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生き急ぐ ・・・それも人生        #9 樹木たち・・・

木はゆっくりした時間を生きる。
したがって、樹齢数百年、数千年はおろか、わかっているだけでも、樹齢1万年に届こうという木さえある。

親の厳しい教育をうけ、ゆっくりと成長し、やがて大聖堂の円柱のように高々と聳え立つ。土壌を豊かな腐食土で覆い、水や養分を蓄え、湿度や温度を一定にし、仲間と助け合いながら、あるいは、菌類と共同して、森という自分たちが住みやすい生態系を作る。

そしてこの生態系は、時間とともに安定し確固たるものになる。そこで、何十世代にもわたり住み、社会生活のしきたりにしたがって教育をうけ、修練を積み堂々たる生涯をおくる。いわば森という木の帝国を作り、そこで生きる。これが、木の基本的な生き方だ。

しかし、木の中には、これとは違った生き方をするものもある。
他の木から干渉されるのはもちろん、親からあれこれ言われるのも我慢ならんと、生まれた瞬間から、なるだけ親から離れたとこに人生の場を求めて飛び出すものがいる。

ポプラ属や白樺、バッコヤナギなど、先駆種と呼ばれるものだ。
親はもちろん、他の木が生えていない場所となると、荒地だ。
大規模な地滑り跡、火山の噴火でできた火山灰を多く含む荒地、山火事の跡地等々。

そういう場所に飛んでいく。
そう。これらの木の種子は、風に乗って飛ぶ。
親の根元という、その木にとって適した場所に落ちるのではなく、運命を風に任せる。

人間で言えば、親の職業や事業を継ぐのではなく、まだ誰もやっていない新規事業を、それも出奔して流れ着いたところで、やり始めるようなものだ。

やり方など誰も教えてくれない、ましてや助けてもくれない。
しかし、自由がある。
誰も干渉しないし、干渉できない。

そこで、ふんだんに日光を浴び、心ゆくまで自由に呼吸をし、伸び伸びと生きる。

しかし、そこは、木にとって大事な腐食土などない。栄養と水の供給源である腐食土がない。

また、強い風を防ぐ、仲間の木や他の木もない。
害虫が襲ってきた時に、警告をしてくれるネットワークもない。
病気や栄養不足になったときに、助けてくれるものもいない。

全て自分一人で対処しなければならない。

そこで、これらの先駆種は、できるだけ早く独り立ちしようとする。
ブナやモミの成長は年間ミリ単位だが、これらの木は、年間1m超成長することも稀ではない。

その結果、10年も経つと、荒地が風に葉を揺らす若い森ができる。
その頃になると、木も花を咲かせ、子供たちが次の目的地に向かう準備ができる。こうやって未開地を次々に、占有していく。
実にたくましい。

ところで、未開拓地は、草食動物にとっても魅力的な土地だ。
食べる草木が豊富にある。

森の中は、一般的なイメージと違って、ほとんど草が生えない。
なぜなら、森の巨木たちが日光の97%を独占してしまって、地面にはほとんど日光が届かないので、光合成ができないからだ。

したがって、荒地に生える草木はそれぞれ食べられないよう防衛手段を講じている。

草:これは食べられることを前提に進化したので問題ない(と書いてある。その根拠は、私はわからない。)。
灌木:動物を撃退する鋭い棘の装備して、動物を寄せ付けない。

さて、我らの先駆種はどうしているか。
急いで成長し、幹も太くする。樹皮も厚く、粗いものにする。こうして食べられないようにする。

白樺の場合、白くて滑らかな樹皮が裂け、黒いかさぶたのようなものが出来る。これがとても硬くて、草食動物では、歯が立たない。
また、樹脂を多く含むので、おいしくないようだ。

白樺の樹皮には、もう一つ秘密兵器がある。
ベツリンという、白樺の皮を白くしている物質だ。

樹皮が白いと、日光を反射する。森での生活であれば、他の木々が陰を作ってくれて、直射日光を避けられるが、荒地に単独進出する白樺には、これを期待できない。

木は、戸外に佇立し、太陽を燦々と浴びているのだから、日焼け(つまりは紫外線による火傷)なんか、関係ないと思うかもしれない。
ところが違う。
木も日焼けする。特に、親木の陰で育っている若木の葉っぱは、柔らかく繊細にできている。親木が倒れたりして、突然日光の直射を浴びるようになると、それに耐えられるようになるまで、少なくとも1年以上かかるのだ。
当然、その間は、火傷=怪我だから、体力は落ちるし、病気や害虫の攻撃にも弱くなる。

そこで、この日光を反射する白樺の白い肌が有効になってくる。
また、日焼けだけではなく、冬に幹の温度が上がり過ぎると、幹が膨張して裂けることもあるが、これも防げる。

その上、このベツリンには抗菌作用がある。
ウイルスやバクテリアの繁殖を防ぐ働きがあるのだ。

ほうそうか。
だから、白樺は白いのか、なるほど・・・。
だけでは、すまないのだ。

白樺は体全体が白い。
幹の下のほうだけが白いとかじゃない。
・・・それが、なにか?

