それから別れた。ああ、さっきミミに見せたやつだ。みんなにもあとで見せよう。まあ我としては、結構興味を持ってもらえると思って見せたんだが、そんなに反応はよくなかったな。一応興味を持ってやり方とか聞いてきたが、そのあとさっさと帰ってしまった。気になったといえばそれくらいで、別に変わった様子はなかったな」
気になったとは言っても気にしているのは林檎だけだ。林檎としてはクロミのような、とまではいかないまでもそれなりの反応を期待していただけに少しだけ自信を失っていた。それでクロミに見せて、自信は大いに回復したと思っていたのだが、思わず口に出してしまう程度には気にしていたらしい。
「じゃあ結局ヒントなしかー。なんかトラブルに巻き込まれたりしてないといいけど」
マネージャーが心配そうに言う。
「兎鞠まりの新衣装発表にはいるんじゃないか?行くと言っていたし、ゆいめが見逃すとは思えん。もしいなかったら何かあったと考えるべきだろうな」
その判断方法はどうなんだ、と思わなくもないが、その場の全員がそれで納得した。クロミが元気に声をあげる。
「クロミは行く予定だったから、ぼすのこと探してみるなっ!」
「我も一応探してみよう」
林檎もクロミも兎鞠まりのファンだ。だがクロミがおおっぴらに行くことを公言した一方で、林檎はユイを探しに行くことを口実にしたような言い方をした。実際、林檎はファンであることを隠したがっている節があった。ひっそりと応援するほうらしい。その発言を受けて、ユイの話は一旦終わりということになった。

***

兎鞠まりの新衣装発表会は多くの人が訪れていた。バーチャル外から、あるいは遠隔ディスプレイで放送を見る者も多かったが、直接ステージに集まったバーチャル世界の住人も多く見受けられた。林檎は自分とはバレないよう変装をして訪れていた。

兎鞠まりの放送が始まる。新衣装の断片的な情報は公開されていたが、実際にそれを着て動く彼女は観客の多くを虜にした。林檎も思わず目を奪われる。あまりにも可愛い。いつまでも見ていたくなる気持ちだったが、なんとかユイの件を思い出すと、会場にいるはずの彼女の姿を探した。

一通り見て回ったが、ユイの姿は会場にはなかった。林檎のように変装してる可能性もあったが、ユイの場合変装した姿の方がここにいる人にとっては有名だった。その変装した姿もなかったのだ。林檎は目を輝かせてステージをみるクロミを見つけると、申し訳ない気持ちを感じながらクロミに声をかける。
「誰だっ!?なんだ、林檎さんか。変装していたから一瞬誰かわからなかったぞ」
「すまないな。それで、ゆいめのことを見かけたか?」
「そういえば…まだ見てないな…」
「我一通り探したんだが、見つけられなかった。これはもしかすると何かあったのかもしれん」
二人は目を見合わせる。二人の判断は同じだった。放送はあとでアーカイブで楽しむことにして、今はユイを優先する。二人は後ろ髪を引かれる思いで会場を後にすると、ユイの部屋へと向かうのだった。

****

二人はユイの使っている配信スタジオを訪れていた。部屋は鍵がかかっていると思われたので、先に林檎たちでも入れるスタジオを見ておくことにしたのだ。そこで林檎たちが見たものは、床に倒れているユイの姿だった。吐血したのだろうか、口の付近とその下の床は血にまみれていた。

「ぼす!!!!!!!」
クロミが驚いて駆け寄る。林檎も駆け寄り様子を確認する。口周りの血以外に傷などは無いが、意識は失っており、林檎たちの呼びかけにも反応がなかった。
「みんなを呼ばないと!!」
そう言って焦るクロミを林檎が制す。
「いや、みんなには来るな、と伝えてくれ」
クロミは疑問を顔に浮かべたが、まずは連絡を優先した。その間に林檎は周囲の確認をすませると、部屋を施錠していた。
(マイクにカメラ、ホワイトボード…配信の準備をしていたのか?散らかってはいるが荒らされたという感じでは無いな)
「林檎さん、言われた通りに連絡はしたけど…どうして呼んじゃダメなんだ?」
クロミが心配そうに尋ねる。
「説明する前に、ユイをきちんと寝かせてやろう」
林檎は空間からベッドを取り出す。クロミは口周りの血を拭くと、二人掛かりでユイをベッドに寝かせた。ユイの表情は苦しそうではなくどちらかというと安らかだ。対応が終わると林檎が話し出す。

