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長崎大学の米中核戦争シミュレーション - 8日間24発の核で260万人が死亡

4月7日、長崎大学核兵器廃絶研究センターが、北東アジアの戦争で核兵器が使用された場合の被害のシミュレーションを発表、NHKのニュースで取り上げられた。民放や新聞は注目しなかったため、現時点では大きな話題になってないが、私はこの情報に強い関心を持ち、公開された報告書を読み込む作業に没頭した。英語版166ページのPDF資料が仕上がっていて、短い要旨が14ページの日本語版PDFに纏められている。実際に知りたかったのは、台湾有事(日米同盟と中国との戦争)で実際にどのような核攻撃の応酬があり、どこが狙われ、どれほどの被害が出るかという予測の中身だ。台湾有事のシミュレーションを幾つか見たが、具体的にリアルな核戦争を想定した例は目にしたことがない。このレポートが初めての研究結果となる。

おそらく、米軍CIAも興味津々で査読しているだろう。今回の研究プロジェクトは、長崎大RECNAと米ノーチラス研究所が共同で行ったもので、核使用による人命人体被害にフォーカスした内容になっている。そのため、CSISのシミュレーションなどとは性格と視点を異にしていて、戦争をする側の戦略的立場からの予測分析ではなく、いわば下からの、より客観的でアカデミックな目線になっている。その点が重要な特徴だと言える。1月に出たCSISのシミュレーションは、まさに軍部による「情報戦」であり、開戦本番に向けた準備工程の一環であり、日米同盟側が放った作戦の一手に他ならない。軍事戦略上の意図と目的を持ったものだ。一方、この長崎大の報告書にはその要素は薄く、台湾有事を奏功させる「情報戦」の狙いはない。ノーチラス研が、CSISやヘリテージ財団や戦争研などとは異なる属性のシンクタンクだからだろう。

CSISのシミュレーションには核兵器が登場しない。核使用なしに米中戦争が終わっている。3週間の通常兵器だけの局地的な戦闘で、中国軍の海軍と空軍が壊滅状態になり、大陸の中を守るだけの丸裸の軍隊になり、台湾攻略を断念するというシナリオになっている。太平洋に出る軍事力を失い、それを機に共産党政権が崩壊に向かうという展望が示されている。一瞥して、非常に日米同盟側に都合のいい予想で、しかも戦争がウォーゲームとして完結し、一般市民に被害の出ない想定になっている。CSISのシミュレーションでは、米軍が1万人、台湾軍が3500人、中国軍が1万4500人死ぬだけで、非戦闘住民の被害はゼロだ。自衛隊の犠牲者数さえ書いてない。無論、その理由は、これが日本の世論工作のための情報(=情報戦)だからに他ならない。常識で考えて、アメリカと中国が激突する戦争で、核が不使用という想定があるだろうか。

それは第三次世界大戦であり、アメリカと中国の国家の存亡を賭けた死闘となるに違いない。一般住民の被害がゼロなどあり得ない。海軍と空軍を屠られた中国は、ミサイルで日米同盟に反撃し応戦するだろう。通常戦力で米軍に劣る中国の国防戦略は、先端技術のミサイル兵器を主軸とした設計と構想になっている。空母や戦闘機が主役ではなく、衛星とミサイルで軍事目的を達成する陣構えで臨んでいる。長崎大学RECNAのシミュレーションでは、台湾有事の戦局不利で追い詰められた中国が、核の先制使用に踏み切り、双方が8日間で計24発の核弾頭を撃ち込み合い、260万人が数か月間に死亡する結果となっている。私の見方では、核を先に使うのがどちらかは現時点では不明だが、CSISと比較して長崎大のシミュレーションの方がリアルであり、戦争の実相に即した説得力ある予測だと思う。

以下、核戦争が勃発した初日から8日間の進行を時系列で追ってみよう。PDFではP.76の表に整理されている。尚、時刻は報告書の資料図に従って日本標準時よりも9時間遅いUTCを用いている。

2023年10月7日

21時00分に1発、21時10分に1発、2発の核が佐世保港上空1150mで爆発する。1発目の爆心は米海軍基地司令部から約500m沖の海上、2発目の爆心は佐世保競輪場で海自の倉島岸壁の近く。出力(エネルギー)は2発とも250キロトン。広島に投下された原爆が16キロトンなので、1発で約15倍、2発で約30倍の破壊力となる。運搬手段は「グアムキラー」と呼ばれる中距離弾道ミサイルの東風DF-26。続いて、21時20分に沖縄の米軍嘉手納基地に3発目、さらに22時30分にグアム北部アンダーセン米空軍基地に4発目、22時35分に同中部のポラリスポイント米潜水艦基地に5発目。出力は同じ250キロトン。ミサイルの型も同じDF-26。

2023年10月8日

2日目。すぐに米軍が反撃開始。6時00分、山東省青洲市の中国軍ロケット軍基地に1発目の核ミサイルを撃ち込む。8キロトンの低出力核トライデントW76-2が上空450mの位置で爆発。続いて11時00分、新疆ウィグル自治区哈密(ハミ)付近の中国軍地下基地に出力50キロトンの小型核B61-12を4発、さらに同時刻、甘粛省玉門の中国軍地下基地に同型小型核を4発、それぞれ連続して着弾。これら8発は戦闘機から発射した地中貫通型。最後に11時30分、この日10発目の核が河南省信陽市の中国軍秘密基地(?)に撃ち込まれる。山東省青洲市に撃った型と同じ8キロトンの低出力の弾道ミサイル。青洲市と信陽市を狙った2発のW76-2は原潜より発射のSLBM。

