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壊れた

知り合いから「彼氏と自分の部屋で別れ話をした途端1週間くらいテレビがつかなくなってホラーだった」という話を聞いて書きました。ホラーじゃないです。

the pulloversというバンドの「うみべの男の子」の歌詞を文章に一部引用させていただきました。とても素敵な曲で、この曲をイメージしながら書きました。よかったら聞いてみてください↓

(以下小説)


ビーっビーっと故障音が鳴り続ける洗濯機の蓋をがしゃんと乱暴に閉じた

君とここで別れ話をしてからもうすぐ3週間
呪われてんじゃないかしらってレベルで、小さなワンルームの数多くない家電たちが次々と壊れていく

最初は電子レンジ、続いて掃除機、そして洗濯機まで壊れてしまったようだ

答えはきっと単純だ
わたしの家にある家電はどれも6年前に上京した時にそろえた安物ばかりだからそろそろ寿命なのだろう

洗濯機も買い換えなきゃとなるとしがないフリーターにとってはさすがに出費が痛い

今日はコインランドリーに洗濯物を持っていかなきゃ、と考えながらTVのリモコンを手に取る

まだまだ肌寒い2月の夕方に外に出るのは少し億劫だ
もういいや、明日まとめて持っていこうかな

現実逃避に今やってるはずの夕方のニュースが見たくてテレビの電源ボタンを押すのに今日も画面は暗いまま

なんでなんだろう、君がわたしの部屋に転がり込んできたときに持ちこんだこの小さなテレビは、買ってからまだ2年も経ってないはずなのに3週間前からうんともすんともしない

きっと君が呪いをかけたに違いない
きっとそうだ、というか絶対そうだ

君が出て行ったと同時に機能を失ったかのようにどんなにリモコンをいじっても画面は暗いまま

あーあ、まるでわたしの気持ちみたいだ

暗いまま

ずーっと暗いまま

暗ーい暗ーい闇を彷徨ってるよ

、、、なんてことがほんとだったら可愛げがあるのかもしれないけど

君と別れたくらいではわたしの生活はそれほど変わらなくて

それなりに朝はちゃんと起きるし

ご飯は食べてるし

身なりもまあまあちゃんとして

音楽もできてるし

バイトにだってある程度ちゃんといってるし
(たまにサボるけど)

少し気分が落ち込むくらいで全然生きていけているのだ

でもこの3週間テレビがつかないせいで毎週欠かさず見ていたあのドラマも、好きなバンドが出ると聞いていた歌番組も見逃してしまった

配線をいじってみてもどこもおかしなところはないように見えるし、君が勝手に設置したものだからどうやって繋いだかも知らない

機械音痴のわたしにはなにがどうダメなのか全然わからない

まったくもうお手上げだ

嫌になってリモコンを放り出してスマホをいじりだす

別にテレビなんか見れなくたって生きてけるもんね

通知欄を開くとバイト仲間のりかこからlineが来ていた

「きょうひま?飲もうよ、家行っていい?」

君に出ていかれたわたしを心配してか、りかこは最近よく連絡をくれる

別にそんなに心配されなくてもやけになって自殺したりなんかしないのにね

どうもわたしは周りから危なっかしく見られているようだ

特に予定もなかったし、なんとなく飲みたい気分だったから「いいよ」と短く返事を返した

「1時間後くらいに行くね」とりかこが言うから一応掃除でもしとくか、と掃除機を取り出してからそれが壊れていることを思い出す

次の粗大ゴミの日に出さなきゃと思っていたのにもう忘れてしまっていた

まったく君がいなくなってからこの家は本当に不便だ

結局なにもしないままスマホをいじっていたらそのうちにりかこがきた

「お邪魔しまーす、て、部屋散らかってんなー、1時間後行くって言ったじゃん」

「んー、掃除機壊れた」

「まじ?」

「まじ。ついでに洗濯機もさっき壊れた」

「はあ???こないだ電子レンジもって言ってなかった?なんか呪われてんじゃないの」

「やっぱりそう思う?」

「アホか。寿命でしょ、さっさと買い換えなさいよ」

「金がなあー」

「引きこもってないでバイトのシフトちゃんと入れろ。あとサボるな。」

「はぁーい」

「まったくもう、ほんとに思ってるんだか」
とかぶつぶつ言いながらりかこは散らかったわたしの洋服をどかして適当に座った

「ビールとチューハイどっち?」

「何チューハイ?」

「レモン」

「んじゃ、チューハイ」

「ほれ」

「ありがと、いくら?」

「いいよ、今度奢って」

「うへぇー、貧乏フリーターにたかるなよお」


真面目でサバサバしたりかこは3つも年下の大学生のくせにしっかりしてて、わたしに遠慮がない。でもだらしのないわたしを叱ってくれる貴重な存在だ

少し前まではそれは君の役目だったのに

「うたさんはちゃんとできるくせにしないのがダメなとこだよ」
わたしの家に居候してるだけのくせに少し得意げな顔でお説教してくる君の顔が嫌いで
それを見たくなくてわたしはなるべく「ちゃんとする」ことを頑張っていた

