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退屈な東京

「ここは退屈迎えに来て」という映画を見た帰りに書いた小説です。

(以下小説)


「ゆみちゃんはさ、わかんないと思うけどさ」
彼はわたしのことを他人行儀に扱う時わざとちゃんづけで呼ぶ。いつもは気楽に「ゆみ」って言うくせに。

「おれは気持ちが痛いくらいわかって辛かったよ」
彼が言っているのはさっき二人で見た映画のことだ。
小説を原作としたその映画は、夢を追って上京した若者が、夢破れて地元にもどり鬱々とした日々を過ごすというやや暗い内容で、わたし好みだった。
大きな事件は何も起こらない。ただただ主人公たちの退屈な日常を写す地味な映画だった。
見たいからついてきて、と普段ハリウッドアクションしか見ない彼を引っ張り出して渋谷の小さな映画館に来たのだった。

最近人気が出つつある実力派若手俳優が出演しているとはいえ、内容が地味で、配給量の少ないその映画は、まだ公開されてまもないのに渋谷のミニシアターでも夕方からの一回の上映しかなかった。映画を観終わって外に出ると、もうあたりはすっかり夜の景色で、煌煌とネオンが輝いている。
すっと気温が下がっているのを感じ、もうすぐ冬だな、なんて思ったりする。

駅への帰り道を歩きながらさっき見た映画について彼とあれやこれやと話す。渋谷の街はうるさいから、普通に話すのでも少し叫んでいるようになる。

「気持ちがわかるってなんでー?」
「俺も上京組だもん。」
「東京、そんな特別に思う?」
「うん、そりゃね。」

映画の登場人物たちはみな東京に憧れを抱いていた。東京に行ったら何者かになれる、なにかが変わる、そんな幻想を抱いていた。
こんな田舎じゃ、こんな変わりばえしない場所じゃ、、、彼らは皆自分が今いる田舎を疎み、ここではないどこかを求めていた。

東京で生まれ、19年間ずっと東京で暮らしてきたわたしは彼らの鬱々とした感情を理解はできてもまったく共感できなかった。
東京という場所はわたしにとっては生活する場所であり、それ以上でもそれ以下でもない。
日本の中心地であるということはわかっていても、東京にいたからといって何かが劇的に変わるとも思ってないし、何者にもなれないと思う。

「俺もさ、東京行ったらなんか変わるんじゃないかって思って東京の大学行こうって思ったんだ。廃れていく地元見ててさ、ここにいたらダメだってすごい思ってさ」

彼はわたしの恋人で、去年出身地の東北から大学進学で東京に出てきた。
彼の地元は海に近い小さな町らしい。わたしは彼の話を聞くばかりで見たことも行ったこともない。

「俺はさ、東京きてなんか地元とは違うことしようと思っていろいろ出かけたりしてるんだ。こないだはめっちゃ人気のパンケーキ食べに行ったり、今話題のさ、展覧会行って見たりもしたんだよ!
渋谷だってさ、こんなんテレビの中でしか見てなかったよ?
俺今だになんか実感ないもん。気持ちってか俺の魂はずっと岩手にある気がする。」

東京に出てきてしてることが意外と大したことないじゃん、なんて思ってしまう
…そんなこと言わないけど。

なんだ、魂って。
彼の言ってることを時々理解できないでいる。


もう夜なのにまだまだ明るく輝く渋谷の街をぼーっと見つめる。そうしているとつらつらと話している彼の声はすーっと耳を通り抜けていくようだった。

「ゆみちゃんみたいなさ、都会の女の子と付き合えてるなんて俺すげーって思うもん。」
突然自分の名前を出され、ふっと我に帰る。

「え、都会の子、かな、?わたし」

わたしの住んでいる場所は新宿まで25分、渋谷まで30分ほどかかるごく普通の住宅街だ。都会にそれほど遠くはないが、別に住んでいる場所も家も普通で、都会的でもなんでもない。むしろ溢れすぎる生活感に嫌気がさすくらいだ。

それにごみごみした新宿や渋谷は人が多すぎて疲れるし、なんでもありすぎる街はかえって手持ち無沙汰だ。方向音痴なわたしなんかより、地図の読める彼の方が目的地に早く辿り着ける。わたしが自信を持って動ける範囲なんてごくごく狭くてたかがしれてる。
こんな自分都会的でもなんでもない。

「うん、俺からしたらずっと。
だって渋谷とか高校生の頃から来慣れてるんでしょ?すげーや。」

「まあ、、、来たことないわけじゃないけど、、、でも東京ってそんな特別とか思わないけどねー。」
自分とは違う人間だと線引きされたことにちょっとむっとしたから少し口を尖らせて言う

