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『あがのあねさま』感謝特別編2

本編はこちら。

『あがのあねさま』2030年弥生(3月)#2



「あーさん、何? その仏花。だれか亡くなってたの?」

「あ、これ」

 防衛センターの給湯室で仏花の水切りをしていた阿賀野は私、能代の言葉に、黙り込んだ。

「どうしたの?」

 阿賀野はためらうので、私は不審に思った。

「のんちゃん、私たちに妹がいた、って話、したっけ?」

「え、高橋妙さんでなくて?」

「うん」

「本当?」

 阿賀野は軽くため息をついて、話し始めた。

「あなたも知ってるでしょ。旧海軍阿賀野型2等巡洋艦は4隻建造された」

「酒匂ね。旧海軍のはビキニ環礁での原爆実験で戦艦長門とかとともに沈んでしまった」

「そう。私たちも同じく4隻建造されたの。その4番艦の名は酒匂」

「本当? でも、仏花って事は」

「そう。彼女、すでに沈んでる」

「ええっ、本当?」

「うん。……可哀想で仕方が無いけど、彼女はそういう、悲しく短い生涯だった」

「そんな」

 私、能代は言葉がなかった。


「あーさん、のんちゃん、何その花。かわいいー」

 そのときやってきた矢矧がいつものように甘えた声で言う。

「そう。酒匂も、私の可愛い妹だった」

 矢矧はその言葉に凍り付いた。

「……え、私に、妹がいたの? 本当の妹が」

「ええ」

「そんな……なんで沈んだの? なぜ私たちといっしょじゃないの?」

「そうはできないのよ。無理だった」

「無理? どういうこと?!」

 矢矧は軽く取り乱している。

「この話、説明すると長くなるし、難しいけど、いい?」

 矢矧はこくんとその大きな頭で頷いた。

「私たちが建造されたのは横須賀、呉、長崎のジャパンスペースユナイテッド工場。でもその建造は日本がやれたわけではなかった。実際にはほとんどの建造工程は遠い未来側で実施された。私たちは4隻建造され、3隻目の矢矧までは予定通り、時空を越えて虚数テレポーテーション操作によってこの21世紀に回送された」

 阿賀野がいう。

「でも、4隻目の酒匂だけが違った。同じ操作を受けたのに、重大なミスが発生した。彼女の転送先は、日本のはずだったのに別の場所と時間になった。転送先は、2013年2月15日、ロシア・チャリヤビンスク。一般には隕石落下とされているKEF-2013だけど、その実際は転送に失敗した酒匂のワープアウト衝撃波だった。何人か怪我をした中、酒匂は私たちとまた一緒になるために彷徨うことになった。ロシア軍は彼女の存在を察知するとその確保を狙った。日本政府や米政府に転送元の未来から情報が送られ、酒匂の救出作戦が立案された。米軍は潜水艦と空母と特殊部隊を使ってロシアに潜入し救出する作戦を立てた。そして4月6日、米軍は救出作戦を実施するも失敗。失敗の痕跡を隠すために核以外で最大の破壊力を持つ爆弾を使った。爆発はマグニチュード6.2の地震に匹敵した」

「え、核より大きいじゃない! エネルギー規模」

「そう。そこで使われたのは未来側から供与された対消滅爆弾だった」

「それで酒匂は?」

「港町から米軍の支援で日本への脱出を目指していたけど、行方不明になった。途中、シベリアでセルフコールドスリープになったとか、ロシアの民間人にかくまわれていたって説もある」

