例えば過去の女性遍歴。もしくは初恋とクズ

例えば過去の女性遍歴。というより、僕の初恋の相手について。

あれは小学校5年生のころ。彼女は図書委員、僕は授業もうけずに図書館で一日を過ごす頭のおかしな小学生だった。

彼女は別のクラスの女子で、とても控えめな女の子だった。無口っていったほうがいい。本が好きで、頭はおかっぱ。特別かわいいってわけじゃないけど、声だけはとても可愛らしかったのを覚えてる。

僕の彼女の接点は、彼女が図書委員で、僕がミステリオタって部分だけだった。とくに、当時の僕は本当に荒れていたし、自分の好きなことにしかまるで興味がなかったせいで、ひたすらに図書館にこもって本を読んでいた。

そんなとき、代替図書館には担任の教師がやってきて、僕の襟首をつかんで教室に引きずっていった。けどある日、その女の子が図書委員の仕事か何かで図書館にやってきて、図書館の奥で隠れるようにホームズを読んでいた僕を見つけてしまった。

「しゅうちゃん?」

僕が顔をあげると、そこに彼女がいた。そのあとやたらと心配され「教室にもどろうよ」と散々諭されたけど、ぼくはそんな彼女の言葉を無視して本を読み続ける。ちょうどホームズ全集の後半で、ホームズが宿敵モリアーティーと対峙した瞬間だった。だから僕は少しだけ無視した。悪き気はない。それとなく聞こえないふりをして、ホームズがモリアーティーに言ったあの有名なセリフを文字で追っていった。

けど彼女は僕のまえにずっと座っていた。

本の中では、ホームズのセリフが終わって、モリアーティーともみあっていた。ホームズは言う。

『君を確実に破滅させることが出来るならば、公共の利益の為に僕は喜んで死を受け入れよう』

そういって、利己性の塊の様なホームズがはじめてナイトらしいセリフを口にしたあと、モリアーティーの体を抱え、ライベンバッハの滝に消えた。

その淵を見下ろしながら、後悔するワトソンと自分を重ね合わせている最中も、僕の前から全く動かないで延々と僕を説得していた彼女の声があった。


彼女の名前は絵里。

いや、呼び捨てはよくない。絵里ちゃん。実際に僕はそう呼んでいたんだ。

今思い出すと、この時の絵里ちゃんはまるで立てこもり犯を説得する仏の刑事だった。当然、犯人は僕。そんなことが何度が続く様になるうちに、僕はいよいよ絵里ちゃんの神々しい後光に触れてしまう。彼女はホームズみたいなタイプじゃない。どちらかといえば、ブラウン神父の様に、目の前現れた罪人の罪をすべて見抜き許す。そんな名探偵だった。

それからクラス替えがあり、僕と絵里ちゃんは同じクラスになった。

僕は絵里ちゃんと話すために図書館に通うようになった。

まだ授業をさぼって図書館にこもることはあったけど、そのたびに絵里ちゃんがやってくるので、クラスに戻るスピードも速くなっていた。

それに、絵里ちゃんが図書館のカウンターの中にいるときに、僕はあえて図書館に行くことにしていた。本の趣味は僕と明らかに違う絵里ちゃんはハリーポッターが好きだったけど、僕はそれよりもミステリやらオカルト、それに文学系の話題が好みだったので、その話ばかりふっていたきがする。

そんな絵里ちゃんとは、二人きりで話せた記憶はない。根がはずかしがりやな僕は、趣味の話なら饒舌にできたし、ピエロになって絵里ちゃんに笑ってもらうことはあっても、まじめな話が本当にできなかった。

そのうちに、僕は絵里ちゃんが本当に好きな相手を知った。

それは小学3年生まで僕をいじめていた男子で、スポーツがとにかく得意な男の子だ。小学生の女子といえば、スポーツができる男の子が好きというあまりにもベタなその展開に僕は愕然とした。

だからそのまま、僕が絵里ちゃんに告白することはなかった。

バレンタインデーに義理チョコはもらえても、ただの友達。本命のチョコを別の女の子にもらったけれども、それに対するお返しもしていない。ほしいのはお前じゃないと、それしか考えていない。

そんな恋も冷めたのは、僕が中学校2年生になった時のことで、本当に、まるで一瞬で魔法が解けるように恋から冷めた。その理由はとてもよく分かっているし、自分としても、僕自身を攻めたくなる理由だ。

中学校に上がってから明るくなった僕と反比例するように、当時の絵里ちゃんは暗かった。笑顔が消えていって、もとからすくなった口数はさらに減って、どんどんと精神的に病んでいく様子がよく分かった。

その理由についてはいまだ良くわかっていないけど、たしか親友だった女子との仲がこじれたのが原因だと思う。そのせいで絵里ちゃんは授業に姿を粟原さなくなり、次第に学校のカウンセリングルームや図書館に籠ることが多くなった。

そこで僕は絵里ちゃんを元気付けようと、度々カウンセリングルームを訪れた。そこで出来るだけ面白い話をしてあげた。小学校のころの恩もあるし、なにより絵里ちゃんが僕と同じようになることに耐えられない。だから、今日はこんなバカなことをしたよとか言って、絵里ちゃんに変な人間と笑ってもらおうと考えていたのだ。

絵里ちゃんは僕の話に笑ってくれた。で、「やっぱしゅうちゃんって変だよね」といってくれていたけど、その後絵里ちゃんは不登校になり、学校にこなくなってしまった。

そのあと、僕の恋心はある日突然きれいさっぱり消えてしまった。

ほんとうに酷い人間だと思う。本当に好きなら、もっとするべきことがあったんじゃないかとか、その前に僕が告白するべきだったんじゃないかとか。

けど、きっと僕が恋した絵里ちゃんは僕を諭してくれる仏の絵里ちゃんだったんだと思う。僕に正しい道を説いてくれるような、そういう存在。その輝きに恋をしていたからこそ、引きこもりになてしまった瞬間に僕の恋は一瞬で覚めてしまったんだと思う。

僕はクズだ。

こんな文章を書いたって、僕は僕を侮辱罪で訴えることが出来ないからもう言いたい放題だ。クソッタレと中指をたて続けているのは、なにをどうしたってこの卑怯者の自分が消えることは無いからだ。誰にも責められることはないからだ。絵里ちゃんにも責められることは無いからだ。

けど、何度言ったって気分が晴れないのは、そういう自分が、自らを罰することで許しを得ようとしていることを知っているからでもある。もうこんなものはメタのメタのメタのメタ。手塚治虫が夢落ちを禁じた理由が良くわかるし、ドグラマグラが物語をループさせたのかも何だか解る気がする。僕の恋心が消えたその瞬間からブゥゥウンという蜂の羽音が聞こえはじめたあと、様々な精神の地獄を味わって再び昏倒し、また同じことを繰り返す物語。

けれど、その物語に、仏の絵里は居ない。彼女が僕に向かって「クソッタレ」というまでこの話は終わらないので、しょうがないのでまたこうして「クソッタレ」と打つしかないのだ。

終わらない夢とおなじように、こうして終わらない初恋も存在する。

そして、それがどれほどの地獄なのかは、こうして体験した僕が良く分かっている。

こうならなかった人間は幸せだし、キレイさっぱり失恋したほうがよほど良い。そのことに気が付けたら、今すぐその娘に告白したほうがいい。タイミングはそう何度もない。自分に罵詈雑言を並べ立てるよりも、よほどましなんだ。










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