見出し画像

日記と珈琲_2月

からだの8割が「珈琲と映画と本」で出来ている医学生です。医療現場の近くに立ち、弘前に住みながら撮った写真と日記をまとめました。


02/01
12時、昼休み散歩。〈THE STABLES〉で展示中の「冬の星耕硝子」。ガラスをじっくり眺めながら、泡の位置がいいな、八角形の芸術だ、肌に吸い付く質感、なんて考え事しておろおろ買える作品を前にすると、鑑賞したいだけなのか日用にしたいのか、欲望の境界線上で遊んでしまう。値段だけ覚えて、なにも買わずに退店する。
13時半、スポーツ外来(とはいうが実質的に膝外来)見学。診察を終えた筋骨隆々な先生がこちらを振り向いて立ち上がった。緊張で体がこわばるも、先生は和やかな表情をされている。ぼくの出身地を聞いてきてさらに質問を続けた。どうやら歓談に耽りたいらしい。先生は、ご自身の足を見つめる。ぼくと一緒だ、と思った。ときどき目配せをして、机の脚に片足のっけて、腕組みした体を前後に揺らし、いかめしさとは裏腹に緊張している。
BROTHERにてCOFFEEMAN good Bolivia 4 LLAMAS Geisha CH 700円。

02/02
通路で、最も黒い服の女性と最も白い服の女性がすれ違った。
MIA COFFEE ROASTERS エチオピアウォッシュド Large 790円。

02/03
曇り、実習班5人でスキーをする。実習の早起きは骨身に沁みるが、今朝の6時起きは心が軽かった。医学部キャンパス正門とコンビニで待つ4人を乗せて、スキー板と荷物を載せて、ぼくが運転する車は〈青森スプリング・スキーリゾート〉に到着した。標高396mからの眺めは良く、岩木山の裾野が広がる。津軽平野があえかな光で照らされていた。遠くの海岸線、手が届きそうだ、と思った。
受付は訪日観光客で賑わい、異国の風が吹いている。班員が「こういうの良いですね」と言って、10月に一緒だった台湾の留学生を懐かしく思い出していた。
ときどき休みながらスキーをして、雪質良く気持ちが良い。追い越し追い越されながら、おもむろに取り出したカメラで班員の笑顔を撮影した。
リフトに揺られてぼんやり眺めていたら、木の枝がよく伸びているのに気が付いた。幼少時から知るスキー場の景色が微妙に違う。山の端こそ変わらないが、そばから生えた木の枝が昔より迫ってくる。所々に刈られた跡は薄茶色。山が動く、という表現に新しい意味を与えたくなった。
16時に滑り終えて下山。へとへとの車内は「食べ物禁止しりとり」で盛り上がっていた。車は〈みんぱい 八幡町店〉に向かう。
クラフトボス 無糖ブラック 差し入れ。

02/04
13時、ハンバーガーが食べたい、と言ったおばあちゃんにマックのチーズバーガーを、美味しかったからまた買ってきて、と言った父に〈しかないせんべい〉の「りんごがゴロゴロクーヘン」を届ける。昨日のスキー旅行に使った7人乗りの車とぼくの愛車を取り替えて、凍れる道を駆け帰宅した。
café Demi Demi でみでみブレンド浅煎り 550円。

02/05
小児科の実習開始。弘大病院東病棟3階にある小児科病棟の壁はパステルカラーの動植物が描かれている。西側が深海、東側が草原になるようデザインされた壁には、巣を作るクモ、ダイバーと泳ぐクジラ、視界いっぱいの花、沈没船を覆い隠すダイオウイカ、魚群、宝箱。心なしか廊下が明るく、保育園ような朗らかさを感じさせる。子どもに付き添う親の姿が見える。でも、泣いている子どものベッドに親がいないこともあり、いたく心揺さぶられてしまう。時折り、悲喜交々の声が廊下を伝う。ぼくたちが待機する実習室の扉は7時から21時まで開放しているので、よく聞こえてくる。実習が終わった帰り道で、カレーのにおいが漂っていた。
クラフトボス 無糖ブラック 150円。