「いやーそれは都会の人の感覚だわ」
わたしが少し不機嫌になっていることなんか気にも止めずにけらけらと彼が笑う。


「ゆうきはさ、大学卒業したら地元戻る気あるの?」
ふと疑問に思って聞いてみる。

「うん、もちろん。
俺一生暮らすのは地元って思ってるから。」

「えっ」

あまりの即答に驚いてしまう。東京に出て来なきゃって思った、なんて言うからてっきり東京で就職して東京で暮らしていくつもりだとばかり思っていた。
どんどん廃れていく、とディスっていた地元にそんなに愛着があるとは知らなかった。

「そうなんだ」

「だから俺東京にいるうちは都会をめいっぱい楽しもうと思ってんだ。ゆみちゃんといろんなとこ出かけてみたいし!」

「そうだね」


そう答えた自分の声がとても冷たくて驚く。なんでだろうか。妙に虚しいような、寂しいような気持ちになってしまう。

なんだろう、もやもやする
この感情の正体はなんだ


そうか、と気づく。わたしはいま怒ってるのだ。東京の女の子というカテゴリーにわたしを当てはめ、自分とは違うとわたしを遠ざける彼に。

だったらなんでわたしと一緒にいるんだ、と。東京の女の子だったら誰でもいいんじゃないかと。

彼にとってはわたしも実感のない東京の一部でしかない。

人の多い都会、見慣れない街、慌ただしく過ぎていく毎日、そこで出会った女の子。
そういう彼の東京での生活の中にただわたしがいただけだ。

きっと彼は地元に帰り、地元の友達と飲みながら、ふと小さな思い出のように「東京で付き合った女の子がさ、」なんてわたしのことを話すんだろう。

わたしはどこまでも東京での出来事の一部にしかなれない。

「そっか、地元帰っちゃうんだ。地元帰ってわたしのことなんかきっと忘れちゃうんだ」

なんだか悔しくなってそんなことを恨みがましく口にしてしまう。ああだめだ、ちょっと泣きそう。

「ちょっと、なにムキになってんだよー」
ひどいことを言ったのに彼はにこにこしたままだ。ああもう、だから、なんで思いっきり不機嫌なのわかってないのよ。もっと必死になってなぐさめなさいよ。

「そうかもしれないけどさ、ゆみちゃんこそ俺の地元ついてくる気なんか全然ないだろ?」

「えっ、いや、そんな、、、」

はっとする。
たしかにそうだ。彼について岩手に行こうだなんて微塵も思えない。
なんて返していいか分からなくて黙ってしまう。
わたしは彼がわたしの前からいなくなることばかり考えて自分がどうかなんて考えもしていなかった。

「うん、だからお互い様でさ、先のことはわかんないけど今楽しくできてたらいいんじゃないの?俺今ちゃんとゆみちゃんのこと好きだし、かわいいって思うし、一緒にいたいと思うよ?それじゃダメ?」

「…ダメ、じゃない、けど、、、」

うまく丸め込まれた気がする。納得もしてないし、ちょっと悔しいけど「ほら」と差し出された左手を思わず握り返してしまった。

お互い様、か。
でも、そんなシビアな付き合い悲しすぎる。そういえば「いつか終わりがくることを心得て愛してね、」なんてコレサワも歌ってたっけ。

いつか終わりが来ることを心得ていては欲しいけど、いつかがわかりすぎていてつらい。


あと3年。
あと3年しかない。
わたしたちはどんなに長く続いても大学を卒業するまでの、あと三年だ。

どう過ごそうか、彼と付き合うこの時間は無駄じゃないのか。無駄なんて考えてしまっては終わりじゃないか。

わたしたちの交際がいかにもろく、薄く、学生時代の遊びでしかないことなんてわかっていたはずなのに。それでも少しでも、一緒にいる間だけでも永遠とか、それに近いようなものをわたしは感じていたかったのだろうか。
なんて虚しいことに気づいてしまったんだろう。

だめだ、きっとだめだ。こんなことに気づいてしまってこれから普通に付き合っていけるんだろうか。


ぐるぐる回る考えは明るすぎる渋谷の街に溶けていく。

右手に彼の温もりを感じる。
これだけが今はリアルだ。
そっと彼の手を握り返してみた。

君とわたしのタイムリミット、あとどれくらいあるんだろうね。

いつまでも一緒だなんて思ってないよ?
思ってないよ
思ってないけどさ。

君の、時々びっくりするくらい現実的なとこが嫌いだ。

夢、見させてよ、ばか。




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