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『あがのあねさま』感謝特別編

   本編はこちら。

総 裁 ふむう。
ツバメ どうしたんですか。
総 裁 我が著者、いつのまにかこんなモノを書いておった。
ツバメ なんですかこれ。
総 裁 どうやら『あがのあねさま』本編の後日譚らしい。
ツバメ えっ、そんなの書いたんですか。
総 裁 すっかり好評に気を良くしておるようだ。じつにけしからん。
ツバメ そんなことないですよ。私もあれ読んだあと、阿賀野さんたち三姉妹ともう少し一緒にいたくなりましたもん。
総 裁 そうなのか?
ツバメ そうですよ。でもこれ、公開するんですか?
総 裁 著者も迷っておるらしい。
ツバメ 迷うことかなあ。喜んでもらえてるんだから、どんどんやるべきですよ。
総 裁 そうか。ならばよいとしよう。感謝の気持ちでもあるからの。
    この後日譚は本編のすぐあと、2030年弥生(3月)の話である。


『あがのあねさま』2030年弥生(3月)

 ホログラフィ表示のログインのサインに触れて認証するときの独特の嫌な感触は何なんだろう、と私、能代は思う。

 認証は普通に通るのはわかっている。今はパスワードを使わなくても、他のさまざまな要素を複合して認証するのだが、それでもIDとパスワードを使うときのような独特の嫌な感じがする。私が私であると認めさせるだけなのだが、どこかで私が私でないとされてしまう万が一を恐れてるのだろうか。そんなわけはないのだが、認証でトラブることはゼロではなく、そのトラブルの嫌な思いはIDとパスの時代より今の複合認証になってさらに大きくなったような気がする。

「のっさん、私も認証するの?」

 三女の矢矧が同じようにログインサインに触れようとしている。

「だからなんでのっさんっていうのかな。こんなに嫌がってるのに」
 私は口を尖らせる。

「程々にね。はたから見ると公務だと思われないかもしれないから」
 現実世界の新発田防衛センターから長女・阿賀野がいう。

「そんな。だってこれはメタ没入ネットワーク世界での情報処理の実習よ?」
「理解してない人から見ればゲームみたいに見えるわよ」
「ゲームじゃないのになー」
 私は頭をかいてしまう。

「そもそもネットゲームなんてネトゲ廃人を生んじゃうぐらいだもの。程々にしないと時間を浪費するわよ」

「それも少しあるだろうけど、こういうネットのスキルがなければ解決できなかった事件も多いのよ。ネットはもう一つの地球になりつつあるんだから」

 私はそう言い返す。

「でも本物の地球と同じかそれ以上に病んだ世界になりかけてる」

 それを聞きながらログインを承認され、私はネット内での身体を身にまとった。隣で矢矧も同じように変身している。

 そこに一斉に周りから、メッセージで『その持ってるアイテムくれ』が送られてくる。

「なにこれ?」

「子供ユーザーよ。小中学生は課金できないから、この没入世界の高いアイテムや装備をそうやって物乞いしたがるの」

「そうは見えないけどなー」

「ネットのアバターと実体はなんの関係もない。だから見た目で判断しちゃだめ」

「そうなんだー。でもみんながみんな、大人じゃないでしょ? 見ただけでも高そうなアイテム持ってる人がこんなにいるのに」

 矢矧が不審がる。

「それは直接の課金ができなくてもバイトで稼げる子はいるのよ。プログラミングからネットデザインで稼いでる子も」

「そんな頭いい子ばっかりなのかなあ」

「そりゃそうだけど……」

 現実世界の阿賀野が資格試験の問題集を見ながら言う。

「統計的に裏は調べてないけど、なにか不思議ね」

「政府もまだまだ、こういうのの統計なんて取るほど気がきいてないからなー、なにか闇バイトがあるのかも」

「なつかしの『オレオレ詐欺』!? 『出し子』!? 『受け子』?」

 矢矧が目をやたらキラキラさせている。

「今は複合認証が送金にもメッセージにも必須になって、廃れたって聞いてるけどね」

「……そうよね」

 阿賀野が考え込む。

「かといってこれだけで捜査するわけにはいかないでしょう。私達は警察でもないから捜査権ないし、事件にまだなってないわけだし。事件が起きる前に捜査はできないししちゃったらそれこそ大問題よ」