02/06
朝、メンチカツパン。コップ一杯の水道水。
8時、登校。赤く錆びた錐が歩道の隅に捨てられてあった。黒コートとビジネスリュックの坊主サラリーマンが、尋常じゃない速さで追い抜く。ぐんぐん距離を離すから競争心に火が付き、負けじと足並みを揃えてみたら両側前脛骨筋に悲鳴が湧いて断念した。
13時半、カンファレンス。2時間、心臓・血液・腎臓・神経グループの先生が病棟の患児を紹介している最中、意識が消失しかけて、さぁ!学生さんからそろそろ質問来るかな、と後ろに座った司会に振られ当惑する。
15時半、実習室でレポート作成。自前のパソコンに打ち込みながら5人で雑談をし、国家試験の問題を出し合う。眠気がピークに達して会話のほとんどが聞き取れなかったし、答えがわからなかった。
16時、下校。中ぐらいのキャリーケースが2つ、ごみ捨て場に捨てられてあった。

02/07
母の想いを聞き、子の願いを聞き、涙の診察。

02/08
朝、構内の雑木にヒバリのようなものが見えた。春が近い。
TULLY’S キリマンジャロ 147円、COFFEEMAN good Welcome ! Aomori Blend 抽出。

02/09
16時、あっ!!!!(70dB)、と先生が叫ぶ。それを聞いて、患児の報告を辞めた若手の先生。オーダーし忘れた?数値に何か異常があった?大事なことを思い出した?心拍数が上がる。静まったグループカンファレンスを渋々割って、視線を集めた先生が、「学生さん、発表でした……」と振り忘れたことを謝り、大きくずっこける。中堅の先生が動揺を解いた声で、安心したぁ……、と呟きながら笑う。談笑。ぼくはまだ動揺している。なぜなら、順番を飛ばされかけ途中から発表しなければならなくなった学生が、ぼくだったのだから。
PINO Coffee Roaster ブラジル キャラメラード 抽出。

02/10
13時、第3回 ケアとまちづくり未来会議にオンライン参加。iPadを開いて、テレビのように眺めながら全国津々浦々の実践例を聞き、メモを書き留める。福祉環境設計士 藤岡聡子さんが「大抵ふざけてるけどポップに。使っている自分自身が違和感ない言葉を選んで進めている」と言っていた。自分なりのコンセプトがないと場・人がずれていく、とも言っていて痛く共感したのを覚えている。閉会。5時間のイベントで書き留めたメモを見返してみて、Wordに清書していたら3000字近くになってしまった。宝石のような金言たちを誰かに伝えたくなり、興奮が冷めやらぬ。
PINO Coffee Roaster ブラジル キャラメラード 抽出。

02/11
9時、運転中、雲間から青空。濡れた道路との境界が、青で曖昧になる。
10時、『PERFECT DAYS』鑑賞。〈シネマヴィレッジ8〉CINEMA8の100席近くを埋め尽くす観客。スクリーン直下の椅子に腰掛け、隣にマスクの老父ふたりが着く。あたりを見渡すと、ぼくよりひとまわり上の人、人、人。同年代の人が見当たらなくてすこし寂しい。鑑賞後、どうやって映画が作られたのかが知りたくなって、1,100円のパンフレットを1部購入。
17時、雪が重たく降ってきた。インスタのストーリーズで誰かが雪を見て「ティッシュみたい」と言っていたのが気になって、真っ直ぐに帰らず、五所川原鶴田間の知らない土地を分け入って遠回りした。この辺かな、と思った場所でハザードランプを焚いて、津軽平野が薄く白く広がる景色をカメラに収めた。
PINO Coffee Roaster ブラジル キャラメラード 抽出、珈琲詩人 モカ 720円。

02/12
朝、早起きして450円の温泉に入って身体を綺麗にしたら、家の余った椅子をリサイクルショップで売って850円を受け取り親友各位を拾う。時間通りに晴天下を運転する。
12時、〈花時計〉でナポリタン大盛り(180円増)を注文。高校時代からの馴染みの店、テーブル型のゲーム筐体、直径約30cmの大皿にのせた真っ赤なナポリタン、並んで座ると肩がぶつかる狭さも健在。 オムライス大盛りを頼んだ親友は「こんだけデカいんだったらフライパンもデカいよな。シェフの腕力も凄そう」と言い、厨房にどれだけデカい人がいるのか想像してみたことがなかったことに気づいた。もし屈強なオヤジがいたとしたら……。
13時、勉強。
15時半、『Poor Things』鑑賞。昨日に引き続き〈シネマヴィレッジ8〉、CINEMA6はまばらな人数。昨日もらった割引券でみんな200円引き。後方の席に着く。壮年夫婦、若いカップルの姿も見えたがこの映画、R18指定。もちろん子どもの姿は無い。パンフレットは売り切れていた。
TULLY’S COFFEE デカフェコーヒー 485円。

