僕の二度目の失恋
マイちゃんとのお別れについて書く前に、とんでもない事を忘れていた事に気が付いたので、今日も寝る前に布団の中で記録を付ける事にする。
あれは中学校の頃、絵里ちゃんへの恋心が一瞬で吹き飛んでしまった僕のクズっぷりに気が付いた後のことだ。
その頃、僕は絵里ちゃんとの恋愛が終わってしまい、自分のクズっぷりにも十分に気が付いていたけど、恋心という僕を人間たらしめていた重要な要素を失ったせいで、ともかくクソミステリオタ街道をまっしぐらに走っていた。
まず僕がはじめたのは今までホームズだのアガサだの火村だの御手洗だのメジャーどころから、一気に歴史を遡って古典ミステリから読み始めることだった。もちろん、スタートはモルグ街の殺人。その書評を大人ぶった感じで書いたのだが、公平性はゼロ。中身を要約すると「オラウータン飼ってる時点でイカレてるしそもそもポーがイカれてわクソアル中め」てな具合に、マジでどうでもいいdisだった。
で、そんなことを何度も繰り返した。
モルグ街が終われば、マリー・ロジェの秘密、ある刑事の回想録、ルルージュ事件、二輪馬車の謎、血の収穫、トレント最後の事件……と、とにかく読み込んではdisり続け、ルーズリーフはとにかく量産される。この出来事が僕の恋愛とどんな関係があるのか気になる人もいるだろうけど、まぁ聞いてほしい。
そんなことを暫く続けていると、3か月程で僕の机の上には4つのバインダーが溜まることになり、整列するバインダーを眺めながら、僕は酷く安心していたけれど、それは単純なミステリマニアとか、コレクター的な満足感ではなく、かつて僕が先生に受けた罰を実践していたに過ぎない。思い出してほしい、これを読むあなたが中学のころ何か悪さをしたら、一体なにをしていたのか。
そう、これは僕が僕に貸した反省文だ。
それは、僕の好きなミステリをほめることなく、延々と酷評することによって完成する反省文だ。延々と繰り返し書き綴り続けたそのdisは、僕の好きなものを傷つけることによって、ついには僕自身をdisるという卑怯かつ最低で最悪の自己嫌悪だった。父親がどこからか持ってきたビジネス用の事務机の上で、延々とミステリの歴史を傷つけ続ける僕を想像してほしい。そこには僕が愛してやまなかったホームズもいたし、エラリィもいたのだけれど、僕は彼らを容赦ないまでに酷評して貶すという、今ではまるで考えられない事をしていた。ただ、「自分のミスをファンが有難がるクソミス」と記したドイルには済まないけれど、それだけは的は外していないつもりがある。なんて書いてしまうのも、きっとコナンドイルマニアに怒られることで、また僕自身を罰したい気持ちに駆られているのかもしれない。
で、僕はついにこの書評集を人に見せたくてたまらなくなった。思い切り「気持ち悪いな」と言われたくてたまらなくなった。
そこで僕はターゲットを探しはじめた。相手は誰だって良い訳じゃない。こいつを見せても何の遠慮もなく僕をdisれる人間。愛想もクソもないぐらいの相手。そう考えてクラスの女子の顔を思い出した所、思い当たる女性が出てきたので、僕は翌日、さっそくその女子にバインダーを見せることにした。
その相手は、クラスでも差し当たり仲の良いアスカ。偶然なんだが、高校生の頃に一度つきあったアスカちゃんとは別人のアスカちゃん。どうやら、この名前には色々と縁があるらしいが、紛らわしいので「アスカA」とする。
このアスカAはともかく毒舌かつ狂暴なことでで有名だった。
しかもお笑い好きで、男子にボケさせてはその胸にラリアートと何が違うのか解らない突っ込みをして「ナンデヤネン!」と叫び、男子が転倒するのを見てゲラゲラと笑う。それこそナンデヤネンなのだが、強かなアスカAはそれすらも笑いでごまかす、典型的なイジメっ子暴力女子であり、影で呼ばれていた仇名が「ザンギエフ」だったのは此処だけの話にしてほしい。
しかし、このアスカAと僕はなぜか馬があっていた。
きっと、僕のボケがお気に入りだったのだろう。当初は彼女のハリケーンラリアートを位横転していたのだが、次第にラリアートの回数が減り、なぜか一緒にお笑いのネタを考えていた位には仲が良かった。
で、翌日バインダーを学校に持っていき、アスカAにそれを見せた。アスカAが「なんだよおまえヤベのもってきたな」といって、ニヤニヤと僕の黒革の手帳を開く。
で、その中身を見る後頭部を眺めながら、次第に足が震え始めたのが解った。怖い。けれど、だからこそのアスカAを選んだのだと自分に言い聞かせていた・・・なんて偉そうに書いてみたけど、その時の僕の頭の中を思い出す限り、とにかく真っ白でテキストの一つも見当たらないし、まるで先生に呼び出しを食らった時みたいだった。
アスカAが顔をあげる。僕は身構えて、次に飛んでくる罵声を想像して目をつぶる。
「しゅうちゃんすげぇ」
・・・?