「そうだけどなー。って、おおう!」

 私は声を上げてしまった。

「どうしたの?」

「あれおかしいわ! あの子、なんで『アルマータ』なんか装備してるのよ!」

「『アルマータ』? 何それ」

「先月リリースされたばかりの最新鋭の論理外骨格! あれ買うとめちゃ高いのよ!」

「え、どれぐらい?」

「現実の現金にしたら車の新車が買えちゃうぐらい!」

「子って言ったけど」

「ええ。見た目は成人だけど、あれ中身は中学生よ。その隣も!」

「え」

「その隣の子の着てる論理外骨格『プルラヴィ』もめちゃ高い。なんであんなの持ってるのよ」

「石油でも掘り当てたのかな」

「たしかに新潟でも石油出るけど、そんなお金になるわけ無いわよ。きみたち! なんでそんなの手に入れたの!」

 私は論理世界に響く大声で聞く。

「あ、逃げ出した!」

「のんちゃん、追っかける?」

 矢矧が聞く。

「ええ! おかしすぎる!」

 すると矢矧はアバターの背中から翼を生やし、飛び立った。

「あれ、のんちゃん? 追っかけないの?」

 追跡に飛び立った矢矧とは別に、私は論理パネルをいくつも開いていた。

「やーや(矢矧)が追っかけて。私はここで彼らのウラをあたってるから」

「え、私もそっちのほうがいいなあ」

「でもあなた、この論理世界の解析プログラム、まだ使えないでしょ」

「うぐぅ」

「変な声出してないで追っかけて」

「もー、しかたないなー。わかったわよ」

 私は開いたパネルを操作し、彼らのIDからその所持するアイテムの決済情報を照会する。不正資金の流れがつかめるかもしれないからだ。

「まってまってー」

 矢矧が翼を広げ、彼らを追いかける。だが彼らもスイスイと飛翔して逃げていく。

「まつわけないわよね」

 矢矧が追いかけていく向こう、このメタ論理世界の『情報の大森林』に彼らは消えていった。

「のんちゃん、見失っちゃった!」

「……仕方ないか」

 でも私の手元の論理パネルには、同じように不釣り合いな装備を持つ少年少女52名のIDと個人情報が手に入っていた。

「ええと」

 そのあとだった。どっしりと重い曇り空の下、雪の積もる新発田市。
 いつもの私たちの基地、新発田防衛センターで司令が腕組みしていた。

「こういう個人情報の収集はうちの隊の本来任務じゃないんだよなあ」

 私たちAI三姉妹は司令の前に整列して『お説教』を聞く姿勢になっていた。

「警察の仕事だからなあ。これ。だから収集について論理世界の運営会社から照会がきてるよ。どういうつもりで照会したのか、って。ほんとは裁判所通さないとできないことだし、裁判所通すためには、その前に警察動かさないと。でも、それ、やってないよね」

「すみませんでした」

 私はそう声を絞り出す。

「しかし!」

 続けてそう抗弁しようとする私に司令は穏やかに声をかぶせた。

「まあそうしちゃったのも無理はないけどね。子供がとんでもない高級車乗り回してれば何だそれ、ってなるのは普通だ。だけどそれで資格ないのに捕まえちゃったらマズかろう。第一には警察に通報するのが普通だよね」

「でも警察への通報にしても、論理世界内では運営会社への通報が先に必要ですし、警察がそれを受けて裁判所通すなんてやっていたら、時間かかりすぎて背後で起きてることがもみ消されます」

