「建築家なしの建築」とザンビアの円形集落

建築家なしの建築Map

もう15年以上前のことになるのだが、バーナード・ルドフスキーの「建築家なしの建築(Architecture Without Architect)」に掲載されている建築を、端からGoogleマップで探してみたことがある。

世界各地のその土地ならではの形状・特質を持った建築(民家、倉、集落、街路等々……)を、それぞれ数枚の白黒写真と短文で紹介したこの本は、1964年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された同名の展覧会にあわせて出版されたものだ。掲載された写真は解像度も低く断片的で、その建築の全体像もわからないものがほとんどである。にもかかわらず、ルドフスキーによる的確なキャプションとあいまって、どの建築もとても魅力的に目に映り、逆説的に「建築とは/建築家とは」という命題をぐいぐいと突きつけてくる刺激的な一冊だ。(MoMAのサイトからPDF版を入手可能。

そんな内容ゆえ、建築を学んだ人間にとっては、「誰もが知っている名著」の一冊であるわけだが、個々の建築については(一部の有名なものを除いて)情報量は限定的である。そのため単に印象のみの認識にとどまっている人が多いのではないかと思っている。

かくいう自分自身、かつては「ぱらぱらとめくって、ふーんと頷く」程度の関わり方であったわけだが、Gogoleマップでその所在を探し当て、ネット上の情報を漁り、衛星画像を周辺環境とともに眺める一連の行為は、とてつもなく刺激的で発見に富んだ経験であったことを今でも強く印象付けられている。

「こんな形をしていたんだ!!」
「なんていう環境に建っているんだ!!」
「こんなバックストーリーがあったとは!!」

最近、そんな「建築家なしの建築Map」を見直すきっかけがあり、当時は判らなかった建築の場所や情報を探し当て、ちまちまと追加して整理している(今も続いている)。ご興味有る方は、書籍やPDFと合わせて地図を眺めて、ぜひバーチャルトリップを楽しんでみていただきたい。少しでも僕の「おぉ〜!」という喜びを理解してもらえると、それなりに苦労した甲斐もあろうというものである。

と、実はここまでが前置き。
今回の探索でも、いくつもの「こんなんだったんだ〜!」があったのだけど、そのうちの印象的だった一例をぜひとも紹介させてほしい。

ザンビアの円形集落

MoMAのPDF版より

図版No.133,134。タイトルは 'Rulal architecture' 、日本語版では、「牧歌的建築」となっている。キャプションを一部引用する。

ここでは、約千戸の草葺の小屋が族長の住居を中心に円弧をなして建っている。中央に飛地となっている族長の家は彼の多勢(原文ママ)の妻のための小屋を含んでいる。一番大きな小屋は一番お気に入りの妻の住居で、族長自身は西洋風の、屋根が平らで箱型の木造家屋に住んでいる。百あまりの囲いの中には五千頭の牛が収容されている。

建築家なしの建築 -B・ルドフスキー:著、渡辺武信:訳 [SD選書版]

果たしてこの村はどこにあるのか、今もまだ現存するのか。そんないつもの素朴な興味を抱いて、ネットの海にダイブしたのだった……。

「Focus on Africa」

そもそもこの写真の出典はどこか。巻末のリストには、'Mary Light, from Focus on Africa by R. O. Light, American Geographical Society' と記されている。検索によれば、Richard Upjohn Light (1902-1994)と、妻の Mary Meader (1916-2008)による書籍「Focus of Africa」(1941)からのものだとわかった。巻末リストの 'R. O.' は、'R. U.' の間違いだろう。




Focus on Africa 書影

ふたりは、結婚の記念に飛行機による世界一周撮影旅行を企て、1937年9月にベランカ製単葉機でミシガン州カラマズーを発ち、南米〜アフリカと飛行した。当初の予定では、その後アジアを飛行するはずだったが、飛行機の損傷と妻の妊娠のために、1938年2月にカラマズーに帰還している。「Focus of Africa」はこの際の紀行をまとめたものだ。写真は妻の Mary Meader が撮影している。ちなみに南米飛行時に撮影したナスカの地上絵は、空撮されたものとして最初期のものとのこと。彼女は航空写真家の先駆けのひとりとして歴史に名を残している。

Focus on Africa より


Ba-ila の村

話を集落の写真に戻そう。画像検索して写真に添えられたキャプションから、この村はどうやら 「Ba-ila の村」らしいことが分かった。Ba-ila、の Baは「〜族」を意味する接頭辞。つまりila族の村というような意味だ。ila族は、ザンビアの人口の約0.8%を占める部族で、バントゥー語を話すバントゥー系民族に属し、ナムワラ(Namwala)地区を主な居住地としている。文化的には、富と名声の象徴である牛をとても大事にする部族で、円形の集落と円形柵は、その牛を囲い、またライオンの襲撃から守るという意味があるようだ。

