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ヨンゴトナキオク30 2021.5.14

おおきに『おちょやん』

昨年11月30日から始まったNHK連続テレビ小説『おちょやん』は5月14日にとうとう最終回を迎えました。途中、若干の中だるみはあったものの(個人的感想です)、昭和を代表する女優、浪花千恵子さんをモデルにした竹井千代のジェットコースターのような人生ドラマがいきいきと描かれて、毎日毎日、翌日、翌週が待ち遠しく、どんどん引き込まれていきました。

私にはギリギリ生前の浪花千恵子さんの記憶があります。既におばあさんで、オロナイン軟膏の宣伝やドラマの脇役という役周りではありましたが、「浪花千恵子でございます」という柔らかい大阪弁や笑顔は、何故か強烈に脳裏に残っています。田舎のバス停の壁に貼られたまま色あせているホーロー製のオロナイン軟膏の広告看板は今もまだ点在していますよね(これは関西だけのあるあるか?)

だいたい「浪花」という芸名が、今思えば絶妙ですね。波乱万丈だった生涯の晩年には「大阪のお母さん」と呼ばれながら、現在ならまだまだお若い66歳で急死なさったのはかえすがえすも残念でした。けれども、わずか9歳で奉公に出された千恵子さんですから半世紀以上は働きづめだったでしょうし、亡くなった頃は女優としてのキャリアからも少し遠ざかった「過去の人」のようになっていたので、静かに暮らしておられた中でのご逝去は致し方なかったのかもしれません。

幼い頃は、生まれ故郷の竹林で貧しくて辛い毎日を送りながらも、竹藪に逃げ込むと現実逃避できたという千恵子さん。晩年は「竹生」という料理旅館を京都・嵐山に営んでおられたそうですし、「竹」という植物は切っても切れないご縁があったようです。竹井という苗字はきっとそのオマージュとしてつけられたのでしょう。そして、地中に深く深く根を張っていく竹の強さを主人公の生き方に託したんだと思います。

『エール』の放映がコロナのために伸び、『おちょやん』のスタートも後ろ倒しになったことで当初125回あったドラマは10回分減らされて115回で終わったそうで、そのせいか心なしか一平との離婚から劇場復帰の2年間がぎゅっと縮こまった感は否めませんが、何といっても『おちょやん』の成功の7割は脚本のよさにあったと思います。いくら素敵な女優さんを主役に持ってきても、ドラマをどう描き、セリフを言わせ、物語を紡いでいくかは脚本家さんの腕にかかっています。私も昔シナリオ教室で勉強をした経験がありますが、脚本にはセリフとト書きしか書きません。だから、まず脚本が魅力的でなければいけない。実際のシーンをどう表現するかは演出家やカメラ、照明一つでよくも悪くもなるので、その意味ではTVドラマも総合芸術の一つだと思いますが、『おちょやん』に関してはとりわけ八津弘幸さんの脚本が秀逸でした。何気ないシーンにあらゆる情報が盛り込まれ、台詞で説明せずとも一瞬で語ってくれる。さりげない伏線がことごとく解決し、「あれ、どうなったん?」という登場人物もない。胸のすくような展開の連続に、何度泣かされたことでしょう。

その脚本を読み込んでセリフに命を吹き込んだ役者の皆さんも凄かった。千代役の杉咲花さんのネイティブ大阪弁には恐れ入ったし、誰一人として、ブレてない。まぁ、個人的には高峰ルリ子役の明日海りおの中途半端感が否めませんが、逆に極めつきは、ポスターだけで登場した箕輪悦子役の天海祐希さんでしょう(笑) ある意味、明日海さんより強烈な爪痕を残した気がします。ああ宝塚歌劇、恐るべし。

母に死なれ、父に捨てられ、弟に裏切られ、夫には追い出された千代ちゃん。それでも必ず味方が現れ、「捨てる神あれば拾う神あり」の泣き笑い人生が繰り広げれられました。その根底にあるのは、千代の献身の精神でした。逆境に次ぐ逆境にもかかわらず、人を恨む心をバネにして、愛することはやめなかった。千恵子さんご本人の逆境はこんなものではなかったらしいのですが、千代ちゃんが人のために生きようとしたからこそ、視聴者は千代ちゃんの辛さを我がことのように受けとめ、ともに泣きともに笑えた気がします。そして、それをずっと見守ってきた熊田さんの言葉がことごとく胸に沁みました。西川忠志さん、天晴です!

最終回、ほとんど全員が見つめる中で舞台に立った千代ちゃんの目には、お父ちゃん、お母ちゃん、弟のヨシヲが見えました。いわばこれがこのドラマのクライマックスです。驚いたことに、この3人が本当の家族に見えました。顔が似ているんです。お母ちゃんなんてほとんど写真だけの出演だったのに、ヨシヲや千代ちゃんにちゃんとDNAが受け継がれていると確信したのは、おそらく私だけではないでしょう。

そして、何より私が感動したのは、灯子に抱かれた一平の小さな息子ちゃん。舞台の袖で首をぐるっと向いて、お母さんではなく、舞台の千代ちゃんを見ている(としか私には見えませんでした)。涙を目にいっぱいためながらも、「ここでは泣いたらあかん」と自分に言い聞かせているように押し黙っている。この息子ちゃんがまた新平にクリソツでした。そう見えてしまうのだから、よくもあの子をキャスティングしてくれたものです。

そして、最後の舞台のセリフ。「生きるっちゅうのは、ホンマにしんどうて…おもろいなぁ!」。「おもしろうて やがて悲しき 鵜舟哉」と詠んだのは松尾芭蕉さんですが、できることなら人間の一生は「苦あれば楽あり」の順番の方がいいですね。そして、ドラマの最後のセリフは「今日もいいお天気やなぁ」でした。お天気がいいと、それだけで気持ちも晴れやかになる。昨日までの悲しみもチャラ。ささやかながらも幸せなラストシーンでした。雨も降らなければ人も草木も生きていけない。雨降って地固まる、人生万事塞翁馬ってことですね。泣き笑い万歳!

思えば、『エール』は奇しくもコロナのおかげで打撃を受けた音楽文化の素晴らしさを描いてくれました。『おちょやん』では千代の辛い人生に寄り添いながらも舞台に生きる役者の生きざまを通して生きる元気をいただきました。芸術は決して不要不急ではない。経済優先の社会でも、本当は文化芸術がどれほど人々の心と経済を支えているかを思い知らされる1年でした。ドラマはフィクションですが、今こそ上質のフィクションが必要です。人は現実だけでは生きていけない生き物なのですから。

来週から始まる『おかえりモネ』は気象予報士をめざす少女の話だそうですが、予定調和な脚本にだけはならないようお願いしたいです。狙いすましたように、今年は史上最も早い梅雨入りがやってきています。オリンピックがあってもなくても、日本列島が激烈な酷暑に見舞われることがないことを切に祈るばかりです。



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