「正直、そうだとオレも思う。でも、建前は建前として、やっぱり守ってほしかったなあ」

「すみません」

「特にこういうのさ、オレが本省に叱られるだけじゃ済まない話だからなあ」

「すみません」

 私が言うと、阿賀野が口を開いた。

「のん(能代)ちゃん、すみませんではすまないことよね」

「わかってます」

「いや、わかってない。個人情報の取扱はこういう現代だからこそ厳格にしなければいけないわ」

 私は阿賀野の追及におどろいた。

「あー(阿賀野)さん!」

「これは法律違反の話よ。かばうわけには行かない。司令、そうですよね」

「まあな」

「ですよね。処分ものですよね」

「そうなんだが」

 司令は言いよどんでいる。

「では、私、阿賀野が旗艦として戦隊所属艦・能代を処分します」

「ええっ! あーさん!」

「抗議は受けません」

「あーさんなんでそんな! 妹じゃないの!」

 矢矧も驚いている。

「姉妹艦でも法は法。厳正なる処分が必要です」

「阿賀野、君は」

 司令も驚いている。

「司令、能代を1週間の執務停止とします。これでいいですよね」

「執務停止!」

 私は思わず口にしていた。

「そうするしかないかな」

 司令と阿賀野の目があった。

「じゃあ、そう処分したと本省に報告する」

「もうしわけありませんでした! 能代、矢矧も!」

 阿賀野が謝罪し、それを彼女は私達にも指示した。

「すみませんでした!」「でした!」

 司令は全員の謝罪を受けて、うなずいた。

「あ、それと能代。この件で警察から君あてに報告が来てるよ。読んどいて」

 司令がそう続けた。

「え、執務停止では」

 そう言いかける私の裾を阿賀野が引っ張って止める。

「承知しました!」

 阿賀野が代わってそう答えた。

「あーさん」

「こうでもしなきゃ、あの場が収まらないでしょ。収まらなかったら本省から呼び出されての処分になってもおかしくない。それだけの重大事件なのよ。自覚してる?」

「そうだけど……でも」

「司令も私もかばいきれないことだけど、やれることはした。だから、あなたもわかってるわね」

「……?」

「警察はあなたに報告してるし、司令も私もそれを承知してる」

「……まさか!」

 私は気づいた。

「わかったならとっととやるの」

 阿賀野は微笑んでいた。

「いいなー、のんちゃん。調べごと時間自由にできて」

 矢矧が言う。

「良いわけ無いでしょ。私、執務停止処分の身なのよ」

 私はそういう。

「それでもこのセンターの中でふつうにいろいろしてるけどね」

「執務は停止でも、私たちみんな、ここのほかでおとなしく謹慎できる場所もないのよね。実際」

 阿賀野がそうつぶやく。

「警察からの報告って?」

「私の作ったリストの子の個人情報を警察と照合してもらった。みんな行方不明になってた子らしいの。捜索願が出てる子、児童相談所が支援必要と判断してる子がどっさり」

「のんちゃんの勘が当たったわけね」

「でもあの子たちを保護しようにも、背後関係がわからないし、みんなの物理的な身体の所在がわかんないから手の出しようがない」

「そっかー」

 矢矧がうなずく。

「みんなどっかにあつめられてるのかな」

「リモートで分散したままなのかもしれないけど」

「いや」

 阿賀野が言う。

「あの子達をまとめる側からしたら、分散監禁なんて手間とお金かかってめんどくさいことはしないと思う。きっと一箇所に集めて集中管理してるんじゃないかな。今、こういう状態が始まった時期と、あの子達の生命維持に必要な物品・電力に相当するぐらいの消費が増えてる場所を探してるわ」