「説、って……」

「そして彼女らしき存在が察知されたのは2017年、アメリカでオバマ大統領が退任、トランプ大統領が誕生するときだった。ロシアゲート事件として言われた事件。そのメールの中で酒匂の捜索作戦とその失敗がロシア側のゆすりの材料となるところだった。その隠蔽のために日米政府の情報部門は奔走したけど、やはりそこでプッツリと酒匂の所在はつかめなくなった。酒匂が現れたのはその5年後、2022年2月のウクライナだった。オリンピックの間に国境に展開したロシア軍はウクライナ政府へ斬首作戦を実施、その失敗に備えて稼働中の原発の急襲を計画した。それで完全にウクライナを自国の緩衝地域化することを企図。しかしその2つはどちらも失敗した。首都キエフでは斬首作戦のための空挺部隊を謎の戦闘機が阻止した。ウクライナを包囲するように22個師団を投入したロシア軍の本命は18機のIL-76輸送機に乗せた斬首作戦部隊だった。開戦劈頭でロシア空軍はウクライナ軍の防空部隊と戦闘機部隊を圧倒、そのまま先に首都キエフに侵入させた特殊部隊の誘導で斬首作戦部隊を突入させ、ウクライナ大統領ゼレンスキーを殺害、そのまま親ロシアの傀儡政権を樹立させて西側各国が対応できないうちに形勢を固めて圧倒する。それがプーチンのもくろみだった。西側各国はもともとシリアでロシアが何をしても看過し続けていた。クリミアの併合も傍観した。2度あることは3度ある。プーチンはそれに賭けた。西側が兵力動員をオリンピックの間じゅう察知して批判し続けようとも、同じ専制体制、同じ穴のむじなの中国は反対には回らない。不愉快な体制批判をする西側も国内の反体制派もこの作戦で沈黙させられる。めんどくさい民主主義だのと言っている連中はただの烏合の衆だ。決意を持って十分用意した一撃で簡単に妥協、屈服する。それがプーチンの考えだった。その通りバイデンはその動きを一部容認するような発言もしていた。すぐに撤回したが、西側の決意などその程度だとプーチンは高をくくっていた。悲しいことにウクライナはそのままプーチンの野望に屈し、消滅するしかない。大国のエゴの前に中小国の運命ははかない。がんばっても結局は『大変遺憾だ』で終わらされてしまう。そうロシアだけでなく世界中が思っていた」

 阿賀野は外を見た。

「だけど、その絶望を破った機影があった。それが『キエフの幽霊』」

「まさか!?」

「プロパガンダの道具でもあったから眉をひそめる人もいたかもしれない。しかし『キエフの幽霊』絶望的なロシア空軍の攻撃に立ち向かった戦闘機は実在した。もちろんCGゲームで作られたフェイク動画も拡散されたけど『キエフの幽霊』とウクライナ大統領の暗殺計画を警告したロシア政府内の反対派『クレムリンの枢機卿』がいなければ、大統領は助からなかったのも事実だった」

「『キエフの幽霊』……実在していたの?」

「その『キエフの幽霊』と呼ばれた戦闘機は2機。片方は開戦直後の発進が遅れてキエフ上空に偶然留まっていたウクライナ空軍のMiG29、もう1機は……酒匂だった」

「!!」

「Mig-29は旧式機ではあった。でもロシア空軍はその前に多数の機体を撃墜された。彼らの最大の損害は斬首部隊を搭載し降下させるはずだったIL-76を撃墜されたこと。訓練に時間をかけた虎の子の空挺斬首部隊は戦う前に輸送機ごと撃墜された。それがロシアのこの侵攻作戦の崩壊のはじまりになった。ウクライナのMig-29がなぜそんな活躍が出来たのか。いくらポーランド上空に米AWACSが待機しロシア空軍の動きを監視し、こっそりウクライナに情報提供していても無理なモノは無理。でもそこに……私たちの同型艦がいたら?」

「そんな荒唐無稽な」

「でもつじつまが合わない。ウクライナは『キエフの幽霊』がロシア軍機6機を撃墜したと公表した。でもあのときキエフ撃墜された機体はもっと多かった。対空砲火で撃墜したにしても、どうやってもつじつまがあわない」

「そんな……」

「酒匂はあのとき、キエフ上空にいた。酒匂に想定外の強力な反撃をされたロシア軍はキエフへの侵攻を躊躇った。そして酒匂はそのまま移動して、こんどはロシアのこの戦争での第二の目標、南部の欧州最大の原発施設を守った。原発を襲ったロシア軍の前で、酒匂は最後の力を振り絞って戦った。ロシア軍はその酒匂の排除に、核砲弾を使った。酒匂はそれを汚染物質ごとシールドで抑え込んで力尽き、沈没した」

 この部屋の空調の音だけが流れている。。

「だがそれによって原発の破壊は免れ、欧州全域の深刻な核汚染は回避された。ロシア軍はその爆発で甚大な被害を出した。そして西側はそこで戦術核をためらいなく使ったロシアに対してもう躊躇しなかった。雪崩を打つようにNATO各国空軍が報復にウクライナだけでなくロシア国内の戦略目標へ攻撃を開始した。それをきっかけに停戦交渉がようやくかみ合い、ウクライナ戦争の停戦が発効し指導者プーチンは失脚。ロシアは大きな混迷の時代に陥った」

