掌編『なんだかんだ言ってやっぱプロパガンダちょっとタンマ』
青い春が消えちまった。今日も明日も仕事ばっか。
大人なんか嫌いだった。そんなヤツが今じゃ大人。
金のためにバカになった。安い酒でバカになった。
二日酔いで反吐を吐いた。死んだように青い顔だ。
昔の、話を、ちょっとばかりしてもいいか。
夢とか、愛とか、恥じらわずに言えた頃だ。
俺たち、みんなが、同じ場所で生きた頃だ。
惨めだ。けれどな、縋るものが他に無いわ。
小説家。それだけが、俺の目指した夢だった。
小説家。小説家? 聞いた誰もがそう言った。
小説家。小説家! 繰り返しても意味が無い。
そりゃそうだ。もうみんな、小説なんて忘れてる。
勘違いはしてくれるな。これは小説ではない。
まあ些細な違いだから気にしなくて構わない。
これは手紙なんだ。いわばお前宛ての小説だ。
ウザい事は承知の上、最後まで読んでほしい。
俺たちが住む近未来。まるで監視社会みたい。
政府主導で刷るチラシ。毎朝五時に着く次第。
唯一文字を見る機会。だから誰もが文字嫌い。
声で全てが済む時代。私小説家はもういない。
知識の向上、子どもの教育。俺たちが文字を読む理由。
意識だけ高い、くだらん建前。政治家全員クソ食らえ。
下手クソが書いた官報ばっかりが、この世の中に出回っている。
つまらない文章だけを読まされりゃ、文字が嫌いになって当然。
ムカつくが俺一人では何もかも、変えられないし望めもしない。
孤独でもやってみせると意気込んだ。酒と仕事が脳を溶かした。
つまりはさ、俺も一人のありふれた人間でしかなかったわけさ。
よくよく考えてみればさあ……。
文字なんて、要らないな。争いの種になるばかり。
マナーとか、誤解とか、面倒なことは避けたいよ。
テンプレと、スタンプと。それだけあれば十分だ。
ひらがなも、カタカナも、生きていくには不必要。
そんな時代に。そんな世界で。流れるままには諦めきれず。
こんな言葉で。こんな手紙を。書き記してみてお前に送る。
理由ならある。理由しかない。自己満足では終わらない筈。
何故なら今日は、お前にとって、年に一度の誕生日だから。
祝う気持ちは持ってても、声にするのはダサすぎて。
いつもみたいに居酒屋で、笑いのネタにすればいい。
けれどお前は故郷から、飛び立ってもうここにない。
いずれ三十路のオッサンに、ハピバだなんて難しい。
おめでとう。おめでとう。おめでとうって言うのを、躊躇うってどうなの。
ありがとう。ありがとう。ありがとうって言うのも、恥ずかしくて辛いな。
あれもそれもこれも全部、スタンプだけで済むから、今の世も良いもんだ。
良いもんだ。良いもんだ。マジでそれで良いのかと、悩みながら書いてる。
文字フォビア蔓延る国で文章を、読んでもらうにはどうすりゃいいか。
権力に取り上げられたわけじゃない。みんなが自分で投げ捨てたんだ。
威勢良くレジスタンスを気取っても、味方はいないし野垂れ死ぬだけ。
数多もの文化が死んで文字だけが、生き延びるなんてありえないんだ。
それでも書きたい思いが募る。どこから来たのか不明な思い。
言葉と文書に取り憑かれてる。誰にも見せない自作が積もる。
書き続けている理由はなんだ。この期に及んで何故綴るんだ。
叶わない夢を見ているのかな。素晴らしい過去に帰れる夢を。
知った風な口をきくが、俺に出来ることと言えば。
頭ひねり身を窶して、書いて書いて書くことだけ。
まずは手紙。次はあるか? 小説には辿り着くか?
あまり先を見透かしても、暗い明日に悪酔いする。
終わりもなく答えもない。自虐だけで夜が更ける。
一体どうすりゃ読んでくれるの。
この身に宿った文字への恋慕。
伝えるためには何度も連呼。
必要なのは勢いとテンポ?
