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蘭化じゃない。もう、ただの化け物。


『冬の鷹』
吉村 昭
新潮社

僕は語学の才能がない。努力が足りないだけだと言われるだろうが、何かに向けて努力が出来るというのも才能のうちなのである。
僕は語学が出来ないし、語学を修得する努力も出来ない。要するに向いていない。
というか、切実に必要としたことがなかったので、とうとう切実になれなかった、というだけの話なのだが。

大学に通っていた1年半(中退しました)で、とうとう語学の単位は1つも取れなかった。最初はちゃんと勉強しようと思っていたのである。が、第2外国語で履修したフランス語の第一回の授業に出てみてびっくりした。フランス人の教師が英語で授業をしていた。
わかるわけないだろこん畜生め。

で、吉村昭『冬の鷹』。
杉田玄白とともにターヘル・アナトミア(『解体新書』)を翻訳した前野良沢の物語。鎖国下の江戸で、全く情報がないところから、暗号を解読するようにオランダ語を習得し、医学書を翻訳してしまった男である。

彼が手がかりにしたのはフランス語ーオランダ語の仏欄辞書。前野良沢はオランダ語もフランス語も読めないのだが、彼は仏欄辞書のフランス語を無視する、という驚くべき方法でオランダ語を解読していく。

「たとえばでござる。雨乞いというフランス語には、むろんオランダ語の雨乞いという言葉が明記されておりまする。そしてそのオランダ語に、雨乞いとは日照りのつづく折に雨の降るよう祈る意、とオランダ語で註釈がついておるのでござる。つまりその註釈の中のオランダ語の数語でも存じておれば、ああ雨乞いのことかと察することが出来申すではござらぬか」

まさに暗号解読のレベル。青木昆陽がオランダ語の単語を仮名書き列挙した簡単な資料と、この仏欄辞書とをもって、前野良沢はまったくのゼロからわずか数年で医学書であるターヘル・アナトミアを翻訳してしまうのだ。

藩主から「蘭学の化け物」略して「蘭化」と呼ばれたほどの蘭学おたく。
こういう才のまったくない僕にとっては、蘭の字も取ってしまって、ただの化け物に思える。

(シミルボン 2017.3)

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