2023年10月9日

3日目。中国側の核反撃があるが、なぜか韓国内の米軍基地が標的になる。21時20分、全羅北道にある群山(クムサン)空軍基地に1発目が被弾。初日の攻撃と同じ東風DF-26によるもので出力も爆発高度も同じ。さらに21時30分、ソウルに近い京畿道平沢にあるハンフリーズ空軍基地に2発目。ここには在韓米軍司令部が置かれている。ミサイルの型は同じDF-26。ただし、冷戦が終わった後、在韓米軍基地には核兵器は配備されていないというのが一般認識で、この局面でなぜ中国が敢えて在韓米軍基地を狙ったのか、長崎大とノーチラス研がこの想定を置いたのかよく分からない。台湾有事にすでに韓国軍が参戦していて、中国軍との間で激しい交戦状態に入っているという設定だろうか。

2023年10月10日

4日目。中国がICBMでアメリカ本土を攻撃する。1発目はアラスカ州アンカレッジ近くのエルメンドルフ空軍基地が標的。東風DF-5もしくは東風DF-31を使用。中国の持つ最大の長距離射程弾で、核の出力は300キロトン。爆発高度は1500m。2発目はサウスダコタ州のエルスワース空軍基地に着弾。同型のICBM、同型の核。3発目は東海岸バージニア州ノーフォーク基地を襲う。ここには米軍最大の海軍基地と海兵隊総軍の司令部がある。基地埠頭の真上で爆発。同型のICBM、同型の核。広島型の約19倍の威力。市人口は23万人。アメリカ本土が初めて核攻撃を受けて被害を出す。

2023年10月11日

5日目。アメリカがICBMで中国を報復攻撃する。3発撃ち込む。19時00分、1発目は甘粛省蘭州市の蘭州中川空港に着弾。出力300キロ。広島型の約19倍。爆発高度1500m。ミサイルは最新型のミニットマンW87。蘭州中川空港は純粋な民間空港のはずだが、ここを標的に設定した理由はよく分からない。続いて19時10分、2発目が陝西省宝鶏市太白県に撃ち込まれる。爆心となった地図上の位置は太白中学校。核弾頭とミサイルは1発目と同型。軍事施設は見当たらず、なぜこの場所が狙われたのか不明。さらに19時20分、3発目が広東省湛江市を直撃。核弾頭とミサイルは同型。爆心は市内を流れる湛江水道。湛江には中国軍南海艦隊の司令部がある。市人口は703万人。

2023年10月15日

核戦争となって8日目。ずいぶん間を置いたタイミングで中国側から最後の1発が発射される。標的は米軍横須賀基地。出力200キロトン。中距離ミサイルの東風DF-21を使用。これがどういう意味なのか、何を示唆しているのか、停戦協議を数日間やった上でのことなのか、報告書(長崎大・ノーチラス研)がどういう設定をしたのか皆目分からないが、米中の核攻撃の応酬はここで終わる話になっている。最終的に中国が11発、アメリカが13発、合わせて24発の核ミサイルを撃ち込み合い、中国は13発を被弾、グアムが2発、アメリカ本土が3発、韓国が2発、日本が4発を被弾した。

報告書は8日間の米中核戦争の被害推計を出していて、①数日および数週間内に死亡する者150万人、②数か月以内に死亡する者93万人、③付随する火災旋風の影響で死亡する者19万人、合計260万人が死亡すると試算している。この数字はNHKのニュースでも説明されたが、死亡者の国別地域別の詳細は示されていない。おそらく圧倒的に多いのは中国で、その次に日本と韓国が多く、最も少ないのはアメリカだろう。人口と人口密度に違いがあり、被害者数の差になると思われる。

シミュレーションには疑問点が幾つかある。根本的に納得できないのは、果たしてこれで米中戦争が終端するのかという点だ。双方が24発の核を撃ち合ったが、どちらもまだ核戦力の余力が十分にある。軍の最高司令部は攻撃されてない。北京もDCも無傷のままだ。横須賀基地が攻撃されてシミュレーションは終了しているが、これで戦争全体の終幕が来るとは思えず、当然、米軍側は次の核報復に出て、例えば、北海艦隊の司令部がある青島を300キロトン出力のICBMで狙うだろう。青島市の人口は1025万人。膨大な犠牲が出る。長崎大の推計の260万人では到底足りない。

もう一つの疑問点は、中国が韓国に核を落とすという想定で、この点は首を傾げてしまう。仮にこうした展開になった場合、北朝鮮が戦争に参加するの確実で、韓国内の米軍基地の壊滅を見て38度線を超えるだろうし、北朝鮮自身の核で周辺の米軍基地(例えば岩国)を攻撃するだろう。第二次朝鮮戦争の図となる。普通に考えて、韓国はそのリスクを避けるべく、中国との間で戦争状態になるのを回避し、中国の核ミサイルが韓国領内に飛んで来ないように外交を図るはずだ。中国にしても、いくらそこに米軍基地があるとはいえ、隣国の韓国をいきなり核攻撃するとは考えにくい。攻撃するとしても通常兵器に止まるだろう。ノーチラス研は北朝鮮の核問題が専門のはずだが、この辺りの安保問題について認識が不安定な感を否めない。

以上、長崎大・ノーチラス研が発表した米中核戦争のシミュレーションを具体的に追跡し、テレビ報道で紹介されてない細部と経過を探って確認し、若干のコメントを加えた。引き続きこの問題を検討したい。

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