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異世界はオタクと共に行けば安心説_10月26日真偽日記

「ねえ、おたくんさあ。りあふぁん? りあるふぁんたじーなんとか~って、結構有名らしいじゃん?」

すべての授業を終えて解き放たれた放課後。競うように玄関へと向かう人の波を避けるため、机周りの整理をするフリをしながら教室に留まっていたオオタのもとにやってきたのは、クラスでもカーストのトップやや下あたりに君臨する陽キャのミナミだった。

ちなみに「おた」というのはオオタでありオタクであるが故の呼称である。

「ミナミさん……、逆に、知らないんですか」
「たはは、やっぱまずい?」
「いえ、人の趣味趣向は人それぞれですが、今や世界中でプレイされているVRMMOですし、よくぞ知らずにここまで来たなと」

驚きを通り越して感心するように頷いた。
リアルファンタジスタオンライン。昨年発表されてからVR界どころかゲーム業界全体を揺るがす技術の詰め込まれた体感型オンラインゲームである。グラフィックはリアルと幻想を絶妙なバランスで両立させている。痛覚はないにしても物に触れる感覚もあり、まるで自分がファンタジーな異世界に足を踏み入れたような錯覚を起こさせるのだ。
モンスターを倒して世界最強を目指すもよし、生産職を極めて世界を掌握してもよしと、自由度の高さも人気のひとつだ。

「今さら始めても~って感じだかもけど、ほら、もうすぐ夏休みじゃん? ちょっとやってみたいなって」
「確かに上級者との差はなかなか埋まらないですけど、楽しむ分にはいつから始めても問題ないですよ。というか、改善に改善を重ねられた今の環境で初見から開始出来るのは素晴らしい体験だと思います」
「お、おー……? よくわかんないけど、とりあえず買い物付き合って欲しいんだよね」
「僕なんかでいいんですか?」

ミナミという陽の者が話しかけてくるだけでも萎縮しているのに、まさかこの後の時間まで一緒とは。本来日陰にひっそりと生息している虫けらのような存在に何故日の光を。それがオオタの自己評価なのだが、ミナミはあっけらかんと続ける。

「むしろおたってこういうの詳しいっしょ?」
「僕なんて全然ですよ」
「友達とか、けっこーカクカク?するとか何とか言っててさ~。せっかくなら良い感じにしたいし、迷惑じゃなきゃお願いっ」

ねっ、とウインクした瞬間に舞った星が心臓に突き刺さる。勘違いされるから辞めた方がいいとは思うが、これがミナミの素なのだろうと朴念仁のオオタは受け流すことに成功した。
ミナミのゲームに対する姿勢は評価が高い。あの素晴らしいゲームは最高の環境でプレイしてもらわなければ。使命感に駆られて立ち上がる。

「僕でよければ付き合いましょう」
「ほんとっ? やったっ! そんじゃーよろしく、おたくん!」

ミナミが少しゲームに慣れ始めた夏休み。
まさかファンタジスタオンラインの世界に“本当に”入り込んでしまい、世界の危機を救うため西へ東へ奔走するファンタジー体験をするなんてこと、今の二人には知る由もなかった。


お客さんにギャルが来た。ギャルという言葉はもう令和の世界ではNGかもしれないが、それはそれはギャルだった(けして貶しているわけではない。よく似合っていた)

彼女は小さな子どもを連れていて、大きな声で
「ここ良いとこだね!」
「凄い!めっちゃいい!」
「○○くんのために用意してくれたって!可愛い〜!」
という風に、職場の雰囲気も、商品も、接客をしているスタッフも、お利口にしている子供も、終始褒め倒していた。

素直にいい人だなと思った。なんだって文句をつけようと思えばつけられるのに、積極的にいいことに目を向けている彼女はとても眩しかった。
多分、彼女は自分の姿にも言葉にも嘘をついていないのだろう。嘘日記を書いておいてなんだが、その素直さは見習いたいと感じた。

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