NACTT より
AFRICA 101 LAST TRIBES より

参考:
Ila people (Wikipedia)
Ila (AFRICA 101 LAST TRIBES)
The Ila and their Cattle (NACTT - Namwala Cultural and Traditional Trust)

ここらへんまで調べ進めると、Ba-ila、Namwala、と検索キーワードが増えてくる。そこでヒットしたのが「ナムワラの西4マイル、ムコベラ酋長の村'Chief Mukobela’s village (4 miles west of Namwala)'」という写真の説明文だった。思わず、ガッツポーズである。

Namwala Secondary School

ということでたどり着いたのが、Friends' Association Namwala Secondary School のサイトだった。このサイトは、ナムワラ中学校と友好関係を結び支援を行っている、スイスのアインジーデルン修道院学校が管理しているようだ。

ナムワラ中学校の場所:Googleマップ より


Namwala 今昔

このサイトでは、Light と Meader による何枚かの写真が、現在の村の様子と照合されている。これはナムワラの中心地を北から南に向けて撮ったものだ。右側(西側)にカフエ川、左奥に飛行場。写真中央の並木が今も残っているということで、サイトにはその写真も掲載されている。
Google Earthでおおよそのアングルを合わせたもの

Friends' Association Namwala Secondary School より
Friends' Association Namwala Secondary School より

円形集落は、ムコベラ族長(Chief Mukobela)の村だとのこと。ナムワラの西4マイル(約6.4km)。ざっくりこのあたりだろうと、仔細に眺めてみるも、さすがに痕跡らしきものは見つからなかった。これだけプリミティブな構造だと、80年以上を経て痕跡を残すのはちょっと難しいかもしれない。

Friends' Association Namwala Secondary School より
ナムワラの西約4マイルのエリア:Googleマップ より

以下の2枚は、このサイトで初めて見かけたもの。特にアップになった酋長の家の写真はとても鮮明で興味深い。小さい家々は、妻たちの家。そして左側中央に、「建築家なしの建築」で「族長自身は西洋風の、屋根が平らで箱型の木造家屋に住んでいる」と書かれた、まさにその家屋がはっきりと見えている。よく観察すると、平らな屋根というよりは片流れの屋根のように見える。そこだけがとても現代的だ。

Friends' Association Namwala Secondary School より
Friends' Association Namwala Secondary School より
族長の家屋の拡大:Friends' Association Namwala Secondary School より

さらに興味深い情報は続く。円形集落のムコベラ族長(の子孫だろう)が現在住んでいる家屋の場所が示されている。Baambwe という村のようだが、族長としての地位がどうのようになっているかは分からない。しかし衛星写真を見る限りでは、周囲の家々に比べて立派な構えであるようだ。また、居住地を囲む樹木がおぼろげに円を描いているように見えるのも興味深い。
村の入口には魔除けのための精霊の森が2つ、門のように存在していて、これは円形集落のときから引き継がれている慣習とのことである。

Friends' Association Namwala Secondary School より
現在もある村の入口の魔除け:Friends' Association Namwala Secondary School より


映画 「Untamed Africa」

下の写真は、ナムワラの東約30kmにあるマーラ(Maala)という村に家族で数年滞在していた、W. D. Hubbard によるドキュメンタリー映画、’Untamed Africa' のいちシーン。木の枝をからませた柵で、ライオンの襲撃から牛を守る様子がわかる(右側、柵の外側に雌ライオンの姿)。この映画はYoutubeで見ることができる。ライオン襲撃のシーンは、44'30"あたりから

Friends' Association Namwala Secondary School より
Untamed Africa(1932 or 1933) IMDb


Namwala の人々の暮らし

サイトの最後には、昔と今のナムワラの人々の暮らしを対比させた魅力的な写真が何組か掲載されている。ここにはその一部を掲載しているので、ぜひサイトで他の写真も見てみていただければと思う。

Friends' Association Namwala Secondary School より

結局、円形集落の場所はピンポイントでは分からなかったけれど、おおよその場所や末裔の家の場所が判明し、当時の人々の暮らしぶりの一端も垣間見ることができて、なかなかに楽しいバーチャルトリップを楽しんだ。いろいろ探っていく際の驚きや喜びが、少しでもみなさんに伝われば良いなぁと思う。

以下、少しおまけ。


おまけ1:フラクタル集落(CSDT)

以下の図は、フラクタル理論に基づいて Ba-ilaの集落を自動生成させるコンピュータ・プログラムのアウトプットである。CSDT(Culturally Situated Design Tools)は、'Ethnomathematics'(民族数学)に注目し、いろいろな民族的なデザインやパターンを解析、コンピューターによる生成を試みている。
なんでも、チュミがアフリカン・アート・ミュージアムの設計に際して、この理論を利用したとかなんとか?(New York architect Bernard Tsuchmi experimented with this simulation when exploring designs for a museum of African Art.)