 阿賀野はそう言ってちょっと間を置いた。

「世界はそれでさらにぐちゃぐちゃになった。それですっかりSDGsどころではなくなるかに思えた。けど、ウクライナとロシア、そしてその周辺各国に混迷なりの復興景気が訪れたことでふたたびSDGsが議論できるようになった」

「でも酒匂が『キエフの幽霊』だったなんて」

「信じがたいでしょ? でもあのときポーランド上空にいた米軍AWACSが彼女と交信していた。ファルシオン04のコールサインで」

「でも、ってことは私たちがあのときウクライナに出動できていれば、あの戦争はもっと早く阻止できたんじゃない」

「そう思うわよね。でもそれが残念なことにできないのよ。大きな歴史改変には政治的な問題だけでなく、時空物理的な危険もある。最悪の場合、虚数空間操作の事故でこの宇宙が真空崩壊する危険もある。そこまで行かなくとも未来側にも「敵」は存在している。非常に扱いの困難な事態にもなり得る」


「じゃあ、酒匂は……やっぱり助からなかったの?」


「そう。その酒匂の沈没が、2022年の今日だった。戦いのさなかでも最後まで酒匂は私たちとふたたび会うことを願ってたみたいだけど、どうやっても無理だった」

「可哀想……」

「軍艦ってそういうものよ。戦って沈むか、無事生き延びてもスクラップになるしかない」

「じゃあ、私たちも」

「ええ。そのいずれかになるでしょう」

「そんな……」

「だからといって全てが無駄だというわけではないわ。私たちも、与えられた中で使命を全うしないとね。それが命だと思うし」

「私たちは命なのかなあ」

 私はそうつぶやいた。

「生命の定義は難しい。でも命はなんにでも宿る、という国だもの。我が国は。私たちも命だと思う。ただ、人とは随分違うけどね」

「酒匂……」

「さっちゃん……」

「でも、酒匂は私たちに大事なことをいっぱい残してくれた。酒匂は私たち、そして全ての命の中で永遠なのよ。私たちが忘れない限り」

「そうね。酒匂はそれに、とても大事なものを守ってくれたのね」

「ええ」

 阿賀野は話し終えた。


 その時、このセンターのインターホンが鳴った。

「こんちわー。あのー、ここですよね、新発田防衛センターって」

「そうだけど」

「ちょっと赴任地間違えちゃってて。とても遅れてすみませんでした。てへ」

「あなたは?」

 彼女はぺこりと頭を下げた。


「酒匂です。お世話になります」


「えっ、えっ!! えええええ!!!!」

 私たちは混乱に陥った。

「あなた、ウクライナで沈んだんじゃなかったの!?」

「いやー、私、ずっと時間と空間をあっちゃこっちゃ彷徨ってたみたいで。彷徨いながら戦ったりしてて。それでウクライナで私ももうダメだ、これで最期だと思ったんですけどね、なぜか最期にならなかったみたいで。てへ」

 私たちは沸騰した。

「何この話! ひどい! ひどすぎる! だから私たち、スチャラカポンコツAI三姉妹だって言われちゃうのよ!」

「あんまりだー!」

 矢矧も泣いている。

「でもこれで四姉妹、ここでようやく揃ったのね。ものすごく時間かかったけど」

 阿賀野は溜息をついた。

「これ、司令になんて言おうかしら。話がひどすぎてどう言っていいやら」

 私もため息のあと、いった。

「揃いました、で良いんじゃない? シンプルに」

「そうなのかしらねえ」

 阿賀野は困った顔を見せた。

 ほんと、長女ってのはいろいろと苦労が絶えないんだな、と私は察した。


「おう、合流してたか」

 司令が来た。

「司令、酒匂のこと知ってたんですか」

「こんなの知ってる訳ないよ。さっき本省から『こういうことだった』って知らされて。なんだこの行き当たりばったりみたいな話、ってすっかりあきれてた」

「そうですよね」

「そうだよ。でもあの頃、コロナが明けないうちにウクライナで戦争が始まっちまうし、中国もあんなこと始めちゃうしで、毎日ほんと希望が無かった。だからSDGsなんてなんの冗談だ、と思ってた。でもよく考えたら、SDGsって、ほんとは人類の将来の希望だったんだよなあ。人類が自分の未来に自分の意思で積極的に向かう、ってことだもの」