「どっかにアジトを作ってるのね!」

「そう。それも多分郊外とか僻地ではなく住宅地に作ってるんじゃないかな」

「葉を隠すなら森に、ってわけ?」

「そう。それもおそらく、住宅地の廃マンションじゃないかと思う、いま物件探してる」

「でも、あの子たち、身代金要求もされてないのよね」

「そして自分の意志で論理世界内でお金も使っている」

 私達3人は考え込んだ。

「いくつか廃マンションのあてがでてて、それを照会してるわ」

「警察みたい」

「さっき警察から連絡があって。一緒に調べたいって。でも彼ら、それなのに実際やる気なさそうなのよね。仕事増えちゃうし」

「現に52人も不審な行方不明になってるのに?」

「行方不明者って実際多いのよ。警視庁への届け出だけで毎年7万人もでてるんだから」

「そんなにいっぱい……」

「そして6万6千人がそこから所在が無事確認されている。殆どは届け出当日から7日以内に確認解決に至ってるの」

「でもそうでない4000人はどうなってるの?」

「行方不明者のほとんどは家庭内の事情による家出で、戻らなかった4000人のうち3800人は死亡が確認されてる」

「げげっ」

「さらに残る200人は統計上『その他』になってるけど、だいたいはどこかで安全が確認されてる。だから警察としては事件だ、って慌てるより、まず様子を見ようってことになるみたい」

「でも高額なお金がからんでるわ。事件の匂いがプンプンするの」

「のんちゃんも刑事みたいなこと言わないの。でも」

 阿賀野が顔を曇らせる。

「ご家族からこの件、なんのアクションもないらしいのよね。普通、息子娘が行方不明になったら親は半狂乱になっても不思議はないのに。親子ってそういうものだと思ってたのに」

「おかしい、っていえばおかしいけど……なんでだろう」

「それを調べるのがあなたでしょ」

「もうっ! 執務停止処分中なのに、あたりまえみたいに働かせないで!」

「のんちゃんまじめさんだからなー」

「やーやも! どうしてこうなのかしら」

 私はまた口をとがらせる。

「でもそんなにこの時代って、親子の情がなくなる方向にきちゃったのかしら」

 阿賀野はそう考え込んでいる。


「よう!」

 そうしているときに来たのは。

「総理!!」

 私たちはみんなすっかり目が点になった。

「こんなところでなにやってるんですか!」

 時の総理大臣がラフなセーター姿で現れたのだ。

「いや、ちょっと近くまで来たから」

「なんですか! 時代劇『遠山の金さん』じゃあるまいし!」

「あるいは北○○の金なんとか」

 矢矧が眼をキラキラさせてまた言う。

「うわっ、やめなさい! もうっ。誤解を招いちゃうわよ!」

「というか、総理がそんな暇でいいんですか? そんなんでこの日本だいじょうぶですかホント」

 私たちはすっかりあきれた。

「そういうなって。総理、記者の夜討ち朝駆けを『まく』ために来たんだよ」

 そばにいた司令がコーヒー片手に説明する。

「……そうなんですか?」

「まあな。例の疑惑もたれちゃったから、すっかり公邸も私邸も議員会館も落ち着けなくてな」

 総理は頭をかいた。

「警備のSPにも仕事とは言えメーワクかけてしまうし」

 私たちは言葉を失った。

「仕方ないけどな。現実に例の疑惑ほどの金があれば、もっといい仕事が出来るよなあ、なんて思う。現実には貧乏総理道まっしぐら。あんまり金ないから、うっかり札束に負けそうになる。絶対負けないけどな」

 総理は笑った。

「ありがたいもんだ。東京から新潟まで上越新幹線のグランクラスで数時間だもんな。あれ? でも能代だけいつものコスチューム着ないでドテラ着てるのはなんでだ?」

「能代、うかつなことして執務停止処分なんです」

 阿賀野が説明する。

「そうなのか。でも処分うけてるのにやたら忙しそうにしてるが」

「それは」

 私は総理に説明した。

「しょーがねーなあ」

 聴いた総理の感想はそれだった。

「52人未成年行方不明事件、ていうけどさ、冷静に考えるとさ」

 ??

