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「衝動と視覚」(切れはし小説ShortScrap)

 静まり返った美術館の中で、私はぼんやりとした思考をぶら下げて歩いていた。もはやひとつの絵画も頭に入ってこない、印象に残らないことを感じていた。
 それらは美しい女性だったり、壮大な風景だったり、日常的な果物であったりするのだろう。けれど、今の私にとっては、何もかもが空虚で、紙にのせられた絵の具の羅列はただのナンセンスな四角だった。
「自分の制御ができなくなってきている。些細なことで感情が揺さぶられて、思考がいったいどこへ行き着くのか、まるでわからない。それは私が私であるということを失いかけている兆しかもしれないし、元来自制のきくはずのない自我が、やはり自制できていないだけなのかもしれない。いずれにしても、私にはもう目の前の美しい絵ですら、その形を成すことはないんだ」
 強く拳を握った。このまま叫び声をあげて、飾り付けられたキャンバスを叩き壊してまわりたいと思った。それが何の意味も持たない自我の崩壊と同じだとしても。

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