「そうかもしれませんね」

「人類が幼いのは散々思い知らされてる。正直おれなんか、ちくしょうくそくらえ滅びっちまえ! って思うこともある。それでもこの世界にはどんどん子供が生まれてきちまうからなあ。子供たちに対してそんな無責任は出来ないからなあ。それが大人ってもんだからな」

 司令はそういいながらコーヒーを入れはじめた。

「で、酒匂、ずいぶん遅れたみたいだけど、ようやく着任できたな」

「ここまでほんといろいろありすぎてて、何から話したらいいかわかりません」

「そうだよなあ」

 酒匂の言葉に、私たちはそろってため息を吐いた。

「まあコーヒーでも飲んで」

「ありがとうございます。いただきます」

「今日の任務、どうなってた?」

 司令が聞く。

「あーっ、今日は!」

「え、どうした」

「新潟市でイベントに参加する予定でした!」

「げっ、もう出発しないと間に合わないんじゃないかな。イベントって何?」

「『にいがた酒の陣』です。久しぶりに再開されたので、私たちにもどうぞ、って」

「そういやコロナのせいで開催できないのが続いてたもんな」

「県警のバスが迎えに来るのでそれに乗っていく予定でした!」

 その時インターホンが鳴った。

「県警さんもう来ちゃった!」

「行こう!」



 警察バスの車内。

「あれ、阿賀野さんたち、3人じゃ無かったんですか」

 県警の刑事が不審がる。

「今朝4人目がようやく着任したんですよ」

「よろしくおねがいします。酒匂って言います。てへ」

「2029年に間に合わせるはずじゃ無かったの?」

「いや、それがいろいろ事情がありまして」

「ふーん。でも4人目って『妙高』だって聞いたのは無かったことに?」

「ええ。あれはなにかの間違いですよ。はは、は」

「そうか……しょうがねえなあ」

 刑事があきれる。

「ははは」



「新潟、ほんと、にぎわってるねー」

 高速道路経由で私たちは新潟市中心部・朱鷺メッセに到着した。

「前はこの『にいがた酒の陣』、14万人集めてたらしいからね」

「お酒好きな人って、多いんだねー」

「参加者増えすぎて事故るんじゃないかってので、チケット制に切り替わったんだって」

「げっ、じゃあその前は」

「そりゃあもう。だって参加している酒蔵さん80超えるんだもの。普通に全部飲んだら80杯以上よ」

「それなのに『全蔵制覇』むけて頑張る人もいたって!」

「無理よそんなの」

「もちろんそれでリタイアして退場する人がドバドバ」

「いくら新潟、米どころ酒どころっていってもやり過ぎなんじゃ……」

「それも新潟らしくていいなと思うけど」

「絞ったばっかりの新酒を蔵元蔵人に直接注いでもらえるのはすごくいいらしいの」

「アイドルの握手会みたいな?」

「そうみたい」

「ふーん」

「お酒だけじゃないの。お酒のアテの食事も充実。鮎炭火焼きに佐渡牛炙り丼、そば屋の鴨ロース煮、さらにはバスセンターのカレーまで!」

「わらびもちにイチゴ大福とスイーツも充実。酒米で作った柿の種も!」

 矢矧はまた眼をやたらキラキラさせている。

「うわー、そりゃ人集まるよね」

「新潟清酒達人検定もやるのよ」

「お酒で試験? お酒好きな人って、アツいんだねー」

「そもそもお酒は穀物が大量に取れて、それをゆっくり発酵させる手間もかけられる、豊かで平和な状態じゃないと作れないものだからなあ。だから戦争とかおきるとテキメンにいいのが作れなくなる。工業アルコール添加してみたりあるいはそれそのままの質の悪い酒が日本でも戦争中にいくつも作られた。でも今は精米歩合の高い、お米の一番いいところだけ使った高級酒がこんなにいっぱい楽しんでもらえる。ほんとありがたいよなあ」

「安心して酔っ払えるのは平和な印なのか。たしかにそうですよね。あれ、酒匂、さっちゃん、その手に持ってるのは」

「私、ロシア時代にサーシャって呼ばれてたんです。ワープアウトした先がたまたまロシアの農家で。おばあちゃんがそこでいつもサーシャ、サーシャ、孫みたいだってかわいがってくれて。だから私、そのおばあちゃんを守ろうって思って……だから」