「彼ら彼女ら、もしどっかの企業に勤めてるとしたら?」

 私たちはまた眼が点になった。

「『私はあれからいい会社に就職できたので安心してください。私の性格にもあってるし、私の技術もすごく買ってくれてます。会社には社宅もあるし、いい先輩もいっぱいいます。会社も成長を続けています。そんななかで私は楽しく毎日元気に働いています』」

 総理はそう、存在しない手紙を読むように口調を変える。

「『だけどお願いがあります。今は探さないでください。時期が来たらちゃんと説明しますが、いま会社が請けている仕事の契約上、まだ黙ってないといけないんです。おねがいだから、警察が来るかもしれませんが、秘密を守ってください。警察も真相を知らないから調べていますが、いずれ明らかになれば何の問題も無い仕事です。私を信じて』」

 同じく手紙口調で阿賀野が続ける。

「……えええええっ!!」

 私と矢矧は目を見合わせて驚いていた。

「阿賀野もそう思ったのか」

「推理するとそうなります」

「昔からこういう集団ってあったからな。カルト教団もそうだし、カルトには経済カルトもある。ネズミ講の運営会社とか」

「それを今風にアレンジした組織ですか?」

「多分な」

「たしかに会社勤めしてる人が自分を社畜、なんていうけど、そういうもんなんでしょうか」

 私の問いに総理は腕を組んだ。

「まあ、組織ってのはいつも狂気におちるすれすれのところはある。だから倫理とか理念とか適法性が問われ、それを守ることでまともな会社でいられる。でもそうならなかった会社もある。数値偽装って犯罪の隠蔽作業を『プロジェクトX』にしちまった大企業もあったからな。はき違えたらどこまでもおかしなことになる」

「でも」

 阿賀野がまた口を開いた。

「そこまで狂った組織がなぜ存在するんでしょう」

「考えてもみなよ。アリやミツバチだってかなりの組織性をもっているんだ。利己的遺伝子でも自己犠牲が計算で示されてしまう。組織ってのは人間のもともともっている狂気もまた濃縮しちまうんだろう」

