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九字切り

当時、中学生だったわたしはオカルト的な知識を仕入れては何かと試すを繰り返していた。
その日は、部活を終えて徒歩で帰宅する友人に合わせて自転車を押して帰っていた。
日は暮れ、とっぷりと闇に覆われた夜道を歩いていると、人ならざるモノが現れ惑わせようとしてくるのではないか…わたしは友人と話をしながらそんな気配を探していた。
友人の家近くに差し掛かったところで、風が吹き抜けた。
風は木々を揺らし、枝葉がまるで人のざわめきの様な音を立ててわたしの前に立ち塞がった。わたしは、その中に何かの気配を感じた。それが、チャンスだとも思った。
九字切り。
それをやってみよう、と思った。
わたしは、友人に見つからない様に密かに指で小さく九字を切り、唱えてみた。


何と表現したらいいのか、未だに答えは見つかっていない。
耳元に風が吹いたと思うと共に音が消え、耳が詰まった様な不快感が襲ってきた。
同時に、全身に悪寒が走った。

やってしまった。

と、瞬時に理解した。
何か、よくわからないモノに喧嘩を売ってしまったのだと思った。
隣を歩く友人は気付いているのかいないのか、わからない。それどころではなかった。
背後に巨大な気配がした。そして寒い。つま先から、睫毛の先まで寒い。しかし、冬のそれではなかった。
一歩一歩進む足は重く、自転車を引き摺る様に押して歩いた。
やがて、曲がり角が見えた。
徒歩の友人とはこの角で別れることになっていた。
わたしはこの悪寒がどこまで続くのかばかり気にしていた。
友人が「じゃあ、ここで」と足を止めた時だった。わたしが角に一歩足を進めた瞬間、悪寒は消えた。
角を曲がるまでの道のりにあった厳しいそれは、一瞬にして溶けるように消失してしまったのだった。
「また明日ね」わたしはわけがわからないまま、友人に手を振って別れた。
数日たち、まだ日がさしている時間にその通りを通ってみた。家屋があるその裏手に、わたしが差し向けて九字を切った林があった。
よく見ると、木々が鬱蒼としている中に、何か石碑が立っていた。
わたしはあれに喧嘩を売ったのか。
すぐに、心の中で頭を下げ、馬鹿なことをしたと詫び謝罪した。
あれ以来、わたしは九字を切ることをしてしない。
あれはもしかしたら、浅はかなわたしに警告を交えて切ることの恐ろしさ、意味を教えてくれたのかもしれない。








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