弁護士視点からの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」解説〜第2話

娘の結婚式でドレスが脱げてしまったことにつき10億ウォン以上の損害賠償請求をしたいと訴える大企業会長に対し、ハン・ソニョンとチョン・ミョンソク両弁護士はこのケースで請求しうるのは慰謝料だから大きな金額は難しいと説明します。ここから韓国法が日本法と同様、損害賠償の考え方につき実損額ベースの制度を採用しており、その例外部分である慰謝料については少額しか認めないシステムであることが分かります。

会長の口からライバル弁護士法人テソンの名前が出た途端、代表弁護士ソニョンが目の色を変えます。それを横目でみるミョンシクの表情が良いですね。勤務弁護士時代にボスがクライアントに安請け合いする場面に居合わせた経験をしている弁護士たちは、ミョンシクに大いに共感しながらこのシーンを見守ったことでしょう。こんなところまで実際の弁護士実務に忠実です。

ミョンシクの執務室に場面が映り、部下の弁護士たちと方針の検討を始めます。損害=積極損害+消極損害+慰謝料をいう基本定式が視聴者に示され、やはり日本法と同じ法制度であることが分かります。
こういう解説調の台詞が混じるとドラマは途端にチープになるものです。ところが、ヨンウに「長らく弁護士をしてるのにそんなことも知らないのですか?」と空気を読まない発言をさせることでコミカルに仕立てると共に、ミョンシクが部下たちと基本事項の確認と共有から入っているのだと自然で説得力あるシーンになっており、その見事さに感嘆しました。
「故意でも過失でもホテルに非があるという帰責事由が必要だ」
また出ましたね。法的に正確かつ端的な、如何にも弁護士が言いそうな台詞がさらっと出てくるのが本作の特徴です。韓国語を解さない自分にはオリジナル台詞がどのようなものか分かりませんが、字幕翻訳の方も日本の法律用語を相当研究されたか、弁護士の監修を字幕作成にも入れたのではないかと思います。

「笑い話で済みそうなのに、大手法律事務所が10億を巡って争うとは、司法の無駄遣いではないでしょうか」。
裁判官のこの台詞、日本の司法界では「司法経済」という独特の言葉で表されます。裁判所の建物など物理的な設備や裁判官その他マンパワーとその時間などから構成される司法サービスは一種の公共財であることから、費用対効果が悪すぎる事例や公共性が著しく低すぎるケースに費消されるのは良くないという考え方です。骨肉の争いをしていた相続事件でひたすら憎しみをぶつけ合う双方当事者に、裁判官が「こんな事件にこれ以上時間を使ってられないんですよ!世の中にはもっと司法を必要としている人がいるんです!」と言い放った事例を耳にしたことがあります。韓国にも司法経済類似の思考があるようですね。

しかしこの場面、ホテル側の代理人弁護士が「訴訟を起こすと言うのなら、こちらも引けません」と言っています。ということはこの場面は裁判所内での裁判官を交えた協議でありながら、訴訟前の手続だということです。
日本法にも「訴え提起前の和解」という制度がありますが、これは当事者間の事前交渉で事実上合意が成立しているときに利用されるもので、このエピソードの場面とはかなり異なります。米国ドラマでは似たような場面を見たことがありますが、韓国民事訴訟手続にも独特の制度がありそうですね。

当事者よりも親の方が躍起になって訴訟になる事件というのは、ままあります。損害を被ったのはあくまで新婦本人なので、訴訟をやりたがった父親ではなく、娘の新婦が原告として登場します。
原告本人に対する質問、ホテル側の代理人が彼女の匿名SNS投稿を提示し、そのプリントアウトをその場で証拠として提出します。やや手続が乱暴な気がしないでもないですが、日本の民事訴訟でも証人(この場面では本人)の供述の信用性を崩すための資料を弾劾証拠として突きつけ、それをそのまま証拠請求する方法は認められているので、それと同じ手続なのかもしれません。

ハンバダ会議室での打合せで、ホテル側から大金をせしめたい父親とそんなことは望んでいない原告との意見対立がいよいよ表面化します。実質的な依頼者である父親会長の意向を優先してきたハンバダの弁護士たちも、こうも面と向かって原告からハッキリと本意を訴えられたなら無視できないはずです。弁護士費用を出し、その訴訟を事実上コントロールしている実質的依頼者と訴訟上の当事者の意見が対立し、弁護士が板挟みになることもまた時々あることです。弁護士が委任を受けているのは当事者である原告ですから、弁護士倫理上、弁護士は原告の意向を優先しなければならないのです。原告である当事者を放置し、会長の意向に従うこのシーンは、実は非常に危うい場面です。

「告訴をやめるにはどうすれば?」
一瞬、法廷ドラマに付きものの、不正確な台詞もしくは誤訳かなと思いました。
「”告訴”は刑事事件なので”訴えを取り下げる”と言うべきです」とヨンウ。
われわれ弁護士は客商売なので、依頼者が法律用語を不正確に使ったところでそれをいちいち修正して機嫌を損ねるようなことはしないものです。が、空気を読めないヨンウは違います。そのキャラクター設定を使った演出で視聴者に法制度を自然に説明する脚本に、毎度毎回感銘を受けます。
上司や雇い主である代表弁護士にはかることもなく、原告本人に訴えを取り下げる方法をアドバイスしたヨンウは、組織人としては失格かもしれません。しかし例え雇われでも個々の弁護士はあくまで委任者の意思と利益を最優先すべき義務を負っているので、当事者である原告からの質問を受け、それに正直に回答したヨンウの行動は弁護士としては間違っていません。

実質的に訴訟をコントロールしてきた会長の意向がどうあれ、訴訟上の原告である娘が訴えを取り下げたなら訴訟は終結してしまうという民事訴訟制度特有のシステムと、娘が初めて親に反旗を翻し自立しようと立ち上がるカタルシスを掛け合わせたクライマックスは、エンターテイメントとして見事の一言です。さらに畳みかけるように、精神科医が証言を断ったことも伏線であったことがここで明らかにされ、その演出の憎さに心が震えます。娘が同性愛者であることが明らかになる場面、どんでん返しのクライマックスであるにもかかわらずあえてサラッと描いていることにも好感を持ちました。
なお、原告が訴えの取り下げを申し出たのを受けて、裁判長は被告に同意するかどうかを確認しています。ここでも訴えの取り下げには被告の同意を必要とする点で、韓国法と日本法が共通していることが分かります。

しかし本エピソード、白無垢とかウエディングドレスにはあまり関心のない自分でも、ウ・ヨンウを演じるパク・ウンビンのドレス姿には魅了されました。あんなにベタな展開なのに。

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