弁護士視点からの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」解説〜第8話

第7話の続き、ソドク洞物語の後半です。

打ち合わせ中のミョンシク執務室に、ハンバダ代表ハン・ソニョンが入ってきます。
韓ドラ見てていつも思うのですが、こういうときわざわざ目上の人に席(上座?)を譲って移動するんですよね。その組織の体質や登場人物の力関係を演出している面もあるのでしょうか。
「ロマンチックじゃなく政治的な解決方法も考えて」とソニョン。ここでは「この訴訟をダビデとゴリアテの戦いに見立て世論を盛り上げる」と記者の利用を提案しますが、それは具体例の一つであり、ソニョンが意図しているのは「政治的な解決方法」はそれだけに止まらないように見えます。
このとき、ソニョンがライバル視しているテサンのトップ弁護士テ・スミは既に自分たちなりの「政治的な解決方法」の手を打っているところが面白いし、ストーリーの妙ですね。

ハンバダ・オフィスのロビーで、わざわざ周囲とミヌに聞こえるよう大声でヨンウへの誹謗中傷に反論するスヨン。「春の日差し」が真夏の太陽のように強烈な閃光を放ちます。相変わらず他人に体を触られるのが苦手なヨンウを、分かっていてあえて抱き寄せるスヨン。その時々の2人の関係性を表現する細かい演出にも魅了されます。

大雨の中の現場検証。裁判所の車には「公務執行中」の表示があります。日本の裁判所にはないので興味深く見ました。そこには正義の女神テーミスのイラストもあります。韓国も日本と同じく西洋法体系を導入した国なので、法と言えばテーミスなのでしょう。

裁判官たちを村に案内する経緯で、テサンの工作により住人たちが既に分断されていることが明らかになります。裁判が自分たちに有利に進んでいるにもかかわらず、裁判外でも徹底的に手を尽くす、しかもその手法はハン・ソニョンが言及していたまさに「政治的な解決方法」。テ・スミの手腕をこれでもかと誇示する場面です。
実況見分は建前上あくまで裁判所が現地を確認する手続であり、双方が主張立証する日ではありません。しかしハンバダとテサンのチームは双方共に、自分たちの主張を裁判官にアピールします。自分はかつて建前通りあからさまな言動はせず、さりげなく印象操作を試みる手法に止めた結果、逆転敗訴をくらった経験があるので、この場面を見るとそのときの苦々しい感覚が蘇ります。

「まず原告が誰なのか分かりません。住民委員会は村民の意思をきちんと反映してますか?」
地域住民が公共工事の差し止めを求める裁判を起こす手法としてはまず、地域住民のうち原告となる資格を満たす人たちが提訴する方法があります。この場合は原告が誰なのかは明確なので、裁判長の言葉から察するに、本件ではこの手法ではなさそうです。
この台詞からは、住民委員会という明確な法人格を持たない組織を原告としたように読み取れます。組織団体であれば、その意思決定はその構成員たちによって適切になされていなければなりません。テサンの分断工作が奏功した結果、住民委員会の意思決定過程に疑義が生じたということなのでしょう。
ただ過半数の住民が建設に反対していなければ請求を棄却するという部分には、やや疑問があります。住民委員会が原告たるべき資格を有していないのであれば提訴自体が不適法ということであり、その場合は請求に理由がないという棄却判決ではなく、却下判決になるんじゃないでしょうか。ただ、住民委員会が原告だというのも上記台詞から推測した仮定に過ぎず、韓国法には自分の知らない手続があるのかもしれません。

第2話のラスト、秘書がスミのもとにヨンウが書いた意見書を持参します。文書が所外に流出することなどあり得ないので、ここらあたりは何だかんだ言ってテレビドラマだなと思っていました。しかし第8話、大きな榎の木の下でスミとヨンウが出会う場面で、クライアントであったキム会長がハンバダは自分の要望を叶えたぞとこれ見よがしにテサンに持って行ってたことが判明します。第2話のあのシーンにはちゃんと裏設定があったわけです。本作制作陣を見くびってました。
見くびってると言えば、このシーンでのスミの台詞「お金の前で人の心ほど弱いものはないのに」まで伏線だとは、当初は全く気付きませんでした。

突然閃いて深夜3時にミョンソクに電話かけるに際し、ヨンウは守秘義務があるからと言って父親のグァンホを病室から追い出します。自分も自宅でクライアントと電話するときは、妻や子どもに話を聞かれないよう寝室に移動しています。一見コミカルなシーンですが、ここも弁護士あるあるでした。

舞台はクライマックスで再び法廷へ。ここが全16話中のマイフェイバリットシーンです。
ハンバダ・チームはここで忌避の申立を行います。忌避とは、裁判官に「裁判の公正を妨げるべき事情があるとき」(日本民事訴訟法24条)、その裁判官をその事件の審理から外す手続です。忌避の理由があるかどうかは、別の裁判体(別の部の裁判官チーム)によって判断されるため、その間審理が中断します。

なおこちらは修習同期である栗田の講義ノートより、忌避制度の解説です。

忌避申立で時間を稼いでいる間に、ハンバダ・チームは榎の天然記念物指定を進めます。まさに第8話冒頭でソニョンが言及した「政治的な解決方法」です。またこれは、第7話で裁判官に現地を見せるために現場検証手続を利用するとミョンソクが言っていたのと同じく、法手続をその制度本来の趣旨とは違う目的で利用し、その建前に則した理由を後付けする主張です。
自分が名シーンだらけの本作全16話の中でもこの場面が特に好きなのは、忌避という裁判上の手続と天然記念物指定という裁判外の手続が見事に連動しているからです。そしてその連動が、本件クライアントの依頼である道路工事の停止中断というただ一つの目的実現にまっすぐ向かっているからです。
天然記念物指定が成ったからといって必ずしも原告が裁判に勝つとは限らないでしょう。仮処分決定は得られる公算が高いでしょうけど、本案は分かりません。債権者或いは原告の適格性が否定されることもあります。しかしたとえ本案訴訟で負けたとしても近いうちに幸福路の敷設ルートは見直されるので、住民たちの最終勝利は既に確定しています。
弁護士の任務は、クライアントの利益を実現することです。裁判に勝つことではありません。弁護士にとって裁判に勝つことは手段の一つに過ぎません。クライアントの利益を実現するために勝つ必要があれば勝訴を求めるし、そうでなければ必ずしも勝訴にこだわるわけではありません。幸福路敷設ルート変更というクライアントの要望を実現するために裁判という手法を選択し、その都度最善と思われる手を尽くし、最終的に忌避と天然記念物指定を連動させて最終ゴールに達する、これこそ弁護士の仕事です。

私を恨んでる?

ソドク洞の丘の上で一緒に木を眺めた時…楽しかったです

会いたいと思ってました 会えて良かったです

ヨンウより弁護士として栄達を選んだスミが、榎の木の下での語らい共に過ごしたときのことで返され、落涙します。「お金の前で人の心ほど弱いものはない」とヨンウに語ったまさにその場面が、成功のためにヨンウを手放したスミの痛苦を慰撫することになりました。たった1本の榎の木が、裁判の始点と終点となり、それまで交わらなかった母娘の交点となる。またもや脚本の奇跡にやられました。





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