 そうしていると、部屋の中になにかがふわりと翼を広げて降りてきた。

「鳩?」

「いえ、私が送った鳩型ドローン」

 阿賀野がその鳩を手に止まらせる、.たしかにその鳩はあちこち機械になっているところが見える。

「何カ所か、廃墟になっていたマンションをこれで調べていたの」

 阿賀野は鳩をやさしくなでている。

「やっぱりね」

 阿賀野はそう言うと、この防衛センターの部屋のスクリーンに映像を映した。この機械鳩の撮影し中継する動画だ。

「あれ、でもこのマンション、人が住んでる普通のマンションでしょ。管理人さんが隣の家に回覧板もっていってるし」

「そう思うでしょ?」

 そのマンションのベランダに降りるドローン。

「カーテンもちゃんとつけてるし」

 だがそのカーテンの奥には。

「げげっ!!」

 びっしりと作り込まれた機械に包まれるような姿の子供たちが見えた。

「みんなブロイラーみたいに詰め込まれて、頭に何か付けてる」

「アクティブ脳磁計みたいな機械……なんだろう」

「人間の脳って、コンピュータにすると今でもそこそこ強力なものなのよ。その計算能力を使っててっとりばやく儲けるとしたら?」

「……暗号通貨の採掘(マイニング)?」

「たぶんそう」

「マジで!?」

「彼ら、脳を貸してその計算能力で暗号通貨の採掘をやって、その余った時間でメタバース、没入空間を楽しんでるのよ。それだけなら違法性はぎりぎりでグレーですむ」

「臓器を貸してても売ってる訳ではないから?」

「そうなのよ。だって、こういう変な機械に収まってるけど、あの子たちは『働いてる』だけだもの」

「でもあんなに詰め込まれてて、なにか法に触れたりしないの? 消防法とか!」

 私はそう口にする。

「ほんと悪い奴もいたもんで、よく見ると火災時の避難経路も消火器も用意されてる。法的に突っ込まれないように消防法守ってる」

「ある意味ヒドイ……」

「それに脳を貸してる時間もしっかり管理しているみたいだし」

「残業も無いのか……見た目はナニだけどまさかのホワイト企業」

「消毒もマメにしてるみたいだから感染症の心配も無い」

「これ、まさか、誰も困ってない、ってこと?」

「そうなっちゃうわよね。思えば自分の子供がブラック企業で死ぬまですりつぶされるよりは、見た目はナニなブレインブロイラー企業だけど、そこで幸せならそれでいい、って黙っちゃう親もいると思う」

「現実にはほんともっととんでもない企業がいくつもあったからなあ」

 機械の中に埋まって機械の部品のようになって働いている彼らを見ながら、私はため息をついた。

「悪い会社に入っちまって、死ぬまでいじめられるよりは幸せ、ってことなんだろうな」

 これも『働く』ってこと?

「……のんちゃん、どうしたの」

「冗談じゃない」

 私は叫んだ。

「冗談じゃない!!」

 みんな驚いている。

「働くってこんなはずない! というか、私たちどこまで社畜働きに疑問持てなくなってるのよ! たしかに時間をお金に変えるのが働くってことかもしれない。でもここまで自由を奪われ、機械の部品みたいにさせられて何がホワイト企業よ! 冗談じゃない!」

「でもこれに近い仕事はいくらでもあるよ」

「それでも仕事には喜びも値打ちもあるはず。誰かのために、人々のためになるから職業に貴賤は無いっていう。でもこの脳をつかって暗号通貨を採掘することのどこに社会的な意義があるの? 私欲に狂った馬鹿が欲を高速増殖させてるだけじゃない! こんなのが法に触れないなら法のほうが間違ってる!」

 私がそう叫んだそのあと、阿賀野が立ち上がった。

「やっぱり!」

「どうしたの!?」

「この採掘工場から救急に通報があったわ。未知の感染症らしい」

「ちゃんと消毒してたのに?」

「おそらく脳磁計関連に作用するコンピュータウイルスとバイオウイルスの中間、メタウイルスよ。この前イギリスで発見されたけど症例も少なく対処法がまだ見つかっていない」

