2022年研究活動まとめ

2019-2020年2021年に続き、本年も自分の研究活動をまとめてみます。これまでは月毎の振り返りを書いてきたのですが、今年はまだ外に出せない話が多く、代わりに最近やったことや考えていることをつらつらと箇条書きしようと思います。

やったこと

JAXMAPPの公開

JAXMAPPを公開しました。これは連続空間におけるマルチエージェント経路計画のためのライブラリで、ロードマップ(連続空間においてエージェントが移動可能な位置を繋いだグラフ)の構築とその評価をすることに特化しています。インターンの奥村さんが開発してくださったCTRM (AAMAS 2022) の公開実装をベースに、numpy/PyTorchで書かれていたロードマップ構築部分をjaxで書き直しました。

jaxは単純な行列計算やNNの順/逆伝播だけやってる限りお手軽なのですが、for/while/if等の制御フローを扱おうとすると途端に難易度が上がる印象があります。上記ライブラリを書いていく中でその辺が一通り習得できたのは良かったです。

Neural A*のアップデート

ついでにNeural A* (ICML 2021) の公式実装をアップデートしました。元々このリポジトリは (1) 提案手法をお手軽に試すミニマルな実装と (2) ICMLの実験結果を再現するフル実装 をそれぞれ別ブランチで提供していたのですが、(2) に比べて(1) の機能が限定的だったのを補充した感じです。Hydraによるパラメタ管理とかPyTorch Lightningによる学習部分の簡易化とか今風のことをいくつかしました。

Federated Learningチュートリアル(IBIS 2022)

機械学習に関する国内シンポジウムであるIBIS 2022において、Federated Learning (FL) のチュートリアルをさせていただく機会がありました。実のところメインの仕事でFLらしいFLの研究は2019年の一本だけだったりするのですが、それが割と跳ねていることもあって、査読だけは山ほど回ってきます。良い機会だったので、non-iidデータからの学習やパーソナライズドFLに関して、最近の動向をちゃんと調べ直してまとめました。FLは日本語・無料でアクセスできる情報がまだまだ少なく、本資料が初学者の良い導入になればと期待しています。

ワークライフバランス企画(MIRU 2022)

コンピュータビジョンに関する国内シンポジウムであるMIRU 2022において、ワークライフバランスに関するランチョン企画を開催しました。ちょうど前年度でCVIM研究会の幹事を退任して余裕があったのと、普段MIRUの子育てslackチャネル(そういうのがある)でわちゃわちゃしているのがあって、企画の主催をさせていただきました。MIRU自体が久しぶりのオンサイト(ハイブリッド)開催という中、事前の準備から食事提供に関連した当日のオペレーションまで色々と大変でしたが、企画メンバーのおかげで大変好評をいただくことができました。企画を通して自分自身のキャリアビジョンも深まった感があり、何らかの形で来年度以降も継続されていってほしいと思います。

研究はうまくいかない?(CV最前線)

コンピュータビジョン最前線の巻頭言で上記のようなエッセイを寄稿しました(巻頭言だけ無料で読めるようです)。端的には「アイデアの試行錯誤は効率的にやりましょう」ということを言っています。

研究

今年度は会社の運営業務が忙しかったこともあって、主著のプロジェクトはいったんストップし、インターンのメンタリングや他メンバーの研究のお手伝いを中心にやっていました。

査読

IJCAI, ECCV, NeurIPS, AAAI, ICLR, CVPRと、ML/CV分野を中心に査読していました。NeurIPS, AAAI, ICLRのコンボが重たく、そこに被っているいくつかの別会議(ACCV, WACV)や、その他単発で来るジャーナル査読依頼はやむを得ずお断りすることになりました。こうやってみると自分が徐々にコンピュータビジョン分野から離れているのを感じますね…

コミュニティとの関わり

「研究第一主義」「自立した社会人としての自覚を持つ」ーこれは僕が学生の頃所属していた京大松山研究室のスローガンです。「研究第一主義」は研究室のミッションを考えれば当然として、「自立した社会人」はどういうことでしょうか?

