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アルバムレビュー - Stefan Fraunberger『Quellgeister#3 Bussd』

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オーストリアのアーティスト兼コンポーザーStefan Fraunbergerによる2019年発表のアルバム。ルーマニアのBussdという村にある廃教会のオルガンの演奏が収められています。

本作はタイトルとなっている「Quellgeister」というシリーズの第三弾にあたります。このシリーズでは一貫して放置された教会のオルガンが演奏されており、それを通して「時間と条件を経て忘れられた機械の有機的変化に基づいた音の限界を再文脈化する」ことを目的としています。音響特性の調査が作品において非常に重要とされているようで、キャプションには「音響考古学」または「考古学的な音響研究」といった表現がでてきたり、第二作のキャプションには「アンビソニックマスタリング」という語も確認できます。

本作の内容はそのコンセプトを裏切らない非常に音響的探究心が感じられるもので、演奏の中での音程の抜き差しはそれによってハーモニーや旋律が形成されるというよりサウンド全体のテクスチャーの変化を印象付けるものとして機能しているように思います(故に聴き心地が非常にドローン的といえるようなトラックもあります)。オルガンは金属製や木製、リードを備えたものなど複数の種類のパイプに風を送ることで発音される楽器ですが、本作ではそれが他の様々な風(空気の移動)によって発されるサウンド(例えば機関車の汽笛、和楽器の笙や様々な笛など)に化けるように変質し、オルガンという楽器のイメージを拡張/更新していきます。

特に2曲目における雅楽を思わせるような音の浮かび上がり方、笙や笛を思わせる音色が固定的でなくそのADSRの動きまで近いニュアンスで表れるのは本当に印象的で素晴らしいです。オルガンのサウンドというとどうしてもその音色(倍音成分)の複雑さに比してADSRの動きはアタックが強くその後ただ平坦に持続するものという硬い印象があるので、「オルガンでこういう表現が可能なのか」と驚かされましたし、西洋の楽器からこのような思わぬかたちで雅楽を連想させられたことにも言いようのない興奮を覚えました。そういった意味ではTim Heckerの雅楽を取り入れた近作『Konoyo』と『Anoyo』と並べて聴いてみるのも面白いかと思います。他にも6曲目の様々な笛のような音色が無数の鳥の鳴き声のごとく浮かび上がる様子なども耳を引きます。

2019年はオルガン・ドローン的な作品が多く発表されたことは既にこちらの記事こちらの記事で触れていて、これだけいいものあるのなら自分が見落としている傑作も結構な量ありそうだとは思っていたのですが、案の定というか凄い一作を見落としていました。それぞれに異なったコンセプトや方向性のある作品なので単純に比較してしまうのは危ういのですが、音響的に新しさを感じるかという観点だと他の傑作に劣らないどころか勝っているようにも感じられます。なので2019年にオルガン・ドローン的な作品(例えばEllen ArkbroKali MaloneMaria W Hornの作品など)に惹かれた方には是非とも聴いてみていただきたいところです。


過去の2作については、コンセプトを同じくするものの激しい不協和音が投げつけられるような演奏もあり、オルガンの即興演奏としてシンプルに思い浮かぶものに比較的近い印象があります。もちろんそれによってエグい音のうねりが表れたりと音響的な面白みに繋がる瞬間もあるのですが、作品全体から感じられる音のテクスチャーへの注力具合などは作を追うごとにどんどん深化しているように感じます。

シリーズの第一作。トランシルバニアの無人のサクソン教会での録音。


シリーズの第二作。こちらもトランシルバニアの無人のサクソン教会と表記されています(同じ個体かはわかりません)。

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