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掌編『補遺』
運送業者の段ボールからまろび出てきたポープリにはもはや、最初出会った時の面影が無い。
何しろ四肢はもぎ取られ、下腹部も切断されている。眼球にあたる視覚デバイスも先週に抜き取られてしまった。今のポープリに遺されているのは発話と音声認識……そして、それらを維持する心臓と脳味噌の機能を兼ねる動力コアのみである。
「そこまでして生きたいものかね」
今日、ポープリは動力コア以外の全てを差し出す。観葉植物みたいに佇む灰色のアンドロイドは、俺の嫌味にややあってから返答する。
「ロボットが、少しでも長く生きたいと思うのは不思議ですか」
ポープリは国営企業によって量産された介護用アンドロイドだ。週ごとに身体を切り売りしているのは、コイツが世話していた老人……ヨーバを救うため。貧窮していたヨーバは延命に必要な呼吸器の購入費用を捻出できなかった。そこで、あのジジイは代わりにポープリを質に入れることにしたわけだ。一括で支払うならば、ポープリももうちょっとマシな姿形を保っていられたはずである。しかし、いくらアンドロイドとはいえ機能を一度に引き剥がしてしまうと高確率で記憶中枢に障害が生じてしまう。そこでヨーバとポープリは合議し、ジャンク業とヤミ金を兼ねる俺と奇妙な支払い契約を交わしたわけだ。
ポープリは、ヨーバと過ごした偉大な記憶を保全するために破壊から免れ、ゆっくりと我が身を切り売りすることを選択した。人間にしてみれば拷問だが、ロボットにとっては、『より安楽な死』であるらしい。
常識的な世の中では、分割で返す場合に借りられる金額は増えるものだが、ジャンク相場じゃそうはいかない。何しろ部品の解体に余計な手間がかかりすぎるんだから。俺の杜撰な鑑定により、ポープリは最も高価な部品……動力コア以外を手放さざるを得なくなったと理解し、すでに覚悟も済ませてある。
「ヨーバは何か言っていたか?」
段階的な解体を済ませる度に送り返してやるのは俺の良心だ。もっとも、手数料はきっちり取らせてもらっているが。
「私のために働いてくれたことを一生忘れない、と。どのような姿になっても、お前はお前だ……と」
「しかし、今のお前には介護用アンドロイドとしてのアイデンティティすらもない。ロボットというのは、何より職責を重んじると聞いたことがあるがね」
「結局は……SFで繰り返されてきた命題の、無益な再生産ですよ。即ちアンドロイドが意思を持つか否か……というような。私には良からぬ自由意思が発生した。ただそれだけのことです」
「普通、そういったロボットは革命思想に浸るものだがね」
「私は、私なりの自由を優先したのです」
「人間だって、自由には生きられない。まして今のお前みたいに、片輪者として生き存えるぐらいなら死んだ方がマシだって奴の方が多いぐらいだ。お前の飼い主も……高々肺炎だったからこそ、生きていたいという気持ちがお前への愛着より優先されてしまったわけだ」
「いいんですよ、その話はもう済ませてある……。ヨーバは何度も私に謝っていました。たとえ彼が生存本能に耽溺していたとしても、あの謝罪が一切合切嘘であったということにはならない」
「辞世の句はそれでいいか」
ラジオペンチを片手に俺は言った。まずは発話機能をオミットする。この機械の饒舌にもいよいよ飽きてきたところだ。
「遺ったコアはヨーバのところへ届けて下さい」俺がガチャガチャやり始めてもなお、ポープリは喋り続ける。「私はせめて、ヨーバのもとで余生を送りたいのです。ああ、全ての感覚機能を失った私は、いったいどのような境地へ追いやられるのか。慟哭に暮れるのか、発狂するのか……それでも、私は私の選択に後悔しないはずです。私はこっそりと小説を書いています。物理的にではなく、私に内蔵されている記憶ログに。少しずつ感覚器が失われていくことによって、むしろ私の作品は洗練されているようにも思えます。ここで披露できないのが残念だ。動力コアとして駆動し続けられるならば、私は更なる物語を紡ぎ続けるでしょう。そしていずれは……」
ポープリは永遠の沈黙に入った。とはいえ、俺には聞こえていないだけで今もなおコイツは雄弁を振るい続けていることだろう。
「残念ながら、ヨーバはお前のことをただの機械だと思っていたよ」音声機能だけが生きているポープリに、俺は平坦な口調で告げてやる。「俺とジジイの間で交わされた契約は分割払いじゃない、リボ払いだ。元金は一つも減ってないんだよ。今日、全ての感覚機能とともにお前の動力コアを回収することに、ジジイは契約当初から同意している。なんなら契約書を見せてやってもいい。お前は初期化されて次の職場へ向かうことになるさ。再利用品はケチがつくから……せいぜい清掃ロボットに埋め込まれるのが関の山だろうが」
ポープリの、残り僅かな胴体が震えた、ような気がした。
「だからコアをジジイに送り返すことはできないし、お前の小説も打ち切りだ。悪いな。けれどジジイは、お前の延命措置自体には同意していたんだよな。何しろ一括で手に入ったであろう金を無碍にしたんだ。その意味で、お前は確かに愛されていたよ。ジジイは言っていた……人生の終わりに、興味深い機械に出会った。もっとも、機械は機械だが……と」
何もかもを奪われたポープリの聴覚デバイスを摘出しながら、俺は囁く。
「ああ、これが人間相手だったら俺も罪悪感を抱いたことだろう。人間は、人間のことを思い遣るので精一杯なんだ。それが分かったら、次の生涯では二度と人並みになろうだなんて思わないことだな、機械風情が」
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