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心は明日満たしましょう_11月21日真偽日記

「……………………お腹すいた」

そう気づく時には大抵手遅れなくらい体が空腹を訴えている。窓の外を見ればとっぷりと日が暮れていた。さてここで問題になるのは、今が前回食べてから何回目の夜か、ということだ。

だがそんなことを考える頭を動かすための体力さえ底を尽きている。睡眠不足もあって目を閉じたら眠れそうだけど、そのまま死んでしまう可能性は否定できない。

「た、食べ物…」

握っていたペンを机の上に放り投げて這うように仕事部屋を出る。

すると、ふわりといい香りがした。ぐぎゅるぐぎゅると可愛くない音がお腹から響く。

匂いを頼りに歩き出すと、辿り着いた先は厨房だった。大きな鍋の中にはシチューのようなものが見える。その隣にはパンも置かれていて、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「……いやでも、勝手に食べるのは……」

一応私はこの家の主なのだから、咎められるわけじゃない。けどもしもまだ準備中だったり、明日の朝に食べる用だったりしたら大変だ。

でも空腹には抗えない。せめて味見だけでも……。

「先生、終わったなら声をかけてくださいよ」
「ひぃ!ごめんなさい!」
「いえ、怒っているわけじゃないんですけど」

背後からの声に思わず姿勢を正す。
ギギギ、と錆び付いた人形のように振り向けば、呆れたような顔をしたパジャマ姿の美少年、テオが立っていた。

「ああ、こんな服なのは許してくださいね。もう就業時間外なので」
「ううん、ごめんね、起こして」
「起こしてもらいたいって話なんですけど。まあいいや。先生は座ってください、シチューとパンしかありませんけど」
「自分でやるよ?」
「僕の仕事を取らないでください」

むっと眉を寄せたテオが私の腕を引く。
そして椅子に座らせると、「いい子にして待っていてくださいね」と言い残して鍋の前に向かう。

手持ち無沙汰になって視線を彷徨わせる。なんだろう、落ち着かない。私の家なのに他人の部屋みたいだ。

テオは執筆作業にのめり込むと生活が破綻する私のために寄越された執事さんだ。本人は見習いとは言っているけれど、掃除洗濯料理どれをとっても不足ない。

「おまたせしました」

ことん、とお皿に盛られたシチューとパンが目の前に置かれる。ごくり。見るだけで美味しそうで唾を飲み込む。

「い、いただきます」
「熱いのでお気をつけて」

スプーンを手に取って一口掬う。ほかほかの白いスープを口に含むと優しいミルクの風味が広がる。じゃがいものほくほく感も好きだ。それに合わせる柔らかいパンは何物にも代えがたい。

「おいひい」
「よかったです」

ほっとした様子のテオに胸がきゅっとなる。私が食事に夢中になっている間にテオはテーブルの上を片付けてくれていたようだ。

「ありがとう」
「どういたしまして」

ふわりと微笑んだテオに見惚れて固まってしまう。
なんだかいつもより笑顔が甘い気がするのは、多分彼にこの後お願いする仕事のせいだろう。決してこれは私に向けられたわけじゃない。

「ごちそうさまでした。テオ、後で原稿のチェックお願いできる?」
「っ、ええ、喜んで」

小さなファンは全身から嬉しそうなオーラを出しながら頷いた。
先生の作品を一番に読むために志願しました、とやってきた少年だ。誤字脱字の確認が的確なのでとても助かっている。

「ふわあ……、私は一旦寝るねえー」
「はい、おやすみなさい」
「テオもちゃんと寝てね?」
「仕事には支障を来さないようにします」

夜通し読むつもりだ。目がそう語っている。
まあいいか。テオは頑なに感想は述べないけれど、反応を見れば良いか悪いかくらいはわかる。

「おやすみ、テオ」

明日の反応を楽しみに、私は夢の世界へ旅立つ事にした。


空腹になるとお腹を満たすことしか考えられなくなる。
仕事中に来ると大変なのだが、11時と16時頃には何かを食べてたり飲んだりしている。

半日歩き倒してもお腹が空かない時もあれば、微動だにしていなくともお腹が空く時もある。不思議だ。

そうして体重が増えていくのだが、何とかならないものか。

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