「再入荷予定あり」の文字が見えたので、その後、もう一度買いに向かったが、またしても売り切れであった。

02/13
父子。「あれ、母ちゃん◯歳だっけ。」「いんや、◯-1歳だよ。」「……帰ったら怒られるな。」
クラフトボス ブラック 147円、医局のカプチーノ ゼロ円。

02/14

02/15
サイゼリヤのミラノ風ドリアを食べる祖母が昔話を聞かせてくれた。「『かくは』って百貨店あったんだ。土手町の通りの角の。むかしってせば(地元に)店ねがったはんで汽車さ乗って行くんだ。ちっさかった時からあちゃこちゃ行ってあった。弘前さも行ったし、青森のおばさんのとこさも行った。おばさんの旦那さん、軍の人だったんた。位、良がったんたな。ほら、弘前の国立の病院、むかし兵隊の病院だったの。おばさんの旦那も行って、廊下だの歩いてれば(ピッと)敬礼ささったんたなぁ。」

02/16
11時、患児と互いの夢を約束する。「「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った!」」
17時、帰路。長靴の老婦。電線に雪の帯。‍消えた白鷺の川辺。低空の鴨。猛風に逆巻く前髪。落陽が細い雲に隠れている。
PINO Coffee Roaster ブラジル キャラメラード 抽出。🐈‍⬛

02/17
函館旅行1日目。

02/18
函館観光2日目。

02/19
8時、産婦人科の医局に集合しオリエンテーション。先生が、院内を紹介します、と言って早歩きでぼくらを案内する。置き去りそうなほど速く廊下を歩き、後ろを振り向くことなく4階まで階段を登り、主要各所に連れていってもらえて、班内に不穏な空気が漂った。
12時、飛行機雲の下に霞が広がり、その中に飛行機雲から落ちた線状の影が伸びていた。
17時、掃除、洗濯、ティラミスの仕込み。
19時、カルボナーラを振る舞う。計6名。「回数重ねるごとに美味しくなりますね!」とお褒めの言葉をいただき、創作意欲が増す。
19時半、『DUNE part one』鑑賞。その後、ティラミスを振る舞った。
PINO Coffee Roaster ブラジル キャラメラード 抽出。

02/20
総合診療の勉強会に出席し、ナラティブ・ベイスト・メディスンを学ぶ。医療における病の意味付け、会話という処方、書くことの意義、涵養する方法を知ったとき、日記を書くことと重なり、創作意欲が湧いてきた。駐車場を抜けて、欲望に従順、書くことの根源を探る旅に出た。

02/21
手術3件。助手1回。パニックの最中、心に焼きついた臓物絵図。
18時半、手術が明け、病院を出ると雪が降っていた。出口から暗闇に伸びる足跡が見えて、先に帰れて羨ましいな、と思った。更衣室で6時間ぶりにスマホを開く。まるで禍の種を詰めたパンドラの箱のように、非難、訃報、催促、家族からの悲報が飛び込んできた。呼吸が浅くなり、ベンチにうずくまる。目を瞑って、1、2、3!と数えて起き上がった。2月21日の厄災がぼくを試している。そうだこれは試練だ、そう思って押し潰されそうだった身体を軌道に乗せ、友に電話した。

02/22
18時、珈琲2杯。眠気覚ましに。
20時、『BEAU IS AFRAID』鑑賞。親友と。190分後、放心状態で静かな車内で感想共有していた。"ボーの人生体験"が頭を通過したことで父性、男性性の不安、母性、社会への恐怖が浮かびあがった。あれほど根源的なおそれを追体験することはそうそうないし、作り手の深層心理に迫る何重もの入れ子状態の映画を他に見たことがない。
PINO Coffee Roaster ブラジル キャラメラード 抽出。

02/23

02/24

02/25
夜、足で氷を砕いて食うような、寒くて硬くなったべちゃ雪の上を歩いて音を立ててみると、振動が骨と骨を伝い聴覚に届くので、イヤホンをしてでも足底部の音を拾うことが出来ることに気づいて、一人感動した。
FRIEDHAT EL SALVADOR 120HR ANAEROBIC 抽出。

02/26
「体外受精で数年前に採取され受精した卵が、一個はその年に移植、もう一個は凍結されて別の年に移植されるのって不思議なことだよね。受精は一緒なのに、生まれるのが別の年になるんだから」という話を聞いて、宇宙旅行、四次元ミンコフスキー空間での航行距離の差で歳の差が生ずる「双子のパラドックス」を思い出す。摩訶不思議、時間旅行的数奇な出生歴を持つ子どもたちは、いまもこの世界のどこかに、確かに存在する。
クラフトボス ブラック 150円。