僕は膝の力が一気に抜けて、その場で崩れ落ちそうになって、急に目まいがして机に手をついたことを覚えている。なにせ、当時も今も僕はひどい低血圧で、何かあればすぐに貧血を起こすことで有名。温泉にいってもまともに湯舟に疲れない位に。
そんな僕に対して、アスカAは「なにやってんだよ」と情け容赦の無い批判を浴びせるものの、椅子に座った僕に対してラリアートもスクリュードライバーも食らわせる事はなかった。
「すげーがんばったじゃん、すげーよまじで」
暴力よりも強烈な言葉ってのは、まさしくこのことだった。僕の書いたひねくれたdisよりも、何倍も強烈な台詞でぶん殴られた直後、急に僕は目頭が熱くなった。救われて、認められて、今にも赤くなりはじめる目を見られないように、アスカAには横顔だけを見せながらドキドキしつつ、なんとか話しを聞いていた。
そして案の定、翌日から僕はアスカAの顔をまともに見れなくなったのは言うまでもないだろう。今思えば驚くほど予定通りに、救世主に恋をしてしまう僕の性質はクソほど発揮されたのである。
そんな僕を知ってか知らずか、アスカAは相変わらず僕に話をふってくる。僕もまさか影でストⅡ一のネタキャラに恋をするなんて思いもしなかったけれど、恋心なんてものは簡単に止まらない。とくに厨房のころなんてものはそんなもの。授業でプライベートライアンを見た翌日には教室中にジャクソン一等兵が溢れたのと同じく、僕も自身の思い込みにあらがう術はなかったのである。
それから数日後、僕はついに耐え切れず告白した。
思い返せば、これが人生初の告白。場所は教室。休み時間、アスカAと二人で話している時に、なんとはない風を装って(実際には可笑しかったろうけど)
「アスカAって付き合ったことある?」
「は?ないけど」
「好きなんだけど」
「は?」
次の瞬間、僕はアスカAのラリアートでが飛んでくることを恐れたけど、ここでもアスカAは暴力を振るわなかった。
で、キョトンとした顔で僕の顔を見て口を開く。
「いやありえないんだけど」
クソだった。
クソみたいな回答。そしてアスカAが浮かべるクソみたいなぼんやりとして表情。そして、僕のクソみたいな返し。
「うそ」
なんだよ、うそって。うそじゃねーよマジだよクソ。
で、そのあと僕はなんとかその話をジョークにすり替えてアスカAとゴッツエエカンジの話をして友人と家に帰りペットのムーを撫でて部屋に入ったあと、布団に飛び込んで泣いた。
で、しばらく泣いたあと、夕食を食べて再び部屋にこもり泣く。
けど、いつまで泣いても気分は晴れないし、このままじゃヤバイってんで録画していたユーガットメールを見た。
で、とにかく泣いた。泣きながら「メグライアン超カワイイ、メグライアン超カワイイ、メグライアン超カワイイ、メグライアン超カワイイ、メグライアン超カワイイ、メグライアン超カワイイ、メグライアン超カワイイ、メグライアン超カワイイ」と暗い部屋の中で唱えたそれが終わると今度はマディソン郡の橋のビデオをデッキに突っ込んでまた泣いた。
きっと、当時の僕はアスカAの様な暴力女よりメグライアンが良いと思い込もうと、必死に暗示をかけていたのだろう。ついでにマディソン郡を見たのは惰性だったにしても、相も変わらず自分を追い込む事によって回復しようとする悪しき癖はこの時も健在だった。
それから僕が回復するのにずいぶんと時間が経ったと思うけど、その最中はアスカAを見るたびにトムハンクスからのメールを待つメグライアンの事を必死に思い出していた。
最低で最悪の妄想。
けど、あの時ほど中二病が役に立ったことはなかったのだ。
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