小説|雨の日に君を待つ DAY3
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子供の頃、文鳥を飼っていた。名前は「アル」とつけて可愛がっていた。
もうずっと幼い時だ。神隠しで十年経っていると、高校生の見た目でも子供の頃と懐かしむにはどう計算していいのかわからない。ただ言えるのは、俺が小学生だった頃の話だという事。
弟のように可愛がって、ある日寿命でパタリと動かなくなってしまった。それが初めて知った生き物と家族の死だった。夜通したくさん泣いて、朝が来たらパッタリと涙は止んだ。
あれ以来、生き物は飼わない事にしている。家族を失うのはあまりにも悲しい事だと知ったから。
今になって昔飼っていた文鳥のことを思い出したのは、夢に出てきたからだろう。夢の中で元気に俺の周辺を飛び回り、肩や手のひらに乗ってチュンチュンと鳴いて、どこかに飛び去ってしまった。不思議と爽やかな気持ちだった。寂しくもない。元気な姿を見る事ができたから、というのもあるだろう。けれど、一番は「また元気で」で別れの挨拶を言えたからだろう。アルの死は突然で、別れの挨拶もできないままだった。泣いて喚いて死を受け入れる事で精一杯だったから、落ち着いた頃にはすっかりお別れを言えずに時経っていた。
「それは鳥の最後の思念だろう」
病室のベッドの横で座ってお見舞い品のリンゴを食べる男は、俺から夢の話を聞いてそう答えた。
というか、人がもらったリンゴを勝手に食うんじゃない。器用に皮を剥くと六頭分に切り揃えて皿に盛ってくれたので、食うなとは言わないがせめて一言あるだろう。適当に礼を言って向かれたリンゴをしゃくしゃくと食べる。甘酸っぱくて喉に心地よい。
先日の女の幽霊襲撃事件までは助けてもらった恩人という事もあり言葉にも気をつけていたが、あれ以来見舞いをフルーツや菓子を横で食べられるので気を使うのをやめた。
「思念って?」
この男は人間ではない。未だにどういうモノなのかは知らないが、とりあえず三度も助けてもらった恩人には変わりない。ひとまず自分にとって害のある何かではない事はたしかだ。
「君は知らないだろうが、その鳥は死後もずっと君の周り飛び回って良くないモノから守っていたんだろう」
「守護霊みたいな?」
「まあ、そんなところだ。きっと君が死ぬまでずっとそうしていたんだろう。ただ、神隠しに遭って状況が変わった。本来だったら、『無傷』で元の場所へ帰る事ができたであろうに、君の人の良さが不幸を呼んだのさ」
目が覚める直前のことは、実をいうとよく覚えていない。
この男から傘を借りて帰ろうとした時に、返すために名前を聞こうと振り返ったあたりから記憶はあやふやだ。真っ黒い靄みたいな物に覆われて、全く思い出せない。
「そもそもいったいなんなのさ」
「僕かい? まあ、広義の意味では神様だよ」
「いや、そういうカルトジョークはいいです」
「ジョークでもなんでもないんだがな。君を隠そうとした神と競えるくらいには神格がある、一応な」
いっそ妖怪とか言われた方がしっくりくるんだが。傘を貸してくれたし、妖怪『蛇目傘』あたりが似合いそうなんだけど。
考えている事はお見通しなのか、不本意そうな目でこちらを見てくる。
はいはい、神様ね、わかりましたとも。
「俺が神隠しにあったのと何が関係したら、夢にアルが出てくるわけ?」
「本当だったら、僕が貸した傘を代償にして君は帰るはずだった。ただし、君は振り返ってしまっただろう」
「え、だめなの」
「古来より帰り道は振り返ってはならぬ、と相場が決まっているだろう」
「知らないし……そんなの……」
不勉強だと言われればそれまでだが、高校生で習う勉強には含まれていなかった気がする。
「簡単に言ってしまえば、「振り返ってはいけないよ」と僕が言った約束を君が反故にしてしまった故に起きた事故だ」
「なるほど。約束を破ったから罰を受けたって事?」
「罰というより、今回は『受けられる恩恵が受けられなくなる』という物だな」
という事は、本来ならばこの人から傘を借りてまっすぐ帰っていれば何もなかった話だったという事か。しかも傘が帰り道の代償だったならば、わざわざ名前を聞こうとしなくてもよかったのだ。たしかに、彼の言う通り人の良さが仇になった話だ。
でも、それがどうして文鳥の話に繋がるのかはわからない。
「実は振り返った時点で、君は隠されてしまったんだ」
「は? 神隠しに遭っていたんじゃないの」
「いや、遭う寸前の所を助けたはずが助けられなかったのさ。そこで君を守る鳥の出番だ。彼は君を守るために自分を代償にして連れ戻したのさ。とはいえ、吊り合わない分は君の目で補われた訳なんだが」
「つまり、アルが助けてくれなかったら、俺はここにいないと」
「そう言う事だ」
まさか時を経て可愛がった文鳥に助けられるとは。
いや、ずっと助けられていたのだ。この男曰く、俺は変なモノに好かれやすいという。先日の女の幽霊でそれは証明されたうえに、実はその後も病院にいたアレコレに付き纏われていた。全部この男が追い払ってくれたようだが。数日でこの有様なのだから、神隠しに遭うまでアルが守ってくれなければ生きてはいなかっただろう。そう思うと、背筋にゾッと冷たい物がとおる。
「本来ならばもう会う事もなかっただろうが、よっぽど想いが強かったんだろうな。残った思念が夢に現れて別れを告げにきたのだから」
ありがとう、と心の中で唱える。きっともう夢には現れてくれない弟のように可愛がった文鳥。遠い空へ旅立ったと言うのなら、今はその彼方に向かって俺は感謝を伝えるしかなかった。
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▶︎綺想編纂館 朧様主催【文披31題】参加作品
DAY3:文鳥
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▶︎ヘッダー画像:kumako様
こちらから素材をお借りしました。
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