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酔いがゆるめるもの_11月15日真偽日記

「かんぱーい!」

と、グラスを合わせる。
最初はビール……なんてルールはなく、私はサングリアを、対面のルカは梅酒のロックで唇を濡らしている。
喉を通っていく甘みと酸味がブレンドされた冷たさは何者にも変えがたい快感を脳に伝えてくる。

「あぁ〜おいっしい〜」
「美味しいね」

ルカと一緒に飲むのは久々だ。社会人になってからは互いに忙しくてなかなか予定も合わなかった。
仕事の話や学生時代の友人の話など、話題には事欠かない。

「それであの時さあ、」

あのころは良かったと言うにはまだうら若い年齢ではあるものの、気の速い友人たちはどんどんと結婚していく。こうして気軽に飲みに誘える友人は減る一方だ。
ルカには幸せになってほしいけど、置いていかないでとも思う。

「そういえば、ルカって結婚とか考えてないの?」

不意打ちの結婚報告に傷つくくらいならば、自分から聞いてしまえという戦法も板に付いてきた。

「まあ、ね。相手もいないし」
「えっ!そうなんだ!?意外!でもルカなら引く手数多じゃない?なんで彼氏作らないの?」
「うーん……相手がちょっと難しくてさ……」
「な、なにそれ、不倫とか?未成年とか?いくら親友のルカでもそれはダメだよ!ていうか親友だから言うけど絶対ダメ!」

ダン!とグラスを置くにはワイングラスの耐久性は心もとない。割れてしまえば一気に酔いが冷めてしまうだろう。

「違うよ、そういうんじゃないから安心して」
「ならいいんだけど。え、じゃあどんな人?聞きたい聞きたい!」
「なに今日。グイグイ来るじゃん」

ルカは困ったように苦笑してグラスに残っていたお酒を飲み干した。追加のお酒を注文してからおつまみに頼んだナッツを口に放り込んでいる。

「んー、そうだなあ……。一言で言うと、私にとって大切な人かな。一緒にいて落ち着くし、行動の全部を知りたい、とかじゃなくて、最終的に私と一緒にいてくれたらいいのに、って思っちゃう感じの」

ルカは照れ隠しのように眉を下げる。

「まあ向こうはそんなことひと欠片も思ってないし、私も伝えるつもりないの」
「へぇ、ルカのことだからもっと派手な感じかと思ったけど案外普通だね」
「どういう意味かな?」
「だってほら、ルカって美人だし頭もいいしさ、昔からモテてきたじゃん?」
「好みじゃない男ばっかりにね」
「ルカって面食いだっけ?」
「んー、まあ、そこそこ?」

ふぅん、と相槌を打ってサングリアをもう一口含む。甘い香りとアルコール度数の割にスッキリとした味わいが心地よい。ぱちぱち瞬きすれば酔いが回っているのか瞼が熱い気がした。

「ね、その人のどこが好きなのか聞いてもいい?」
「えー、恥ずかしいよ」
「そこをなんとか!お願いします!」

両手を合わせて拝むポーズをとる。ルカは少しの間視線を彷徨わせてから観念したようにため息をつく。

「……優しいところかな。あと笑顔。怒った顔も可愛いと思うけどね。それと声も好き。低い方の声の方が好きだから、電話越しだと余計に落ち着くんだけど、直接会って話す方が好き。風に揺れる髪も綺麗だと思うし、目も大きいから見つめられるとドキドキするんだよねぇ」
「ちょ、ちょっと待ってストップ!もう十分わかったから!これ以上惚気られたら私の心臓持たないかも!!」

思わず手で制止すると、ルカはきょとんとして首を傾げた。まさかこんなに甘い言葉が並ぶとは思ってなくて聞いているこちらの顔が赤くなる。蕩けたような瞳は酷く魅力的だった。
そんな目を向けられる相手が羨ましい。胸のあたりが痛みを放った気がした。

「そ、そんなに素敵な人なら、伝えてもいいんじゃない。今のそのまま言えば、好きになっちゃうこと間違いなしだよ」

動揺を隠しながら言うと、ルカはまた困ったような顔をした。
それから何か考える素振りを見せてから小さく呟いた。

「じゃあチナツは今の、どう思った?」
「え?」

質問の意図がわからず聞き返す。ルカは真っ直ぐに私を見据えていた。

「今の、チナツのことだよ」

私が?なんで? 思い当たる節がなく困惑しているうちに、ルカは続けた。

「ずっと好きだったの。……ごめんね、困るよね。チナツって沢山飲むと割と記憶なくすでしょう。今日は私が奢るから、全部忘れて?」

ルカはごめんね、ともう一度言った。

「あんたが結婚に焦って、変な男に取られるかもと思っちゃった。返事が聞きたいとかはないよ。お酒の場での冗談だと思って」
「でも冗談じゃないんだよね」

私はルカの目をじっと見つめて尋ねる。猫目が揺れた。一度グラスに落ちた視線は、やがてゆっくり持ち上げられる。

「…………うん」

ルカの頬は赤く染まっていた。私もきっと同じくらい赤い。それは多分、酔いが回っただけじゃない。

「……いいよ」
「え?」
「付き合おうよ、私たち」

ルカの瞳が零れてしまいそうなくらい大きく開かれる。

「……ほんとに?何言ってるかわかってる?」
「ルカこそ、後悔しない?」
「後悔?」
「私は割と行動の全部知りたいタイプなんだけど」
「知ってるよ、そんなことくらい」

ルカはそう言って笑った。
ルカが笑うと嬉しくなって、胸の奥がきゅっと締め付けられる。この感覚はきっと恋だ。酔いでふわふわする体のどこかで、いつの頃からか抑えていた蓋が外れてしまったらしい。

「じゃあ、これから、えーと、よろしく?ふふっ、なんか改まるのって変な感じがする」

「乾杯しようよ。新しい門出に!」

カチンと鳴ったグラスは幸せの音がした。


昨日は久々に友人と酒を飲み疲れて寝てしまった。
一人で飲むのは寂しいものの、人と飲むと騒ぎすぎるきらいがある。気をつけたいものだ。

今日の日記も後で書くことにしよう。

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