コンピュータを用いた、Ba-ila 村の自動生成:CSDT より


おまけ2:「Focus on Africa」を求めて

出典元のR.U.Light と Mary Meader による「Focus of Africa」を見てみたいと、いろいろと探してみた。AbeBooksというところに、アメリカ、アフリカ、インド等々世界中の古本がずらり。送料込みで最低でも5千円くらいする。日本のAmazonでも、おそらく海外在庫で同じくらいで出ている。買えない値段ではないけど、わざわざ買うのもなぁ…という感じである。

そういえば国内ではよく国会図書館で古い本のデジタル版を閲覧してるけど、海外はどうなのよ…と探してみたら、当の国会図書館が情報をまとめていてくれた。曰く「欧米の文化機関のデジタルアーカイブ」。これまで機会がなく、どれも使ったことない。さっそく、試してみる。

最初にヒットしたのは、HathiTrust Digital Library。ハーティトラストと読み、「アメリカ合衆国を中心とした世界各国の大学等の図書館が所管する書籍や報道資料をデジタル・アーカイブする電子図書館」とのこと。Hathi って読みにくいけど、ヒンディー語/ウルドゥー語でゾウを意味する。ゾウは優れた記憶力で知られているらしい。
'Focus on Africa' で検索してみると、提供元違いで4冊ヒット。ちょっと読み込みに時間がかかるけど、ページごとにPDFも落とせる。ちなみに無料。素晴らしい!

だがしかし、大きな難点が…。肝心の写真がご覧の通り、網点とスキャンの干渉によるモアレがバリバリ出ているのだ。これ、4冊ともみごとにこの状況。おそらく同じスキャナーシステムで、細かいチェックは省いてガンガンとデータ化進めているのだろう。これは残念…。

HathiTrustからダウンロードしたFocus on Africa のモアレ

それでも原典にどんな写真が載ってたかわかったし、文章も機械翻訳で読めたし、航路マップもあったし、そこそこ満足していところ、もうひとつイケそうなサービスがあった。それが WayBack Machineでも有名な、INTERNET ARCHIVE の、OPEN LIBRALY。

WayBackMachine

検索してみたら三冊ヒット。2冊はNot in Library。1冊だけ Borrow の文字。貸し出し?良く分からずにボタンを押してみたら、いやこれはハーティより明らかにキレイだ。モアレの無い写真もバッチリで嬉しい! ただしPDFは落とせない。あくまでも貸し出しという設定で、1時間で見られなくなる。(次の人が居なければ延長可だ。)

OPEN LIBRALY

ということで、手元資料用に当該ページスクショ保存。紀行文の箇所は、Googleドキュメントに投げ入れてOCR→機械翻訳。いくつか試したけど、やはりDeepLがこなれてるっぽい。

Focus on Africa を機械翻訳(DeepL)

原典を確認して、ひとつ発見があったのは、件のナムワラ中学校のサイトにあった族長の家のアップ写真が、Focus on Africa の写真(左下)と明らかにトリミングが違うこと。しかもサイトの写真がすごく高解像度なのだ。書籍からのスキャンではここまでの解像度は得られない気がする。それは他の空撮写真も同じ。

Friends' Association Namwala Secondary School より
Focus on Africa より

どうやら、ナムワラ中学校のサイトの写真は、本からスキャンする以外の、もう少しオリジナルに近い資料からのものみたいなのだ。あるいはオリジナルのフィルムからスキャンしたのでなないか、と思わせるくらいには高解像度である。そういえば書籍を確認するとどんなカメラを使ったか分かるかもしれない。追って確認してみよう。

ところで後になって気づいたのだが、ナムワラ中学校のサイトに「Original Text of Meader/Light」として引用された文章、どうやら 「Focus on Africa」 に書かれているものとは別のようなのだ。もしかしたら、「Focus on Africa」以外にアフリカ紀行をまとめたものがあるのだろうか?まだまだ旅は続く…(のか??)


【追記】Mary Meader が撮影に使った機材を、Focus on Africa にて確認。Fairchild F-8 という航空カメラで、フィルムは 5 x 7 インチ。なるほど、解像度が高いはずだ。飛行機から写真を撮る、というのはこういうことなのね。低高度では、135mmレンズをつけたライカも併用したとのこと。

Focus on Africa より

Fairchild F-8 については、それほど珍しいカメラというわけではなさそうだけど、検索しても、それほど多くの情報にはたどり着かなかった。
たとえばこことか。

日本語のこんなブログとか。

それにしても、女性でこの大きさのカメラを扱うのは、それなりに大変だったんじゃないのかしらん。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?