「うっ、酒匂、泣き上戸だったか」

「さっちゃんそれで頑張ったんだねー。『キエフの幽霊』って呼ばれるまで」

「ひい。矢矧まで! ええっ、ここに来たの、私たち警察支援の警備とかそういう『仕事』で来たんじゃないの!?」

「もー、のんちゃん真面目さんなんだからー。えい、こうしてやるー」

「やめて! それやだから! 胸揉もうとしないで!」

「のんちゃん、こういうときだからちょっと言わせてもらうわ」

「ええっ、阿賀野(あーさん)まで飲んじゃったの!? 司令、こんなことでいいんですか!」

「なんだ、能代は飲んでないのか」

「そりゃそうですよ。これ公務なんですよね?」

「そういう話聞いてなかったけどなあ」

「だって警察のバス使っといて私用はないですよ」

「そうかもなあ」

「そうかもなあ、じゃないんです!」

「まあ、いいんじゃない? うっ」

「ひゃああ、司令ライトにリバースしないでください! というか司令も飲んでたってどういうこと!?」

「のんちゃんー、いつも見てていいなーと思ってたの。その胸もませろー」

「のんちゃん。あなたのこと、私いつも思ってたんですけどね」

「のんちゃんも私をサーシャって呼んでください。てへ」

「ひいい、阿賀野型3隻、隊司令ごと轟沈って!」

 私、能代は泣きそうになった。

「ほらー、のんちゃんも飲めー!」

「だってコレは公務よね? 公務だよね!」

「うるさいー。私の酒が飲めないのかー」

「ひゃああ、アルハラ(アルコールハラスメント)やめてー!!」


「阿賀野さんたちも酔っ払うんですね」

「え、その声は? ベアーズアンドツインズのお二人じゃないですか! なぜここに」

「このイベントのアンバサダーなんですよ」

「お二人、成人してたんですか。お酒のイベントに未成年はマズいですよね」

「去年二人で成人式したんです」

「そうですか。それはおめでとうございます、って、ナチュラルに盃渡さないでください!」

「え、お飲みにならないんですか?」

「だってこれ、公務だと思ってたので」

「のんちゃん、せっかくだから飲んじゃえー」

「矢矧、何言ってんの……」

 そこに。

「いやいや、みなさんお元気そうで!」

「総理! またなんでここに!」

 総理がSPを引き連れてえびす顔で来ていた。

「いや政治家が自分の選挙区でイベントあったら顔売りに来るのは当然だろ」

「もう! こんなとこきて国政は大丈夫なんですか?」

「今の官房長官、有能だからね」

「だからって簡単に任せないでください!」

「総理がこういうイベントにこれるって、実は我が国、とても平和でいいよね」

「そりゃそうだけど……」

「もー、のんちゃん真面目さんなんだからー」

「それでみんな酔っ払っちゃった……いないよ、ここにシラフの人なんかいないよ!!」

 私は悲鳴を上げた。

「あの、阿賀野さんたちは」

 そこに県警の刑事が来た。

「え、みんなできあがっちゃってますけど、なにかあったんですか」

「マズいな……こっちへ」

「どうしたんですか」

 私たちは朱鷺メッセの駐車場に移った。


 そこに冷蔵トラックが止まっている。

「この中なんですけどね」

 トラックの中を見て私は凍り付いた。

「これ……核弾頭!? 本物ですよね」

「そうです。起爆モードになってて。今自衛隊の処理班呼んでます」

「すぐに人々を避難させないといけないですね」

「間に合わないです。あと20分で起爆するようです」

 キリル文字の描かれた核弾頭を私は見つめた。

「なんでまたこんなものが」

「ロシア、ウクライナのあとにぐちゃぐちゃになって、それを逆恨みした連中が国際テロリストになったって聞いた」

「NATOもアメリカもあのあとの処理、グダグダだったもんね」

「というか阿賀野、矢矧、酒匂、なんでもうお酒抜けてんのよ!」

「そりゃ私たち、もともと毒物耐性強いし」

「それに核融合駆動だもの。お酒で酔っ払う機能いらないし」

「えっ、ってことは……あなたたち、酔ってなかったの?」

「いやー、ああいうTPOでは、酔ったことにした方が楽しいかなー、って」

「せっかくのお祭りだもんね」

「そうですよ。同じアホなら酔わなきゃ損損、って。てへ」

「どうしたの、のっさん」


「……だから次女っていやなのよ」


「へ?」

「私、本気で心配したんだから!!」

