こんにちはおかあさん

コクーン457-23の中に私は揺蕩っている。

胎児である私は一日の半分以上は寝ていると思う。人口羊水は予想していたよりずっと快適だと思う。

人工出産器コクーン457-23は私が勤めていた会社の製品だ。私はしたっぱの社員だったけれど自社製品のスペックぐらいは覚えている。

私たち人類が身体の中で子を育てて産み落とすということをしなくなって何世紀もたっている。10か月もリスクがある状態で女性が過ごすのは不合理だし、現実的に私たち女性の体は自然出産に耐えれる体ではない。私のいる人工惑星Z125の重力は0.85G。加えて遺伝子操作を繰り返している。自然出産主義の物好きならともかくほぼ人工出産器で胎児が育ち十分な期間を経て外に出る。

胎内記憶というものも解明されていて、胎児が思考をしているのは理屈では知っていたけれどこうして実際に体験するとなるほど、と思う。ふとコクーンの向こう側が明るい気配がした。この部屋にはいくつものコクーンが並んでいる。病院だ。医師や技師が部屋にきても明るい気配はしない。

明るい気配がするのは、おかあさんになる人が近くに来た時だ。

私はどきどきしてお母さんになる人。つまりマリコ・ブラウンの到着を待った。私がどきどきしているとまわりの赤ちゃんがいいなーいいなーと言っているのがわかる。それだけおかあさんのそばにいるということは私たち赤ちゃんにとってすごいイベントだってこと。こんなにうれしいなら自然出産主義の人のいうこともあながちまちがいではないのかなと思う。いつでもそばにいられたらいいなと思う。こうしてコクーンの中にいて離れていてもつながっていて、遠くからだって声だって届くんだけれど。

マリコは私のコクーン457-23の前に来た。マリコの隣には旦那さんもいる。

マリコは私のコクーンをさすった。マリコは私の親友だった。いっしょに暮していた時もある。好きだった。恋人になりたかった。私とマリコで赤ちゃんを作りたかった。でもマリコは信仰している教会を裏切ることは出来なかった。私は女だった。マリコも女だった。カミサマを恨んだ。

マリコの声が明るいので私は幸せに揺蕩った。ねえマリコ、私カミサマにお願いして貴方のあかちゃんにしてもらったの。

コクーンをさするマリコの手に合わせて私はまだようやく形になった手を合わせた。するとしあわせな気持ちがどっとあふれてきて、うれしくて。

マリコは私と手を合わせながら、旦那さんとお話している。

マリコは死んだ親友、つまり私があかちゃんになる前の話を繰り返してた。なんてことはない。私は暴漢に襲われたマリコを助けて死んだのだ。不幸せな人生だと思っていたけれどあんがい幸せだったのだと今は思う。マリコは旦那さんと私の名前を考えている。私は男の子に生まれる気。だってマリコがまた暴漢に襲われたりしたとき、腕力があったほうがいいかなって。ほかにも理由はあるけれど。マリコは私のコクーンをさすって名残惜しそうに部屋を出ていった。

そうして私は揺蕩いながら10か月以上をコクーンで過ごした。

いよいよコクーンから出る。コクーンが並んだ部屋から出るときほかの赤ちゃんたちがバイバイとがんばってエールを貰った。

コクーンの中にいるのは心地いい。出たくない。でも出ないとなにも得られない。

部屋にいるマリコと旦那さんの緊張が伝わってくる。

私はコクーンから排出される。もう忘れる時だ。マリコと一緒に暮らした人生も、おなかのなかの幸せな時間のことも。

人工羊水から出ると、想像以上に世界は寒かった。

それでも私は産声を上げる。産声を上げた。