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にわか雨のブルマ[連載小説]

 水泳の先生をやってくれるそろばんの彼との待ち合わせは、私の勤め先、街の役所近くのスーパーの駐車場である。

 私はそこに軽自動車を運転して向かう。

 役所の仕事も、もう一つの在宅パートの通信社の仕事も、勤務シフトがひどく減らされていた。

 収入が減るなかでの水泳教室の出費は痛いが、それでも身体を動かしたかったし、そして……なによりも競泳水着を見たかった。

 水泳を最後にやったのはたしか高校時代だ。

 あの頃は体育の授業一般が嫌いだし、なかでも水泳が大嫌いで、いろいろと理由を付けて水泳の授業をサボったものだった。

 夏真っ盛りの田んぼの真ん中の蒸し暑い高校。

 そこにせっかく当時出来たばかりのプールを私は使わなかった。

 今思えば女子の同級生もいたし、何かの巡り合わせてその素晴らしい姿を眼にできたのかもしれないが、私には眼に入らなかったし、入れてもいけないと強く思っていた。

 その前、中学時代はいじめられる日々だった。

 その陰鬱な時期。

 夏のにわか雨の日。

 外で励んでいた体操服の女子たちが雨を避けるために薄暗い校舎の中に逃げてきた。

 その緑色のブルマからにょきにょきと伸びた健康そのものの太ももを、私は30年以上過ぎた今でも鮮烈に覚えている。

 象牙のように白く美しく、ふっくらと曲線を描く太もも。

 まだ幼い性欲を刺激された以上に私はその体験を忘れられなくなった。

 さらにその中に、小学から一緒だった初恋の子がいたのだ。

 怜悧と輝くタレ目がそろう甘い顔には凜々しく誇らしげな眉がある。

 そのとき、膨らんだ胸が、濡れた体操着の下にグレーのスポーツブラを透けさせている。

「すごい雨だねー」と同級生と話している声すら可憐に快く聞こえる。

 全体的にも幼形成熟とも言うべき、大人と違う過剰にむっちりした、その素晴らしく性的な姿。

 私のまだ幼い脳はその光景を処理しきれず、そのときはただただ顔を赤らめて下を向いてやり過ごすしかなかった。

 その後から当時まだ出始めのパソコンで作りかけだった私のゲームのキャラ用のスケッチには、その子に影響を受けた顔が出始める。

 そしてその子の活躍するストーリーはまたその年頃の子供らしく粗っぽく残忍ないかにも厨二病のもので、私にとっては今思うと『愛すべき黒歴史』だった。

 それを一部公開するのはその30年後だ。そこまで私は成熟しきれないけど溢れてしまうエネルギーをひたすら持て余していた。

 私はそのスケッチで私の人生を変えるキャラクターに巡り会うことになる。

 その10年後、そのキャラの話で私は商業小説の世界に入ることになるのだが、それはまた別の話になる。

 そこから30年の年月を、私は毎日天国のような幸せと地獄のような失敗の間を往復機関のシリンダのように超高速で行き来する日々で過ごした。

 そのなかには元嫁との素晴らしい出会いと暮らしの日々、そしてそれを私の無能による低収入で台無しにした記憶もある。

 思えばありがたいことも多かったが、私はその全てを台無しにしてきた自覚に苛まれていた。

 もともと統合失調症と診断されるほどで、仲間うちでも密かに私をジェットコースターと呼んているのを知っている。

 いつもそんな調子で、ただ私はそれを受け入れることは到底出来ず、私のようなこんなクソ面倒くさい人間はこの世からすぐに消えるべきだ、といつも思っていた。

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