木に白いペンキを塗ることを想像して欲しい。
幹の下だけ塗るのなら、ペンキはさほど要らない。
しかし、木の根本から梢まで塗るとなると大量のペンキが必要になる。

・・・
それだけ沢山のベツリンが必要になる。
つまりは、白樺は、大量のベツリンを生産しなければならないのだ。
いくら、防衛のためとはいえ、体全体が白くなるほど大量のベツリンを作りだす負担は、大きい。

それでも、ベツリンで体を覆うことに全力を尽くす。
国で言えば、国防費に巨額の予算を投入するようなものだ。
そんなことをすれば、民生が疎かになり、結局国は疲弊する。
だから、国防費は、民政予算とのバランスが重要になるのだ。

白樺にすれば、成長と防衛のバランスをとりながら生きるべきなのだが、防衛に全力を尽くしているように見える。

森に生育する木は、こんなことはしない。しなくてもいいのだ。
害虫がくれば、互いに警告を発して防衛体制を取る。
病気や怪我で、体が弱れば、周りの仲間が栄養とかを分け与えてくれて、支えてくれる。
日光の有害な紫外線も、互いに庇いあって避けられる。

だから、エネルギーを防衛にまわす必要はなく、ひたすら、成長することに使える。
白樺は、自分一人で生き抜くために、徹底的な防衛対策最優先とし、なおかつ成長もしなければならない。

だからと言って、白樺の成長が遅いかというとそうでもない。
むしろ、森の木々より速いくらいだ。

一体どうしてこんなことが可能なのだろうか。
それは、生き急いでいる、としか言いようがないという。
先のことを考えずに、持てる力の全てを使って、防衛し、成長して生きている。そして、最後は力尽きてしまう。

こんな生き方をするゆえ、白樺は帝国を築けない。
樹齢30年を過ぎたあたりから、疲労が始まり、生命力のシンボルである樹冠の芽の数が減り始める。

樹冠の葉がまばらになると、地面に届く日光の量が多くなる。
そうすると、日陰でじっとチャンスを待っていた、カエデ、ブナ、シデ等が急な成長を開始し始める。

これが始まると、先駆種に未来はない。
20〜30年で、これらの木が白樺の身長を追い抜く。
そうなると、光の大好きな先駆種に十分な光が当たらなくなる。
結末は、緩慢な死だ。光合成が十分にできなくなって、飢え死にする。
そして、あとには、ブナ等の森ができる。

他の木が寄り付かない、荒地を自力で開拓し、豊かな環境になったところで、他の木が領地を掠め取っていってしまう。
だから、白樺等先駆種は、営々と続く帝国は作れない。

また、このようなライバルがいなくても、先駆種の寿命は長くない。
生命力の低下と共に、菌類に対する抵抗力が弱まるのだ。
このような状態の時に、大きな枝が折れたりすると、そこから菌類が侵入する。

先駆種の細胞は、急激な成長で大きく、空気を含んだものだ。
菌類が繁殖するのに適した環境なのだ。菌類に侵入されると、ひとたまりもない。
森の木であれば、このような時に仲間の助けで、耐えられることもあるが、白樺等、先駆種には、この助けてくれる仲間がいない。

そもそも、親や仲間や社会のしきたりや、しがらみに、耐えられず出奔した身なのだ。覚悟はできている。

これが、先駆種、白樺等の人生だ。
風雪に耐え、誰の助けも借りず、自力で開拓した領土を奪われ、短い人生を終える。

残念な生涯と思うかもしれない。
しかし、自力で、そして何より自由に目一杯生きた人生だ。
誰にも借を作らず、全て自力で、太陽を全身に浴び生きた。そして、何も残さなかった。

いや、この時までに、同じ気概を持った子供たちが、四方八方に飛び散り、新しい開拓地に根を下ろしている。
領土を守り、それを子孫に残すことは、できなかったが、白樺は、満足だろう。一番継承すべきものを、継承したのだから。






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