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悪性腫瘍のツバサ

「これが正義の鉄槌だ」

 憎悪を刷り込むように言いながら男は腰を振っていた。ギャハハと追従する男たちもそれぞれ行為に及んでいる。

 アパートの一室には性と酒と煙草の匂いが手招きするように渦巻いていた。

 私は息を呑み、足を止めた。

 強烈な共感と、氷のような嫉妬に目の前が暗くなる。

「あ?」一人が私に気付いて振り返った。その顔面にボギュッと拳骨を沈めた。粘っこい血の糸を引いて男が頽れた。

「何だテメェ⁉」「撃てッ!撃てッ!」

 下半身丸出しの男たち発砲した。私はカメラ・バイザーに絶対に銃弾が当たらないように手で庇を作って前進した。

 震える拳を振り上げた。そして、


 カ タ ル シ ス が お と ず れ る 。


 ……死体とタオルケットを巻いた被害者たちを撮影する。いずれも変異は軽度だ。だが……。

 顔面の左半分から左腕までを無数の蠕虫状器官で覆う女がいた。

 胸部から満月のような眼球を持つ犬虫の頭を生やす少年がいた。

 極めつけは真っ二つに裂けた頭の断面にぷるぷると震える無数の穴を持つ少女だった。

「……。……もうすぐ保護局の人たちが来るよ。安心して良い」

 私は皮手袋越しに、企業の暴力の犠牲者たちを撫でた。それが少しでも彼らを慰撫できたのだろうか、一人がおそるおそる隣の部屋を指差した。

 ドアを開けた。

 ――ああ。

 私は膝をついた。

 そこには、キチン質とゼラチン質と筋繊維をパッチワークしたような、あまりに醜悪な生命があった。

 私は決壊した。涙が抑えられなかった。

 震える手を伸ばした。

【気持ち悪い】

「――え?」

【気持ち悪いと云ったの】

 それは心に直接伝わってくる言の葉だった、凄まじい恐怖と心細さを感じているというのに、意志の力で気高さを保っていた、それが解る……

 はっとした。感情も伝わっている。おそらくは双方向で。

 喉から水分が枯渇した。羞恥に漏らしそうだった。

 これは”赦し”なのだと感じる本能に屈服したかった。

【……私を連れ戻しに来たんじゃないの?】


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