ヨロイモグラゴキブリ

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ヨロイモグラゴキブリ

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最近の記事

迷宮に眠るは夢の原盤

 五つの頃、父が都市の闇に消えて行ったのは、生まれ変わりの秘儀を求めてのことだった。 「――あんたは何に変わりに来た?剽悍な猟兵?美貌の姫君?それとも才気溢るる貴族様か?」  問いはカンテラの火で照らされた暗渠の煉瓦壁に虚しく反響した。  後方に客人は一人。革装束で全身を覆っている。暗闇をナメくさった連中とは違う。 「願いを口にするのは大事だぜ。場合によっちゃ他人様の魂に押し入るんだ。ちゃんと脳みその中でも答えられるように練習しとかにゃ」 「……おまえの方こそ、どうしてこんな

    • ブギーマンズ・ゲーム

       あの時、スタジアムに登場したラガムたちを迎えたのは、大地が揺れたと錯覚するほどの凄まじい喝采だった。  虚無の荒野が広がる魂には、それが響くことも、火が通うようなこともない――少なくとも、彼ら自身はそう考えていた。  ……だが、どうだ。  平らかな心に真新しい太陽が浮かび上がったかのようだった。 「これは苦しいな」ソーマが苦笑気味に言った。歩を進める度、獣じみた肢体を構成する漆黒のフレームがギチギチと音を立てた。「これじゃあ、道はあったんだって思っちゃうじゃないか」  そう

      • ブラッド・ブルーミング

         リゼはナイフを胸に掻き抱き、テーブルの下の薄闇に身を潜めていた。刃の硬さと冷たさに鼓動を委ねる。  ギシ……。  床板を軋ませ、そいつが現れた。焼死体じみた赤黒い影。そいつは、老いた赤子みたいなたどたどしい足取りで歩を進める。  ――シュナイダー氏。  リゼは直感する。昼間、包帯で顔を覆ったあの紳士は、戦争で全身を灼かれたと語っていた。  リゼの目の前で炭化した脚が止まった。そして、少女が息を呑む間もなく、ぬっと恐ろしい顔が現れた。あらぬ方向を向いた濁った目。空気を求めるか

        • アナザーヘッド

           夜空に首が舞い上がった。広がった髪が月のステージに軽やかな舞踏の影絵を描いた。  ユーリはひどく美しいものを見たような眼差しを天に向けながら……その口からは悲痛な絶叫を迸らせていた。  路地に倒れ込んだ少年の潰れた芋虫みたいな背を、幾つもの嘲笑が囲んでいた。それは実際に闇に浮かぶ笑顔で、ハロウィン仮装みたいな蛍光フェイスペイントを施した者たちだった。  ユーリは震える手を闇に差し伸ばした。  刹那の滞空を終え、首はただの石くれみたいに淀んだ闇に失墜していく。  ……ぱしっ、

        迷宮に眠るは夢の原盤

          悪性腫瘍のツバサ

          「これが正義の鉄槌だ」  憎悪を刷り込むように言いながら男は腰を振っていた。ギャハハと追従する男たちもそれぞれ行為に及んでいる。  アパートの一室には性と酒と煙草の匂いが手招きするように渦巻いていた。  私は息を呑み、足を止めた。  強烈な共感と、氷のような嫉妬に目の前が暗くなる。 「あ?」一人が私に気付いて振り返った。その顔面にボギュッと拳骨を沈めた。粘っこい血の糸を引いて男が頽れた。 「何だテメェ⁉」「撃てッ!撃てッ!」  下半身丸出しの男たち発砲した。私は

          悪性腫瘍のツバサ

          浄化のエピタフ

           どこまでも続く白砂の丘陵と、宇宙を堕としたような昏い青空、そして太陽だけの世界。  その上を一人の少年が決然と歩んでいた。  少年は焼け焦げた棺桶を鉄鎖で引き摺っていた。ザリザリと白砂に皺を寄せる。 「どこへ行くんだい?」  いつの間にか、少年の横に、錆びついたベンチと、そこに腰を下ろすタキシードの男が生じていた。 「火葬です」 「その棺桶かい?」 「はい。母の遺体が入っています」 「重そうだ。とても一人で運べるとは思えない」  炭の粒子が鼻腔を突き、男は

          贖児の空

           ――溺れる!  目覚めた瞬間、おれは赤子の手の中みたいな弾力のある暗闇にいて、溺死への恐怖から逃れようともがいていた。  縮こまった手足は満足に動かない。ストレスとパニックが身体中を荒れ狂う。もどかしさを振り切るように、ただ無心で暴れた。  ……どれくらい経ったろう、己を包む分厚い膜の外に、ふと妙な圧力を感じた。  それは、手だ。誰かが外から触れている。  直後、プツッと膜が破れる気配がした。  ――助かる!  おれはその陥穽を起点に暗闇を力任せに破りさいた。

          ライフ・ベクター

          1.ベクター スクルは鳥が片翼を翻すように後方へ銃身を向けると、どこまでも軽やかにトリガーを引いた。  鮮烈なマズルフラッシュ。――残留した炸裂の力は、銃身と一体化した漆黒のガントレットを介して腕全体に波及し、丹田の内側へと渦を巻いて収斂していく。そして、その力を外へと開放するように身を捻ると、運動エネルギーを下肢に与え、回転の中でも決して見失わなかった前方へと大きく一歩踏み出す。―― 「ぐえッ!」「ちくしょうッ」「追えッ。追えッ!」  ――重たく、濡れた現実が帰って来

          ライフ・ベクター

          サイクロプスの虹彩(全セクション版:加筆修正アリ)