社会ー英語ではsociety ですが、その語源はラテン語のsocietās, societātem (“fellowship, association, alliance, union, community”)、さらに辿ればsocius (“associated, allied; partner, companion, ally”) だそうです。この語源に照らして、僕の中で「社会人であること」とは「何らかのコミュニティと関わりを持つこと」だと考えています。そして、「研究第一主義」と「自立した社会人」の二つを合わせたとき、「研究活動を通して、自分の居るコミュニティにどう関わっていくべきか」という問いが浮かび上がってきます。

研究活動とコミュニティ

確かに、研究者として生計を立てようとすると、「家族」「大学」「会社」「自身がコミットする専門分野のカンファレンスや研究会といった国内外の集まり」など、様々なコミュニティと関わりを持つことになります。上に挙げた今年度の研究活動のいずれも、成果のオープンソース化なりチュートリアル資料の公開なり、何らかの形でコミュニティに対して貢献しようとした取り組みだと見ることができます。また、ワークライフバランスも「仕事・職場とプライベート・家族という二つのコミュニティにどう関わっていくか」という問いだと捉えることができそうです。

特に今年は「"論文"がリーチできるコミュニティや伝えられる価値は極めて限定的である」と感じるようになりました。論文は研究者と学術コミュニティをつなぐ主要なコミュニケーション手段であり、パブリケーションリストは就活や予算獲得において依然として重要である一方、PDFフォーマットに押し込められた文章と図だけでは伝えられない情報はたくさんあります。また最近のAI研究において、論文の公開に合わせたSNS等での多面的な広報は当たり前になりつつあります(一方で加熱する広報合戦に対し、たとえばCVPRでは明確な規制のガイドラインが制定されました)。論文採録についてニュースリリースを出したり、プロジェクトページや公開実装を用意するのはもちろんのこと、ウェブ上ですぐに試せるデモが公開されることも増えてきたように見えます。このように多様な形で成果を世の中に伝えたい場合、それに適した異業種間での密な連携が重要であると思います。異分野連携はこれまで色々とやってきましたが、これからは異業種連携を頑張っていきたいです。

また、これは自分がよく失敗するので気をつけたいという話ですが、研究活動やその成果を専門外のコミュニティに伝えようとしたときには、相手に応じた適切なコミュニケーションが不可欠です。研究から事業への橋渡しにしても、非技術コミュニティへのアウトリーチにしても、あるいは社内の制度設計にしても、「相手が属しているコミュニティには異なる前提や制約、背景や価値観がある」という意識が足りないとミスコミュニケーションに繋がりやすい気がします。これは自分がよく失敗するので気をつけたいという話でした。

研究課題とコミュニティ

コミュニティとの関わり方は、自分の中で研究の方向性を考えるときにも大事な指針となっています。とりわけ大きめのプロジェクトを立案するとき、「その研究成果が分野の中で良いポジションを取れるか」を常々意識するようにしています。同時に、「自分のいるチームはその研究をちゃんと遂行できる体制にあるか」も、コミュニティ(この場合はチーム)との関わり方を考える大事な観点になります。競争的資金の申請書を書くときにも同じような話を聞きますね。「分野の中で未開拓の課題があり、チームがそれを遂行できる体制にある」ーこれが一番理想的な状態だと考えます。この対極となる例を挙げるなら「チームとして遂行できる体制になく、分野の中でもtrivialあるいはレッドオーシャンな課題に取り組む」でしょうか。こういう状況になってしまった場合、「まずチームとしてその分野の最先端にキャッチアップし」「その上で適切な課題設定にシフトする」といった段階的な解決が必要となりそうです。

実際にこれまでの自分の取り組みを振り返っても、良い成果に繋がった研究は大抵上に挙げた要件を満たしていました。たとえば最近携わっている経路計画の研究プロジェクトは、「AI分野で古くから研究されているアルゴリズミックな経路計画」と「最近流行っているend-to-endな機械学習ベースの経路計画」の双方を抑えつつ、かつ「古典的な経路計画アルゴリズムで解きやすくなるような問題表現の機械学習」というユニークな立ち位置も見出すことで、多様かつ継続的な成果の創出につながっていると思います。チームとしても機械学習とアルゴリズム、理論から応用まで、メンバーの専門がうまく散らばっており、「経路計画」を軸に幅広いアプローチを研究しやすい体制になっています。

まとめ

全体として、「研究をして論文を書く」以外の活動に注力した一年だったと思います。しかしこれは「研究ができなかった」わけではなく、「研究活動として取り組む内容の幅が広がった」のだと捉えています。「研究活動を通して、自分の居るコミュニティにどう関わっていくべきか」を常に意識しつつ、来年も頑張って研究活動をしていきたいです。

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