ちゃんと朝起きること

身だしなみをきちんと整えること

バイトにはちゃんとに行くこと

友達の約束にはなるべく遅れないこと

洗濯物はあまり溜めないこと

出したものは元の場所に片付けること

なぜか変なところが几帳面な君にはそんな些細なことでよく怒られた気がする


君とのいい思い出なんてあっただろうか
このつかないテレビだってチャンネルを争ってケンカしたことくらいしか覚えてない

君がここに住むようになったのもなにがきっかけかは忘れてしまった

君は気付いたら近くにいて
あるときから恋人になって
気付いたらここに転がりこんでいた

さんざんわたしに甘えてたくせに「ほかに好きな人ができた」とか言ってあっさり出て行ってしまった

「うたさんのこともまだ好きだよ」なんて白々しい嘘を言い放った君の顔が憎らしかった

もうとっくに別の子に心を移しているくせに君はとてもズルくて、優しいフリして嘘つきだ

ああ、そういえば少し年下の君がわたしのことを呼び捨てではなく「うたさん」と丁寧に呼ぶのが好きだったな

「うたさんと付き合ったこと後悔してないよ、今までありがとう」

だなんて綺麗な言葉で終わらせようとするのにムカついて君を頬を平手打ちしてしまった

”なに“にもなれなかったわたしたちを綺麗に終わらせる必要なんてないでしょう?

ビンタなんて初めてしたよ、あれって叩く方も痛いんだね、知らなかった

この部屋はいつからか君にとってただの帰る場所で、「愛しい恋人が待つ家」ではなくなっていたのだろう

そういえば君はわたしの音楽を聞くのが苦手だっていつも言ってたね

「うたさんの心の黒い部分とか全部見てるような気がしちゃうんだ」なんて言っちゃって

わたしはただ自分の感情を表現する手段を使ってるだけなのに

君が好きになった女の子はきっと音楽なんてやらなくても生きていける子なんだろう

ああ、なんて憎らしい

君も、君が好きになった名前も知らないその子も、自分も

りかこが持ってきた缶チューハイに口をつけながらもう思い出したくもない君の顔をぼんやりと思い浮かべてしまう


ここ3週間こんなことばかり考えてこんでしまうのは、やっぱり君のことをどこか引きずってるじぶんがいるらしい

こんなに後からいろいろ考えちゃうくらいならもっとなんか言っときゃよかったな
君に言いたい文句たくさんあったはずなのに

「ねえねえ、テレビなんかつけてもいい?」とりかこが言うので、テレビも付かなくなったことを告げる

「うそでしょ?テレビはさすがに違うんじゃない?ちょっとわたしが見てあげるよ」

りかこはそう言ってテレビ台の裏に回り配線をチェックし出す

しばらくごそごそやってりかこがテレビの裏から顔を出す

「ねえちょっとうた!これそもそもコンセント抜けてるじゃん!」

「え、うそ」

「ほんと。これたぶん入れるだけでつくよ」

「まじか」

抜けていたコンセントをさしてみるとテレビの電源はあっさりついた

ばかなわたしはきっと配線の方ばかり見て、コンセントのことなんか見逃していたんだろう

なんだ、君の呪いじゃなかったのかと拍子抜けする

全部君のせいだと、全部君が悪いんだ、と思っていた

家電が次々こわれるのも、気分が落ち込むのも、わたしたちがうまくいかなかったのも全部、全部きみのせいだと

きっとそんなことはなかったのだ

君はなんにも悪くなくて、わたしもなんにも悪くなくて、きっと誰も悪くなくて

君と出会って、恋をして、一緒に住んで、お互いただの生活になって、そうして君が出ていくことになったのはただの自然な流れだったんだ

コンセントが抜けて見えなくなったテレビがコンセントを入れたらすぐついたのと同じくらい単純なことだったんだ

なるべくしてそうなっただけで誰もなにも悪くない

だから君に言わなきゃいけなかったことなんてなにもないんだ

君に出会わなきゃよかったと今でも心から思ってる

でももうわたしは君と出会わなかったあとの自分を想像できない

君と出会うこともきっとどこかで決まっていたんだろうね

出会いたくなくても出会ってしまって

絶対に君はわたしを好きになったし

わたしも君を好きになってしまうんだろう


ああ、さようなら、君

さようなら、君との生活

次お金が貯まったら、他の壊れた家電と一緒にこのテレビも買い替えようと思う

いっそテレビをなくしてしまうのも良いかもしれない

さて、働かなくっちゃ

わたしは明日も君なしの生活を生きていくのだ



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