見出し画像

生き方に、優劣なんて要らないでしょう。自粛期間が生きやすかったという話。

こんにちは、ズボラで短気で面倒くさがりな「よんもじ」です。
今日は、「自粛期間が生きやすかった」っていう話です。

GW、粛々と自粛に自粛を重ねたお陰で都心では昨今のウィルスの感染者が減り、GW明けは人の出入りが多くなった・・・といった3月以来の良くない気の緩みも出てきた今日この頃、私は「外で活動できるぞー!」という喜びより先に「家でゆっくり長期間過ごせる時間もあとわずかかもしれない・・・寂しい・・・悲しい・・・」という小学生の8月20日並みの感想を抱きました。

もちろん、好きな時に好きな場所でパートナーや友達に会えないもどかしさや、ヨガや旅行のために外出できないつらさはあります。

でも、その反面、ほぼほぼ強制的に仕事に行く機会が減った代わりに自宅に居られることや、家に居ても父に「どうしてアクティブに生活しないんだ」と咎められないことで、一時的に急激に相当生きやすくなっています。

てか、

・職場に週5で行く

・理不尽なクレームを受ける、素人には到底無理な対応を迫られる

・身内が自分自身の生き方を認めてくれない

ことが如何に自分にとってのストレス源かがわかりました。

最後のやつは本当にもうね、自分が変わればどうにかなるという話ではない。

別に、ありのままを認めてくれなくていいし、素のままを認めてもらいたいなんて贅沢なことは望まないから、せめて、こういう低空飛行時々ロケットエンジンの生活もあるんだなっていう、概念としての認知だけはしてほしいよね。

で、なんかもう今は元どおりインドアな私が暗に否定されるターンに戻っちゃいましたけど。私だけじゃなくて、祖母(父にとっては母)、母(父にとっては妻)母の妹(父にとっては妻の妹)、従兄弟の父(父にとっては妻の妹の旦那さん)、他、父の知り合い・・・の生き方も何かことある度に否定していますし。

いや本当に、よく否定できるよなー。手前の生き方が全てじゃねーっつうの。生き方に、優劣なんて要らないでしょう。と今では思えますが、それでも面と向かって否定されると涙が出そうになります。

(遺伝か後天的なものかはわかりませんが、私もモノをプレゼンしようとするとどうしても既存のモノとの比較をしてしまうのでこの毒づいた癖は抜いていきたいです。確かに、比較は、お互いの特徴を際立たせるためには有効な手段かもしれないけど、かと言ってどちらかを否定するために用いるべき手段ではないと思います。)

そして、先にも述べたように、既に父は「他人の生き方否定モード」に戻りつつありますが、一時的ではあれ「家に籠ることがスタンダード」な生活ができて良かったです。

できれば今年中には今の家を出て、自分の価値観が頭ごなしに否定されないニュートラルな生活を始めたいですが、多分、その時も無駄にやっかみを言ってくるんだろうな。「あなたのためを思って」って?いやいや、結局は自分好みの性格と器量と行動していれば失敗することもなく安心するからなんでしょう。レールに乗っかることが全てで、その生き方しか正しく無いって言うおぞましい思念を持っていたらの最悪な「もしも」の話ですが。

大学卒業の時も、「今まで厳しくして悪かったな」みたいなLINEが入っていましたが、自覚ある嫌がらせはタチが悪すぎるので、それに律儀に「ううん、今まで面倒見てくれてありがとう」なんて定形文を返す必要は無いと思ったので、スタンプ1個返して即終了しましたが。

こうやって、父が私の生活スタイルを理解できないように、私も私で父の生活スタイルを理解出来ていない訳ですが、父は自己主張(構ってアピール?)が激しくその生き様が嫌でも目に入るゆえ、「あー、こーやって、半世紀生きても自分の機嫌が自分で取れない生き方もあんだなー」と、最低限の認知はしているつもりです。

それに対して「そんな生き方してて疲れない?もうちょっとさあ、自分の価値観信じて黙って生きててもいいじゃん、誰かの承認が全てじゃ無いんだからさ」なんて言うことも無いです。だってそれは、私固有の価値観であって、押し付ける必要は無いものだし、父はその生き方を自分の意思で続けている筈なんだから、それはそのまま生かしておいていいものだから。

(ま、それは綺麗事で、思い出しただけで腹立たしいので、本当の理想は黙らせることですが・・・。)

自粛が無ければ多分上記で書いたような気持ちや考えがきっぱりと決まることはなかった筈なので、個人的には自粛期間は良い経験になりました。

ハァ、このまま仕事だけが減りまくり、お給料は変わらずで、(できれば増えて)私生活出かけ放題の生活にならないかな・・・。(強欲)

では、有縁再見!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?