冬の旅

 大学生の時、バイクでよく旅をしました。当時は部活をしていたので、活動のない年末年始に出かけることが多かったです。行く先は、冬なので雪の少ない西の方とだけきめて、あとはただ気の向くまま走りました。朝は3時に起きて出発し、夜の7時くらいまで走り、テントで寝ます。昼食と煙草を吸う以外は、休憩もとらず、ただひたすらバイクを走らせました。一番長く旅した年で、たしか10日間で5,000キロくらい走ったと思います。

 当時はそんな自分の身を削るような旅が時々したくなりました。食事は朝夕がレトルトの米と缶詰で、昼ごはんは食べないこともあったので、旅を続けるうち、余分な脂肪が落ちて体重はどんどん減っていきます。同時に、日常の自分をとりまく様々なややこしい感情や濁った気持ちが、すっきり落とされていくのを感じました。冬の寒い空気もすがすがしく感じるようになっていきます。今考えると些細なことで、でも当時は真剣に悩んでいたことも、そうした旅をする中で、自然と答えが見つけられた気がしました。旅の途中で見たたくさんの美しい風景にも、気持ちが洗われました。四国の山中の信じられないくらい透き通った水の流れや、九州の南の青すぎて真っ黒な海、阿蘇周辺のどこまでも続く草原など、忘れられない風景をたくさん見ました。この国には本当にたくさんの美しい風景があります。

 旅では、一人になりたかったので、人とのかかわりは出来るだけ避けて、テントは近くに民家がないところを探して張りました。でも、不思議なもので、そういった旅をしていると、逆に多くの人の善意を受けます。正月に知らない人に声をかけられて、家でおせち料理をご馳走になったこともあります。また、泊まっているテントに、近所の人が、鍋に入ったおかずを差し入れだと言って持ってきてくれたこともありました。信号待ちをしている時、隣に止まった車の人に、うちに泊まっていかないかと、誘われたこともありました(それは丁重にことわりましたが)。瀬戸内海を渡る小さなフェリーで、たまたま乗り合わせたきれいな女の人とちょっとだけ親しくなったり、いろいろな小さなドラマがあったな。世の中には、たくさんの魅力的な人たちがいて、無数の人生のストーリーがあることを実感できました。