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箸休めに甘いもの_11月22日真偽日記

カタカタカタとキーを叩く音が響いている。調子の悪い空調の音がハーモニーを奏でる。……なんてオシャレに言ってみたものの、そこそこ不快だ。

「ねえ先輩、ここの空調、何とかならないんですか」
「なってたら直ってる」
「身も蓋もないんだから」
「うるせえよ」

そうは言うものの、先輩がキーボードを叩く手を止める様子はない。いつも通りだなあと思う。俺は先輩のこういうところが好きだし、尊敬しているのだ。指先がかじかんできたので、はあと息を吹きかける。

ここは職場近くにある先輩の家で、互いに意思疎通をしながら作業した方が早い部分のために訪れている。もはや恒例だ。俺の家じゃあWi-Fiの電波が弱すぎるのもあった。

なぜ自宅で仕事をしているのかといえば、昨今はやりのテレワーク……の、ブラック企業版だ。

最近働き方改革に触発された職場が「残業禁止」と銘打って、自宅に持ち帰らせるシステムに切り替えたのだ。
時計の針はすっかり定時を回っているけれど、都合上残業はしていないということになっているので、もちろんただ働き。世知辛い世の中である。

先輩は自宅なのに相変わらずスーツを着ていて、それがまたミスマッチだった。

「そういえば今日って何曜日ですっけ?」
「木曜」
「お、明後日休みじゃないっすかー」
「休めると思ってんのか」
「休みたいと思ってるんですぅ」

俺が唇を尖らせて不満げな態度を取ると、先輩が珍しく「まあなあ」と同意した。

「休み、どっか行くか?」
「えっ!?」
「あー、いや、嫌ならいいが」
「いやいやいやいや、全然全然。マジでびっくりしちゃっただけなんで。まさか先輩にそんな人間らしいところが残っているなんて思ってなかっただけで」
「失礼なやつめ」

カタカタと機械のように動かされていた指が止まって、冷えたマグカップを手に取った。
仕事人間というか、職場と家の往復をして寝ているだけだと聞いていたし、実際そんな感じなのを見ていたから、普通に驚いてしまった。

「先輩どっか行きたいとこあります?」
「スイパラ」
「……マジっすか?」
「大マジだ」

マジの目をしている。というか、あまり冗談を言う人じゃないし。一年近く先輩と過ごしているが、甘いもの好きなのは初めて知った。そもそもコーヒーとコンビニ弁当以外食べている記憶がない。

「うーん……ちょっと待ってくださいね」

仕事用のパソコンではなく、使用のスマホを操作して店を調べる。確か少し前にSNSで話題になったスイーツの店があったはずだ。
どれだったか。猫動画じゃなくて、犬動画じゃなくて、スイーツ、スイーツ……

「あ、これだ」
「どれ」
「これこれ。結構個室っぽい感じで、ケーキとかが食べ放題みたい」
「へえ、いいじゃん」

さすがに男二人でスイーツバイキングは絵面が耐えられない。

スマホの画面を見せれば、珍しく、もう本っ当に珍しく、先輩が笑うものだから、どきりとしてしまった。
なんだよ、この人ブラックな案件が大炎上したとき以外で笑えたのかよ。

「いやあ先輩って人間だったんすね」
「お前、今日ずっと失礼だな」
「許してくださいよお」

へらへらと笑いながら、この人がケーキを前にどんな顔をするのか気になって、明後日の休みが俄然楽しみになった。



職場のキーボードを悩みに悩んだ挙句、分離キーボードという中央で二つに分かれたキーボードに変えてから数か月が経った。

肩幅が広く普通のキーボードでは肩こりが酷かったので導入してみた。静音の物を買ったので打ち心地がよく静かで快適だ。肩こりもややマシになった気がする。

こうなると自宅用にも欲しくなってくる。

最近お金を使いすぎているので、導入はまだ先になりそうだが、やはり分離キーボードの快適さには抗えなさそうだ。

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