          1 窒息するような凄まじいスコールが路地裏を満たす。都市のネオンと喧噪は骨格標本めいてビル間を巡る配管の彼方に沈んでいる。  ゴミと油の浮かぶ路地裏には闇を凝らせたような大きな人影がそびえ立っていた。通りを駆け抜ける車の鮮烈なヘッドライトが、ネオンに滲む影のシルエットを一瞬だけ確かにする―――雨が滝の如く流れる無骨なコートと、一部を機械に置換したような鋭角の頭部。  その足元では、汚水に半ば沈んだ汚らしい何かがびくびくと痙攣している。大男は頭を傾け、それを見下ろした。

          サイクロプスの虹彩(全セクション版:加筆修正アリ)

          サイクロプスの虹彩(⑥-完)

          ⑤までのあらすじ:頭部に巨大なカメラ・アイを備える異貌の大男、サイクロプス。傭兵集団MAGEの武器庫を襲撃したサイクロプスとギャング集団パンギルは、おぞましい銃の怪物たちと相まみえる。多くの犠牲を出しながらも、MAGE幹部サロメとウォルターを撃破し、その背後に隠れるドクター・ロンすら始末した。一方、MAGE幹部最後の一人アルゲースは、パンギル幹部ホセに、サイクロプスの裏切りを密告する。  凄まじいスコールの中に在って、都市の貪婪な光はその癒着を断たれまいとするかのように、い

          サイクロプスの虹彩(⑥-完)

          サイクロプスの虹彩(⑤)

          ④までのあらすじ:頭部に巨大なカメラ・アイを備える異貌の大男、サイクロプス。彼は傭兵部隊MAGEの恐るべき人間戦車カルロを襲撃し、これを暗殺した。さらに、MAGEの積層造形銃が集められた施設を発見し、パンギルの兵隊と共に強襲をかける。そこで待ち受けていたのは、銃器と射撃技術を躰に刻み込まれた狂った動物たちだった。  密林じみて氾濫する植物群の只中にそびえる白亜の研究棟は、壁面にびっしりと蔦が張り、まるでホルマリン漬けの臓器のようだ。―――その入り口。探査用装備に身を包んだ”

          サイクロプスの虹彩(⑤)

          サイクロプスの虹彩(④)

          ③までのあらすじ:頭部に巨大なカメラ・アイを備える異貌の大男、サイクロプス。彼が協力するギャング、パンギルの施設が傭兵集団MAGEに襲撃される。パンギルの精強な戦士たちは見事な戦いを見せるが、MAGEの恐るべき幹部たちによって、ひとり、またひとりと殺害されていき、取引していた”商品”まで奪われてしまう。―――それは、パンギルが街から集めた子供たちだった。  天使が飛び立ったような蒼空、つるつるとした水晶の海、黄金の砂浜。その中を道化芝居じみて駆け回る子供たちを、一台の戦車が

          サイクロプスの虹彩(④)

          サイクロプスの虹彩(③)

          ②までのあらすじ:頭部に巨大なカメラ・アイを備える異貌の大男、サイクロプス。一つ目の怪物は都市を支配するギャング”パンギル”からの依頼で傭兵集団”MAGE”を追う中、テックが生んだ恐るべき戦士「ナポレオンとマレンゴ」と相対する。辛くもこれを撃破したサイクロプスは、MAGEを影から操る大工場―――カンパニュラに勤める旧友と会話し、その内情を推察する。一方、仲間を討たれたMAGEは都市の暗闇で不気味な動きを見せ始めていた。  スコールの圧倒的な轟音による沈黙は一瞬のことで、乾い

          サイクロプスの虹彩(③)

          サイクロプスの虹彩(②)

          ①までのあらすじ:頭部に巨大なカメラ・アイを備える異貌の大男、サイクロプス。オセアニアのメガロ・シティの裏社会を牛耳るギャング”パンギル”に依頼され、彼は都市に流入してきた奇怪な銃と傭兵集団”MAGE"を追う。その裏には、都市にサイバネティクスを氾濫させた経済特区の大工場カンパニュラの影があった。その痕跡を湾岸倉庫に見出した一つ目の怪物は、そこでテックが産み出した不気味な戦士と相対する。   その巨体を影のように密やかに運び、サイクロプスは倉庫に侵入した。ゴォォォォォ……。

          サイクロプスの虹彩(②)

          ドウブツたちの肖像 ー無貌の都と蝙蝠たちー

          首の台座 暗雲が圧し掛かる空の下、瓦斯燈が寂しげに周囲を照らす灰色の広場に悲痛な慟哭が響いた。円形の広場の中心に聳える巨大なシシの像は、その悲鳴を無感動に受け流し、像の足元で小さくうなだれる人影と、その面前に横たわる首のない死体を冷然と拒絶していた。首の切断面からは今もだくだくと血が流れ続け、道路の煉瓦の間を這い進んでいる。  人影の躰は血でどこまでも赤い。それは、まさにこの場所こそが蛮行が行われた地であり、この人影こそが忌むべき殺人者であることを如実に表しているようだった

          ドウブツたちの肖像 ー無貌の都と蝙蝠たちー

          サイクロプスの虹彩(①)

           窒息するような凄まじいスコールが路地裏を満たす。都市のネオンと喧噪は骨格標本めいてビル間を巡る配管の遥か彼方に沈んでいる。  ゴミと油の浮かぶ路地裏には闇を凝らせたような大きな人影がそびえ立っていた。通りを駆け抜ける車の鮮烈なヘッドライトが、ネオンに滲む影のシルエットを一瞬だけ確かにするーーー雨が滝の如く流れる無骨なコートと、一部を機械に置換したような鋭角の頭部。  その足元では、汚水に半ば沈んだ汚らしい何かがびくびくと痙攣している。大男は頭を傾け、それを見下ろした。

          サイクロプスの虹彩(①)