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アジア映画をみて感じる懐かしさは「懐かしい」という感情なのかは分からないけれどそれを求めてアジア映画をみてしまう話


オーストラリアで自転車に乗っていて、前方からきた車に接触されて転倒し、運転手は若い女の子でどうしたらいいのかわからず茫然自失で泣いていて、ただ青くて広い空をみながら自分は地面に寝転んでいる…


21の時に実際にあったことである。然るに、この様子を想像して「懐かしい」という感覚を覚えるのは自分くらいのものだろう。とある論文に、懐かしさ、ノスタルジア、郷愁というのは「個人の過去に対する感傷的な思慕(a sentimental longing for one's past)」と定義されていると書いていたので、その定義からすると、たしかに自転車事故の記憶が自分にとってだけ懐かしいのも頷ける。


この間、映画に関するラジオ(聞いたことない方はこちらから!「夜な夜なラジオ映画部」)を録音していて、その時のテーマは「アジア映画」で、ラジオの相方の研さんと「懐かしさ」の話になった。それがすごく興味深くてネットでノスタルジアに関する論文なんかも読んでみたりしたわけである。

その時の話の発端は「アジア映画を見てると、言葉もわからないし、行ったこともないし、会ったこともない人が演じるシーンなのに、何故だか懐かしいって思うことがよくある」という自分の言葉だったわけで、それに対して研さんは「何かで読んだけど、懐かしさは美しさと紐付いていて、夜なさん(自分の呼称)が映画を見て懐かしいって思うということは、それに対して美しさを感じてるのでは」と言われた。その時はなんだか妙に得心してしまって、日々を過ごす間にも何故だかずっと懐かしさについて考えていて、こうして今書いている次第である。


(「はちどり」、韓国・アメリカ合作、2020年公開)公式HP


この映画をみると、何か心の奥をくすぐられるような、戻れないことが分かっていて戻りたいような戻りたくないような、そんなうずうずした感情が芽生える。それは決して「自分自身の過去」に該当するものじゃないんだけれど、見える景色や聞こえる音から、これまで経験してきた自分の過去を投影して懐かしさを感じるような、そんな感情が確かに存在すると思うのだ。自分は懐かしいと思っていると思っているのだけれど、それは「懐かしさ」なのだろうか。


論文の話にもどると、そもそもの主旨は、最初に書いた定義の英語圏のノスタルジアを日本人が感じうるかというところの話であった。他にもっと興味深い記述はあるんだけれど、色々端折って、実験の結果から日本人も英語圏のノスタルジアを感じ得るものの、日本人のそれは英語圏のものより少しネガティブな傾向があったらしい。英語圏のノスタルジアは「bittersweet」を含む感情であることが言われるので、そのまま読み解くと甘くて苦い。日本人の感じているノスタルジアはビターの要素が強いという傾向が実験結果として出たそうだ。あと、中国におけるノスタルジアはポジティブな感情を伴わない、という別の実験結果もあるらしい。ノスタルジアや懐かしさ、というところに甘美な要素がないとするとそれは懐かしさなのだろうかと微妙に思うけれど、国や文化圏によってノスタルジアの傾向が違うらしいこともこの論文の面白いところだった。


論文の主旨を慮ると、そもそも自分が映画をみて感じている感覚は論文のノスタルジアとは違う話なんだけれど、そうなると研さんの話の「美しさとの連関」がやっぱり腑に落ちる。映画の中の映像をみることで、そこに美しさを感じ、そのうえで自分の通ってきた過去の出来事や、風景の美しさを想起することで起こる感情、なのだろうか。でも不思議なのは、アジア映画をみていて、美しいシーンに限らず何か懐かしさとしか表現できないような気持になっていることがあること。

ジャッキー・チェンが道端の中華屋で食べる麺料理や、韓国映画の中にみる古めかしい韓国風の一軒家にある階段や、ワインを飲んで語らいながら見える韓国の田園の中の夕陽や、自転車で水溜りをわたる台湾映画のワンシーン。其処此処に何故だかある懐かしさ。

これは懐かしいという名前の感情ではないのだろうか。アジア人として生きてきたイデアのようなものが、映画を見ることで刺激されて一種の感情を呼び起こすのか。魂が色々な身体を渡り歩いて、前世や前前世や前前前世からの積み重なった遠く忘れられた記憶が映画をトリガーにほのかに心に戻ってくるのか。

いずれにせよ、アジア映画をみて感じるその感覚は、確かに存在するし、甘くて少しチクチクするが、それを求めてまたアジア映画をみてしまうのだ。


(「春江水暖」、中国映画、2021年公開)公式HP


(「夏時間」、韓国映画、2021年公開)公式HP


(「台北暮色」、台湾映画、2018年公開)公式HP


ほら、なんか懐かしくないですか。


(参考論文「日本人はノスタルジアを経験しうるか?─ノスタルジアの“bittersweet”な側面に着目して─」長峯聖人 筑波大学大学院、外山美樹 筑波大学人間系)→リンクはこちら

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