「なんてこと!」

「やっぱりホワイトな訳はなかったよなあ」
 総理がそうつぶやく。

「マンションのガレージからクルマがフル加速で出ていくわ。きっと首謀者ね」

「追跡しましょう!」

「でもなんの嫌疑で? この件、犯罪として立件するの案外難しそうよ」

「阿賀野、あの姿見て、あれが人の働くまともな姿だ、って本当に思ってるの?」

「そうは思わないけど……」

「それで十分よ! 私の気持ちが奥底から目一杯に『こんなの許すな』って叫んでるんだもの。どっかでなにかの法は踏んでるはず!」

「そんなむちゃな」

 整備のクルーがいう。

「でも、それが案外『あたり』かもね」

 阿賀野はそう言って出動ジャケットをとった。矢矧も続く。

「のんちゃん」

「え。私は執務停処分中の」

「それどころじゃないでしょ。あなたも行くのよ」

 私は一瞬ためらった。

「行ってこい。責任はおれがとる」

 総理とアイコンタクトした司令が言う。

「承知しました!」

 私もジャケットをとり、表へ駆け出した。

「やーや、上空に占位して逃げた車輌を追跡して。のんちゃんは私と一緒に匍匐飛行で追撃する」

「矢矧了解」

「能代了解」

 私たちは翼を広げて新発田の街を飛び回る。新発田の街がバイパスの高架に囲まれた城塞都市のように見える。

「当該車輌は北上中。新潟東港を目指しているみたい」

「あるいは新潟空港ね。やーや、空港と港の利用状況リストを調べて」

「はいはいー」

 阿賀野と私は市街の電柱に張り巡らされた電線すれすれを飛ぶ。

「結局、電線地中化って出来なかったのね」

「その程度に貧乏だもの。いまの我が国は」

「警察は?」

「今マンションの子供たちの救出で手一杯みたい」

「しかたないなー」

「ちょっと待って!」

 私も気づいた。

「ものすごい通信妨害!」

「やーや! 聞こえる? 応答して!」

 阿賀野が呼びかけたが、諦めた。

「結局カネの力ね。ものすごい規模と強度の経路遮断操作が行われている。通信会社も電力会社も札束でサボタージュさせられてるみたい」

「やーやからの追跡情報に頼れなくなった途端」

 私たちの前で、そのクルマは消えていた。

「まかれちゃったね」

「でも海外に高飛びするには飛行機か船しかないわ」

「空港と港へわかれて先回りしましょう!」

「あーさんそういって港に行ったけど…」

 私は空港に着いた。

「新潟空港管制塔、現在犯罪容疑者を追跡している」
 通信で呼びかける。

「こちら管制塔。それどころじゃない。当空港は通信障害の影響により滑走路を全て閉鎖している。上空に待機中の4機の民航機に他空港への代替着陸を指示するところだ」

「そんな」

「犯罪者もここで足止めだ。他を当たってくれ。以上新潟空港管制」

 通信が切れた。

「犯人一味は自分の通信妨害で逃げ足を失ってるのかな。そんなことあるのかな」
 と思いながら私は新潟空港の駐車場に着陸した。

 陽が傾いていた。まもなく日没だ。空港ロビーが航空券の払い戻しをうける客に対応している。

「あれ?」

 その割には人が思ったより少ない。

 見ると、

「新幹線!!」

 そう、新潟空港に延伸した上越新幹線にみんな乗り換えているのだ。

「やられた!」

 私はそう唇をかんだ。この状態にも関わらず新幹線は平常運転だし、その輸送力ならその雑踏にごまかして姿を隠して逃げられる!

「阿賀野! 矢矧!」

 呼んだが応答が無い。

「完全に逃げられた……」

 私は空港のコンコースで立ち尽くした。

「何やってんの?」

 阿賀野と矢矧の声が聞こえた。

「だって、犯人、新幹線で」

「やだなー。今、新幹線は車内犯罪防止のためにセキュリティチェックがあるじゃない。顔認識が改札口にぜんぶ装備されてる。警察が要請すれば犯罪者は絶対にバレずに通れない」

「え」

「でも、その要請がされる前に犯人は新幹線に乗っちゃったみたい。でも警察は新幹線の車内で捜索もしてる。でも見つからない。どうやら途中で降りたみたい」

「降りた?」

「そう。どっかの駅で降りて、さらに乗り換えたんだと思う」

「でも何に?」

「はいせんせー、それならたぶんこれじゃないかなあ」

 矢矧が駅のチラシを見せた。そこには

 夢のようなひととき、目覚めたらそこは大阪、USJ、関空。
 寝台列車「ムーンライトきたぐに」2030年3月ダイヤ改正より運転開始!!

