吊り輪

(そんな~感染対策で吊り輪がなくなるなんて聞いてなよ)

私は電車で困っていた。いつもなら吊り輪につかまるのだけどこの昨今の情勢で手に触れる吊り輪が撤去されていたのだ。

電車のなかはそこそこすいている。こんでいたらとなりの人の肩で踏ん張れるのだが、こうそこそこすいていると寄り掛かるのもできない。この路線、カーブが多く揺れるのに。

私は腰に力をいれて電車の中で立っていた。電車が発車する。あんのじょう電車は揺れる。

「ふんっ」

私は腰に力をこめて立っているものの軟弱なので大変だった。ふと目をやると小柄なおばあさんがいるのがみえる。あんなお年寄りは立っているのの大変だろう。だれか座席かわってやればいいのに。と大きく揺れた。私はバランスをくずして床をすっ飛んでドアに激突してしまった。おばあさんが心配になる。

「なん…だと」

おばあさんは微動だにしない。親指を壁にめりこませ立っていたのだ。おばあさんは電車が大きくゆれても動かなかった。明鏡止水。

ふとみると、ベビーカーを押している女の人が目に入る。その母親は床に足をめり込ませベビーカーをしっかりもっていた。母はつよし、ということだろう。

「私もがんばらばくては」

そうして私はトレーニングをかさね、一か月後には逆立ちして電車に乗ってもびくともしない体を得た。人類は困難を克服して強くなれるのだ。