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尼崎


出産間近の女性という、普段はあまり接点のない層の人と、少しだけ会話する機会があった。
他愛もない世間話だったのだが、子供が産まれて大きくなったら今のマンションも手狭だし引っ越しを考えなきゃ、みたいな話になって、
「でも西宮って家賃高いから・・・」
「尼崎とか安いですよ」と、僕。
「尼崎!(笑)えー、尼崎はだめですよ」
彼女は僕が尼崎に住んでいることを知らない。
「なんでだめなんですか?」
「だって・・・」
と、彼女が説明するには、とにかくガラが悪すぎる。駅が臭い。子供の頃から親に「尼崎で電車を降りてはいけない」と言われて育った。
もちろん子供は私学に通わせたいが、もし無理だったときのことを考えて、西宮でも○○の校区あたりじゃないとね。同じ西宮でも□□地区は校区内にパチンコ屋が堂々と建ってるんですよ、信じられないでしょう? 等々、等々。

この安いドラマの脚本家が5分で考えたような会話は、信じたくはないが安いドラマのセリフなどではなく、現実に僕の目の前で明るくハキハキとした見るからに健康そうな人の良い妊婦がホガラカに言ってのけたコトバたちである。

まぁ、たまたま居合わせた他人であるし、身重だし、「ははは、その尼崎に僕は住んでるんですがね」と言って困らせてやろうかとチラとは思いつつも、結局何も言わずに別れた。

関西圏以外に住んでいる人にはピンと来ないだろうから一応説明しておくと、別に尼崎ってそんなひどい街じゃありませんよ。何をもって「ひどい街」なのかはわかりませんけど。
まぁ、ヤクザくらいはいます。水商売のお姉さんとかオバちゃんとかが立派な御髪にジャージ姿で昼間の商店街を歩いていたりもします。
古い町並みの方へ行けば夏は上半身裸のオッサンはまだしも、垂れ乳スケスケな婆さんが家の前に座っていたり、おそらく昨日の晩から寝たままの酔っぱらいが路地の真ん中で通行を妨げていたり。
夜は夜で、歩道でひっくり返っていた初老のオッサンに「大丈夫っすかー」と声をかけると、「あははー。こんな年寄りにしこたま酒飲ませやがってー。4万も5万もとって行きよったー。あの女ども、腹立つわー」などと寝転がったまま笑っていたり。

その程度、ちょっとガチャガチャしてますけど、別に悪い街じゃないです。

ですがそういうところで子育てなんかできないとおっしゃるわけです、その明るい妊婦さんは。
じゃあどういうところで子供を育てればOKなんだろう。
西宮か芦屋(阪神間では高級な街とされています。尼崎の近所なのに)の、校区内にピンサロはおろかパチンコ屋すらない(パチンコ屋も駄目なんですか?)、住民もそういう条件を求めて集まってくるから似た考えの、似た階層の、そういう人たちばかりが暮らす街。そういうところじゃないとだめらしい。

でもねぇ。
親が子供に教えなければいけない一番のこと、そして唯一のことは
「世の中にはいろんな人がいるんだよ」
それだけでいいじゃないかと思うんだけどなぁ・・・・。

子供の頃に「尼崎の駅には降りてはいけない」と聞かされて育ったその妊婦さんはある意味不幸だが、「行っちゃいけない」と言われてとうとう行かなかったこと自体は彼女の判断である。そして同じ事を自分の子供にも教え、その子供は自分の祖父母の時代の尼崎像を修正する機会もなく、やはり一度も尼崎で下車することなく生きていくんだろうな。

尼崎、けっこういい街だぞー。

・・・といいながら紹介する本がこれかいっ(苦笑

モンスター 尼崎連続殺人事件の真実
一橋 文哉
講談社

・・・悪夢見るくらいにえげつない本です。

(シミルボン 2016.10)

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