「ユイが倒れた原因はわからないが、一つ仮説がある。我らのバーチャルの体はたいていのことでは傷ついたりしないだろう?関節が逆に曲がるくらいなら日常茶飯事だ。病気も考えたが、ユイは持病もなかったし、急に血を吐くほどの病気はそう無い。様子から苦しんだりしているわけでもなさそうだしな。いきなり血を吐いて気を失った。そんな風に見える」
クロミは林檎の説明を頷きながら真剣に聞いている。
「それよりも我が疑っているのは、まあこれも病気のようなものだが、いわゆるウイルスだ。バーチャル世界ならではの危険だな。たいていのウイルスはセキュリティで弾かれて我らに届くことはないし、届いたとしても物の挙動をおかしくするとか、そういうものがほとんどだ。我もバーチャル存在に感染して、意識を失わせるようなウイルスは聞いたことがない。それでも新種のウイルスという可能性がある。今セキュリティ会社に連絡を入れて、確認を依頼しているところだ」
林檎はそこで一旦説明を区切ると、一呼吸置いてクロミを見つめる。
「これはあくまで可能性の話で、落ち着いて聞いて欲しいんだが、同じ空間にいてユイに触れた我らもそれに感染した可能性がある。新種のウイルスなら感染方法は不明だ。今は一旦この部屋を外部から遮断している。来るなというのはこれ以上ウイルスに触れる可能性のあるものを増やさないためだ」
クロミは少し驚いた様子だが、動揺は感じられない。つい子供のように接してしまうが、命を危険に晒すことは彼女にとって特別なことではないのだろう。林檎はそれを思って悲しい気分になるが、今はそれよりも優先すべきことがある。林檎とクロミは心配を浮かべて、穏やかな顔で眠るユイを見つめた。

****

「んっ…」
ユイの口から声が漏れる。林檎とクロミはユイの様子を心配そうに見ている。ユイはゆっくりとした動きで起き上がると、目を開けて二人の顔を見た。
「あれ、私…それに二人とも、どうしたの?」
「ぼす!大丈夫なのか!?」
クロミが今にも泣き出しそうな顔でユイに問いかける。
「貴様さっきまで倒れてたんだ。一体何があったんだ?」
林檎はつとめて冷静に様子を尋ねる。
「倒れて…?えっと、私はさっき……ヴッ」
ユイが急に顔をしかめ胸を抑える。クロミはますます慌ててユイに呼びかけている。ユイはしばらくそうしていたが、少しずつ落ち着きを取り戻すと、平気そうな顔で答える。
「ごめん、ちょっと動機がしちゃって。あんまり覚えてないんだけど、疲れが溜まってたのかな」
ユイが平静を装っているのは明らかだった。林檎が尋ねる。
「ユイ、貴様血を吐いて倒れていたんだぞ?疲れが溜まっていたとかいうレベルじゃないだろう」
「えっ、血を吐いて…?もしかしてあれかな、喉やられちゃったかな。ほら、私年末に喉を痛めてたでしょう?あの時一回血を吐いたことがあって」
「喋っても大丈夫なのか?」
「ん、うん。今は全然なんともない。むしろ寝たから元気いっぱいだよ?ところで今何時かな?」
そう言ってユイは起き上がろうとする。クロミと林檎はそれをなんとか押しとどめた。
「ぼす、倒れてたんだぞ!少し安静にしててくれっ!」
さすがに心配をかけたのが伝わったのか、少し気まずそうにユイが答える。
「ごめん、じゃあそうするね。でも、本当にもうなんともないよ?……あっ、兎鞠ちゃんの新衣装発表会!もう終わっちゃってるじゃん!」
前半のしおらしさを吹き飛ばして声をあげる。この状況で最初に考えるのがそれなのか、と、あまりの彼女らしさに二人は少し安心した。

林檎の携帯にセキュリティ会社から連絡が入っていた。簡易的なチェックの結果、この周辺に異常なプログラムが侵入した形跡はなし。また同様の症例も報告はなし。ウイルスの危険性は低いと考えられるが、念のためあとでスキャンに来ること。そういった内容だ。林檎は無意識にユイが倒れた原因を再考していた。
「でなっ!でなっ!!まりちゃんの衣装すっごくよかったんだ!!」
クロミとユイは新衣装発表会の話で盛り上がっている。
「私のために中断させちゃってごめんね。あああリアルタイムで見たかったああああ!!あのお尻のひらひらの部分のワンポイントになりたいよ〜〜〜」
ユイの発言には独特の嗜好性が現れていた。だが確かに、あのワンポイントは意外性がありながらとても彼女に似合っていてかわいかった。それを口に出すかどうか林檎は少し迷っていたが、そのせいか変なことを思いついてしまう。それを思いつかなかったことにするわけにはいかず、林檎は代わりにこう口に出した。
「我としてはあの靴のデザインがすごくいいと思う」
「わかるっ!兎鞠ちゃんの背伸びした女児感がすっごい出ててほんっとうにかわいい!!」
ユイは生き生きとしている。倒れたとは思えないくらい元気そうだ。