「のんちゃん?」

「ふざけないでよ! なにが長女の苦労よ! いつも私ばっかり心配させられたり苦労させられたり! もうやだ。こんなのやだ。すごくやだ!」

「わああ、のんちゃんが噴火した!!」

「というか核弾頭が」

「うるさいっ!」

 私、能代が強い視線を走らせると、核弾頭の明滅表示がすぐに変わる。

「今日という今日は、言わせてもらいますからね! いっつも言わないでずーっと我慢してたけど!」

「のんちゃん……」

「阿賀野も、矢矧も、酒匂も。そこに座りなさい!」

 3人はシュンとして並んで正座した。

「だいたい、SDGsの一発逆転作戦にしろ、.この核弾頭にしろ、私、生まれてからろくなことがない。え? 『私にそんなこといわれても』?」

「のんちゃん、私の考え読まないで……」

「これ、例の古典マンガのパワハラ会議だよう……私たち『下弦の鬼』じゃないよう……」

「うっ、のんちゃん、いつのまにかアンバサダーのアイドルに渡された盃、空にしてる」

「ひいい、一番酒癖悪いの、のんちゃんだったかー!」

「うるさいっ! 誰がしゃべっていいって言った? あなたは私の言うことを否定するの?!」

「ひいい、のんちゃん怖い……怖いよう……!」

「というか、核弾頭」

 刑事が見て、首を横に振る。

「さっきの視線で無力化されたらしい」


 阿賀野と矢矧と酒匂は、震えあがった。

「酔っ払ったのんちゃん、核弾頭より怖い『無惨さま』だった……ひゃああ!」



「で、このあとどうします?」

 司令が聞く。

「核弾頭をここまで送ってこれちゃった件は公安部で調べてる。ホントは途中で察知できるようにいろんな関門があったんだけど、それが逃したのは何かあるんだろう」

 県警の刑事が言う。

「内通者?」

「その線も今調べてる。ただ君たち特殊戦隊のおかげでこの件は公にしなくてもすみそうだ」

「内々にしたままなんですね」

「ああ。せっかくのお祭りも平和も台無しにされちまうのはたまらん。でもロシア、ウクライナのあとはぐちゃぐちゃで核の管理も雑になってるって米CIAからも警告されてたからな。それにあのとき日本のやった経済制裁、予想以上に効いたし、それでロシアのよからぬ連中は強く恨んでたらしい」

「逆恨みもいいところですよね」

「ほんとそうだ。ああいうバカなことはゲームの中だけにしてほしいよ。あまりの愚行に世界中がドン引きしたからな。あのとき」

「そうでしたね。私も正気の沙汰とは思えなくて、それがすぎて得体の知れない恐怖になりましたから」

「あれは何か通常では考えられない何かがあったんだろうなあ。あの指導者のあのあとの運命考えると、その解明がまだ終わらないのは仕方ない」

「でも最悪を脱して、こうしてお酒で酔える時代がまた来たんですものね」

「ああ。守らないと。平和ってのは本当にありがたい。だから不断の努力でそれを維持する必要があるし、その価値もある。偽りの平和だったとしても、リアルな戦争よりはずっといい。そもそも平和の質をぐだぐだ抜かすなんてそもそも贅沢すぎたんだ。それを失って思い知らされた」

「そうですね……」


「司令! ここにいたんですか」

 阿賀野たちがやってきた。

「世界はまだ阿賀野型を必要としてるんだろうなあ。サイボーグ009がそうだったように、そういう存在が、虚構であろうとも、人に勇気と希望を取り戻すために必要なのかもしれない」

「未来予測なんて出来なくても、ですね」

「あんまり深刻に考えすぎると、つらいばかりで心が折れちまいますからね」

 そのとき刑事が腕時計を見た。

「どうしました?」

「あと3秒、2,1」

「え」

「定時! ここで私の勤務時間終了ー! さて飲むぞー! ここまで我慢してた!」

「えっ」

「せっかくの祭りに警備担当なんてと思ってたから」

 刑事はそう言うとジャケットを脱いで、お酒のコップを取った。

「くー、勤務明けの酒、しみるー!」

 司令も阿賀野たちも、あきれた。

「まあ、お酒がうまいうちは、まだ世の中捨てたもんじゃ無いかも、ね」

 司令がそう言った。

「きっとそうですよ」

 阿賀野がそう答えた。


 新潟の空は、やっときた春の晴れ間が輝いていた。

〈了〉

本編はこちらー。


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