 とあった。

「寝台列車?!」

「そう。多分新潟駅で降りて、これに乗るまでテキトーに時間潰してるのよ。私ならそうする」

「犯人そこまでテツかなあ」

「この寝台列車、豪華SA寝台もある。シャワールームも高速Wi-Fiもあるし、軽食のとれるビュッフェも連結してる。犯人が身を隠すにはうってつけなの」

「やーや、あなた、そういって、ただこれに乗りたいんじゃ」

 阿賀野も眉をハの字にして困った様子で付け加える。

「半分は私もそうかなと思うけど、でもこの寝台列車、新幹線ほどセキュリティはきつくないみたい。いま鉄道警察隊に協力要請してるけど、彼らも手薄みたいだし」

「そうよ。だからじゃあ、新潟駅へ!」

「やーや、うれしそうにしないの!」

「やーや、なにしてるの?」

「寝台列車の入線の様子、動画に撮ろうと思って!」

「こういうときにテツなことしないの!」

「えー、せっかくなのに。あ、来た!」

 『ムーンライトきたぐに』として運転される589系寝台電車がHIDヘッドライトを輝かせて新潟駅に入ってくる。でもその窓の配置が複雑で銀色にブルーとホワイトのストライプがかざられた車体の車輌はJRではなく、かつての欧州のプルマン社のような寝台列車を保有運転する専門会社ジャパンレールスリーパー(JRS)社に所属している。

「お疲れ様です。鉄警隊です。犯人の人着情報、拝見しました。あと」

 敬礼する鉄道警察隊の刑事たちの続く言葉に、私たち3人は不審な顔になった。

「よう!」

 声に振り返る。

「よう、じゃないです!!」

 またしても現れたのはSPをつれた総理だった。

「新幹線乗り逃がしちまって。明日朝に大阪で公務があるし、丁度いいや、って」

「何やってるんですか……」

 あきれるが、矢矧はメチャクチャうれしそうである。

「しょうがないなー、ほんとに」

「これで犯人が予想通りに乗ってくれれば、車内で逮捕してそのまま大阪に連行できる」

 阿賀野がいう。

「長い夜になりそうね」

 私が答える。

「3人で寝台列車乗れる!」

 矢矧は声を弾ませている。

「もうっ。うれしそうにしない!」

 私は口をとがらせた。


 用意された寝台車の個室に入ると、隣の個室で賑やかな声が聞こえてくる。

「はて、お隣さんは女性3人であるのか」
「総裁声が大きいよー。個室でも騒ぐのはダメだよー」
「でも寝台列車の旅がまた出来る時代がきて、ほんとうにわたくし、うれしいですわ」
「これもSDGsのおかげね。ひどいっ」
「ひどくはなかろうに」

「個室のお隣さん、鉄研、鉄道研究部ご一行だって」
 矢矧はそう言いながらうれしそうに個室の中のいろいろなスイッチやレバーをいじくってみている。子供か。

「犯人つかまえるのが目的なのに」

「そうね」

 口をとがらせる私の前で、阿賀野は通路に出て、そこにある折りたたみ椅子を出して、物憂げに窓の外を見ている。

 発車時刻が迫ったことを告げる車内放送がなっている。


 そして発車のチャイムが鳴った。

 列車はミュージックホーンを鳴らすと、ゆっくりと走り出した。

 その夜、犯人と総理とその鉄研の子たちと私たちが夜食目当てにいったビュッフェでそろって鉢合わせして大乱闘になったとか、それで犯人を私たちが絞め上げたことなどは、活劇としては極めて凡庸で普通なので省略する。

 だがそのとき総理が「我が国で働くということがここまで貧しくなっちゃ、いけないよな」と言っていたこと、そしてその総理がその数年後、ベーシックインカム制度を、その欠点を全ておぎなう画期的な労働法制とともに導入したことは記しておく。

「のっさん、寝台列車の夜って、ほんと楽しいね!」

「うるさいっ!」
〈了〉


ツバメ これでおわりですか?
総 裁 さふなり。
ツバメ なぜか私たちも登場しちゃいましたね。
総 裁 いつもながら我が著者、やりたい放題が過ぎるのだ。
ツバメ 事実やりたいからやってきた24年じゃないですか。それでいいんだと思いますよ。
総 裁 うむう、そうかもしれぬ。ともあれ、こんな著者にお付き合いいただき、感謝であるのだ。もしよろしければ『いいね』を押してやってほしい。それなりに心弱ることもある著者であるからの。
ツバメ そうですね! よろしくお願いします!!


 本編はこちら!


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