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東京ムカデ 第14話

第14話

少し早めに駅前についた寄子であったが、すでに育三郎は待っていた。
「あ、百足さん!」
「どうもすみません、わざわざ、、。駅から歩いて5、6分なんです。行きましょうか」
家までの道のりを、育三郎がここの駅に来たのは初めて、などと無邪気に喋っているあいだ、寄子はふと(はっ! まわりの人たちからはどう見えてるんだろう?親子?やっぱ、変よねこういう組み合わせ)(しかも、学内の人が偶然いたりして、私達を見かけたら森君に迷惑かけるんじゃ)
(やっぱり、家に来てもらうなんてやめときゃ良かった!)
などと考えはじめてしまい、急に心がもくもくとグレーの雲で覆われはじめた。


(いかんいかん)


と気を取り直したところで、アパートに着いた。
「ここの一階なのよー!古いアパートでしょ、どうぞ」
「へぇー!駅から近くていいですねーっ」
「おじゃまします。」

きちんと片付けられた部屋に入ると、まず育三郎が庭の方を見て、
「あ、庭ってここですか。」
小さい庭ではあったが、雑草もきちんと刈り取られてあり、可愛い花の植木鉢もいくつか並んでいた。


「まあ、座って!」
寄子は冷たい麦茶を育三郎に出し、ハーっとため息をついたところで、
(ん? 自分の部屋に、森育三郎がきている?夢か幻か? 夢か幻か??)


軽くめまいを起こし、クラクラっとなったところで育三郎が、カバンから衣装用の防虫剤を取り出し、
「やっぱり、虫、部屋にも上がってきます?一階だし木造だから入り込んで来ますよね。これ、部屋の四隅においてみて下さい。畳の隙間に入れたりして様子を見てください。臭いを嫌って来ないかも」と言った。

寄子はハッと我に返り、
「はっ あー!まあ、これで虫除け効果があるのね!ありがとうございます。
もう、刺されないかって心配で、あ、ありがとう。」
いつもの自分の声の二倍ほどの大声がでて、その声に自分がビックリしたあと、
沈黙をさえぎるように、
「そうだ! お昼の時間だし、と思って肉じゃが作っておいたんだけど食べません??」そう言ってバタバタバタとちゃぶ台に肉じゃがや、マカロニサラダ、ごはんなんかを用意した。


「え?そんな 申し訳ないです・・・。でもせっかくなので、頂きます。これからアルバイトなので助かります。牛丼でも食べてバイトに向かおうと思っていたので!」
そういって、ニコニコしながら育三郎は美味しそうに寄子の肉じゃがを食べた。
「じゃがいもが、カットしないでまるごと入ってるの初めてみました。美味しいですね!」
それから、育三郎が3つ年上の社会人の兄と二人で暮らしていることや、自分は料理が好きで肉じゃがを作るときは砂糖の代わりに蜂蜜を入れることなど、たわいもない話で和んだ雰囲気になり、ほとんど肝心のムカデ対策の話題はしないまま、育三郎がバイトへ向かう時間になった。


駅まで送って行こうとしたが、「近いので大丈夫」と断られ、颯爽と歩いていく後ろ姿をいつまでも寄子は見送った。


そのあと寄子は、片付けもままならないくらい疲れ、今日は楽しかったし、嬉しかったのだけど、いったいこれはなんだったのか、ほんとにムカデに困っているからと思って純粋な気持ちだけで来たのか、(普通、若い男の子がわざわざおばはんの、一人暮らしの家にくる?
まてよ、一人暮らしとは言わなかったから家族がいると思ったのかも。そもそも、わたし自分の身の上なんて説明してないじゃないか)
もう色々なことがあたまを支配したのだが、ただただ疲れ、畳の上にのびたままそのまま朝までいびきをかいて寝てしまったのであった。

一方、育三郎といえば


(いやー肉じゃが美味しかったなあ!今度まるごと入れて作ってみようか)
(あれ、そういえば、百足さんって結婚していないのかな?一人暮らし?)
ぼんやりそんなことを思いながらアルバイトのうどん屋さんへ向かうのだった。

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