新衣装の話がひと段落したところで、林檎がユイに話を振る。
「そういえば、今日午前中に見せたあれ、あんまり面白くなかったか?ミミはすっごい喜んでくれたんだが」
ユイは一瞬言葉に詰まったように見えたが、すぐに口を開いた。
「えっそんなことないよ!林檎ちゃんすごいなって思ってた。でも私にはちょっと難しそうだなって思って。あのズームの調整とかすごい難しそうだったもん」
「あのあとあれ試してみたか?」
「ううん、私には無理だと思って試そうとも思わなかったよ。なんで?」
林檎の中に一つの確信めいた疑念が浮かぶ。それが事実だとしたら一大事だ。林檎は真剣な表情でユイを見つめると静かに聞いた。
「本当は試したんじゃないか?」

****

ユイの顔には焦りが浮かんでいた。
「えっ、まあ、うん、ちょっとやってみようと思ったけど、結局無理だったよ」
ユイはなんとかそう答える。林檎はさらに追求を進める。
「ズームの調整は最後の工程だろう?そこまでは行ったんじゃないか?我ズームを調整するとは言ったが、別に難しいだとかそういうところまで説明してないぞ?普通のズームインアウトならユイでもできるだろう」
ユイは観念したように認める。
「うっ、林檎ちゃんはなんでもお見通しだな〜。せっかくこっそりマスターして、びっくりさせちゃおうかと思ったのに」
「それで、うまくいったのか?」
林檎はまだ質問をやめない。
「いや、最後の調整が難しくて全然」
「何を見たんだ?」
林檎の質問は成功を前提としたものに変わっていた。
「だから結局ダメだったんだって」
林檎が質問を重ねる。
「兎鞠まりの新衣装、お尻のワンポイントは事前公開されていなかったよな?どうしてさっきまで倒れていたユイがそれを知ってるんだ?」
「えっ…そ、それは…」
「靴もそうだな、事前公開の範囲には入ってなかった。我も会場で初めて知ったんだ。ワンポイントなんかなかなかいいデザインであれは予想できなかった。どうしてユイがそれを知っている?」
「いや、それは〜、その」
林檎がニッコリと微笑んで言う。
「『林檎ちゃんはなんでもお見通し』だぞ?カメラのバグを使って、壁を透過して、一体何を見たんだ?」

ユイは観念したようにうなだれ、恐る恐る口を開いた。
「…つい、出来心で…その、兎鞠ちゃんの新衣装のリハーサルを覗いちゃって…」
うっ、と再び呻いてから、ユイは話を続ける。
「ほら、放送の時って、BANとかが怖いから、ちゃんとしっかり服を着るでしょ?でも、あの、その時兎鞠ちゃん、ちょっと油断してたっていうか、誰にも見られてないからすごい自然体で、すっごい尊かったんだけど、いや、そうじゃなくって、その……ふとした時に、ちらっと、ね?」
ユイはだんだん開き直ったように声のトーンを上げていく。
「それでその、限界が来ちゃったというか、もう本当に興奮しちゃって、あっ思い出したらまた興奮してきた、鼻血でそう、もう見た瞬間心臓止まるかと思って、それでほんとに鼻血出ちゃって、なんかわけわかんなくなっちゃって、気づいたらこのベッドにいたんだよね」
恍惚とした表情のユイとは対照的に、林檎の表情はひと睨みで小動物を殺しかねないような険しいものだ。
「このことは兎鞠まりに報告するからな」
「えっ、ちょっとまって、それは困る!嫌われちゃう、林檎ちゃんお願い勘弁して、その時の録画あげるから!!」
「録画…?」
「林檎ちゃんも見たいでしょ?めっちゃいいよ!?お宝もんだよ?いや家宝。一生大事にする。林檎ちゃんにも見せてあげるから。ね?」
林檎は視線を少し泳がせて、そのあと苦虫を噛んだような表情をした。そして顔を上げてユイをはっきりと睨みつけると、怒りの声で告げた。
「今すぐ、その、録画を、消せ!」
抵抗虚しく、吸血鬼の血を引く林檎の力で無理やり録画を消させられたユイは、だばだばと涙を流している。最後にもう一回だけ見させて、という願いも聞き入れられず、動画は闇に葬られた。

****

林檎はカメラのバグをバーチャルキャストへと報告し、迅速な対応を要求した。バグは即座に修正され、林檎の発見は2度と使えなくなった。

林檎は録画と聞いた時に、即座に言葉を発することができなかった自分を恥じていた。上位存在として、領主の娘として、もっと厳しく自分を律さなければ。そう誓うと、いつもの気高き表情で仕事に戻るのだった。

ちなみに、この一件は本人の感情を考慮して、肝心な部分は伏せて覗いた事実だけを兎鞠まりへと報告していた。それからしばらくの間、兎鞠まりがユイと会うたびに少しだけ距離をとる様子と、それにも関わらずいつもより嬉しそうなユイの姿が見られたのだが、それについて深く考える者はいなかったようだ。

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