中身だけでなく形もセット。
工夫次第では文字で飛べるよ。
いろいろ詰めてみたプレゼント。
押し売りみたく自分勝手なブツの名はプレゼント、プレゼント……。
ハイテンションで叫んだあとに去来する。自己嫌悪、自己嫌悪……。
くだらねえと分かってるよ。また今度飲みに行こう。
酒が無いと喋れねえよ。でも無いよりはマシだろう。
一度ぐらい奢らせろよ。いつもの飲み屋でいいだろ?
大人になって、約束なんて、すっかり軽くなっちまったな。
また今度って、いつなんだって、半ば本気で思っちまうな。
この約束も、果たせないよな。分かってるけど口癖なんだ。
守りたくない、約束ばかり、守らされるな。クソな社会だ。
子供の頃は、また明日って、言えばきちんと守ってたよな。
不義理になった。俺も一緒だ。墓場目指して進むだけだな。
死にたいな。死にたいな。そんな言葉もたまには浮かぶ。
死にたいな。死にたいな。酔いが醒めたらふと口ずさむ。
死にたいな。死にたいな。そんなテーマで語り合ったな。
死にたいな。死にたいか? 思い直すとそうでもないな。
死にたいか、生きたいか。選ぶとすれば死にたいだけで。
絶望感と希死念慮。親友になれた理由だ。
艱難辛苦より自殺。泥酔し決めたあの夜。
不定愁訴や悲壮感、杞憂とは未だに同居。
心配するな。生きるとは、もう決めた。決めてしまった。
死にたい気持ち抱えつつ、生きるのだ。生きていくのだ。
前を見据えたわけじゃない。死ぬ価値をなくしただけさ。
そんなもんだよ。わかるだろ? 諦めて老いていくのさ。
それでも、募る不安。誰にも、伝わらない?
何度も、襲う不安。俺には、書ききれない?
死ぬまで、消えぬ不安。一生、報われない?
こんなに厳しい道のりだなんて。
最初はちっとも思わなかったな。
インターネットで探し回っても。
読者と出会えたことなど皆無だ。
嫌われるのなら理解も出来るが。
完全スルーはさすがにこたえる。
手紙なんて勝手に、送りつけるものだが。
こんな酷い手紙も、他にあまりないよな。
遠くなったからこそ、旅の恥はかき捨て。
ダサい言葉詰め込む。紙の恥もかき捨て。
言えなかったことなら。
他にもある。たとえば。
こんなものを書いたよ。
もしよければ読んでよ。
最初から、最後まで、文体を、整える。
意味すらも、見失い、迷走を、続けてる。
結局は、悪あがき。通じない、ナルシズム。
トレンドに、乗り遅れ、取り返す、術もない。
とりあえず、選択肢、用意して、悦に入る。
こうすれば、読むだろう。治らない、青二才。
現代が、悪いとか、言い訳も、飽きてきた。
読まれたい。読まれたい。願望は、否めない。
今はまだ、諦観に、逃げるには、若すぎる。
出来るなら、もう一度、文章で、革命を。
青臭い、怪気炎。この場所で、約束を。
ご存知、だろうが、俺はずっと根暗だから。
お前を、笑わす、手紙なんか書けないんだ。
でもこの、想いは、命懸けで文字にしたい。
昔の、話を、ちょっとばかりしてもいいか。
十二の、夕暮れ。二人きりになったときに。
お前に、貰った、忘れられないプレゼント。
大した、品では、ないがそれは手紙だった。
お前は、手紙と、自覚したかわからないが。
素朴な、言葉が、人を刺すと知っちまった。
今になってみればあれが俺をここにつれてきたと。
分かるけれど面と向かい礼を言えるわけもないし。
だからここで言わせてくれ。遅れきった感謝の弁。
悔やむことは山とあるがそれも込みで顔を上げて。
ありがとう。頬を赤らめ正直に言える機会がようやくあった。
また今度。酒を抜いてもまた今度。二度と破らぬ約束をする。
さようなら。未だに口に馴染まない台詞みたいな別れの言葉。
苦楽を共にすると誓った昔日を、回想しては嗚咽して。
九月の下旬。三年前に旅立った、我が親友の墓前にて。
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