02/27
昼、後輩らと〈虹のマート〉へ。昼食を650円以内で買いましょう、という提案に誘われて、ぼくは惣菜屋の日替わり弁当500円と揚げ物屋のたまご串70円を買った。二人は、同じ惣菜屋から日替わり弁当と豚の角煮とおにぎり、別の惣菜屋から茶碗蒸しを買って食べていた。もともと〈れいんぼうかふぇ〉のあったあたりのテーブル席で食べて、ひとり〈BROTHER〉の珈琲を買った。手隙に本棚の岡本仁『ぼくのコーヒー地図』を手に取り読んでみて、ぼくと変わらない珈琲に取り憑かれた文筆家のやわらかい文章に感動。ふと思った。ぼくも珈琲をどう捉えているのか、何年後かに一冊の本にまとめてみたいな、と。そのとき、今日のBROTHERのように立ち寄れるカフェに入って、思索に耽りながらだらだら書いて、ぼくみたいな人がこの先の時代で手に取って、珈琲のある地球に生まれて良かったと思えるくらい、ぼくの感動を分けてあげたい。
17時、家の玄関にネットで注文した「芸術新潮」が届いていた。今月号の特集は、安部公房だ。
BROTHER Ethiopia ALAKA Sun-dried Natural 550円。

02/28
19時半、班員全員(隣の班も)集合して〈Pub Granpa〉。「まだ2日間あるけど、1年間の実習お疲れさま〜かんぱ〜い」と年長班員の音頭で5年生の実習を労った。よく1年間、何事もなく過ごせたものだ……と感心して酒とご飯が進む。
しみじみ思い、気恥ずかしく話さなかったことを自省録として書き遺す。実習班が組織された4月、恐怖に支配されていた。年長で寡黙なぼくが蚊帳の外になるんじゃないか、と。会話が壁。速いテンポ、知らないこと、すべてが恐怖の対象だった。顔色をうかがい視線の先に気を払って話していたら、いつの間にか心が解けて、この人は皮肉屋だがめちゃくちゃ人懐っこくて、この人はメンタルと集中力の鬼だが琴線が切れるとお人形さんみたいで、この人は無駄を嫌うけど賢く趣味は職人気質で、この人は具に探求するけど感情が豊かで美しいものを前にして言葉を失うことを知った。ぼくは「お父さん」のように映っていたらしく、ぼくらの班はまるで団長率いるサーカス。多様性の幸せを見つけることができた。今晩はあのときとは違う。知らないことに怯えず微妙な距離感で笑い合う飲み会。何年経っても何度でも思い出したくなる光景である。
🐈‍⬛

02/29
閏日。午前、担当患者さんが下を向き、丁寧に敬語を使うことに違和感を覚えた。ぼくと話したくないのか、他のことに時間を使いたいのか、何度も「ありがとうございます」「おかげさまで」「はい、特に変わりなく」と言って手元の道具に視線を落としてぼくとは交えず追い払っているのだろうか。以前、別の担当患者が、毎日毎日ご苦労だねぇ、今日は疲れてるからお話ししたくないの(だから帰ってちょうだい)、と言われたことを思い返し嫌な憶測が生まれて、紙カルテを書く手が遅くなる。
夕方、薬局の入り口に、赤子を抱え大刻みに揺れる女性の姿が見えた。横断歩道の赤信号で待たされる間、遠くで舞う慈愛のそれを見て感動していた。この世の踊りをすべて重ねて平均化したらさっき見た普通の踊りになるのではないかと考えていたので、ぼくって複雑に考えて単純なことに心動くんだなぁと思わされた。
クラフトボス ブラック 150円。

2月は雪とともに去りぬ。

<前の月に戻る

3月分は、4月になれば。
今月分を素地にしたエッセイを3月中旬に投稿します。

プロフィール
米谷隆佑 | Yoneya Ryusuke

医学生. 98年生. 2021年 ACLのバリスタ資格を取得.
影響を受けた人物: 日記は武田百合子, 作家性は安部公房, 詩性はヘルマンヘッセ, 哲学は鷲田清一.
カメラ: RICOH GRⅢ, iPhone XR

Threadsで日毎の投稿をしています。カメラで言う「撮って出し」の無加工状態です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?