ゼロ年代ブックオフ店員の記憶

 「いらっしゃいませー!」いらっしゃいませー!いらっしゃいませー!…これは〈やまびこ〉。一日の目標として、ダッシュ(お客様やスタッフのもとへ小走りで駆け付ける)出し切り(入荷した商品はその日のうちに陳列)、スマイル(常に笑顔)、やまびこ(冒頭の大声複唱)。カウンター内からはコミックスの小口の汚れを削るガス―!ガス―!という研磨機の音。二〇〇〇年代初頭のブックオフの店員のテンションの高さは異常だった。私は奇妙に明るいサービス!サービス!の二〇年前にアルバイトとして働いていた。
 読者がまず知りたいのは買取値だろう。当時はアマゾンやヤフオク(また、そこに生息するセドリの客)の普及前夜で、希少本であっても買い叩きの投げ売りであった。指標はただ「新品に見えるかどうか」。小口の黄ばみ、背表紙の灼け褪せ具合など。CDはリリース年によりけり、のちに在勤中に高価買取対象の人気アーティストのリストができ、それらに多少色を付ける程度。よくて六〇〇円ほど。コミックスは一円買取を百円出し、三〇円買取を定価の七割出しだっただろうか。
 CDの人気商品は、B’z、モーニング娘。、SMAP、大塚愛、浜崎あゆみ、中島美嘉、モンゴル800らの新譜。万引き被害発生後、棚にはジャケットを陳列してディスクはカウンターに保管。新譜ではない長渕剛と氣志団もその扱いで、リスナーの傾向が窺い知れた。コミックスはワンピースとナルト全盛期。スラムダンク全巻ごっそり万引きして売りに来てという永久機関を狙う客(もはや犯人)が現れたため身分証チェック強化、ブラックリスト作成もなされた。〈やまびこ〉は防犯対策でもあった。
 レジ業務での発話は全てマニュアルに則り「〇〇円丁度お預かりします」と言っただけで「丁度、は要らない」とまで指導。店内は隅々まで蛍光灯の光。「旧来の鬱蒼とした古本屋のイメージからの脱却」と聞いた。その暗さ、狭さ、重み、匂いなどは人間本来のもつ要素なのだろうがほぼデオドラントされ、非人間的な明朗さこそ是、そんな方針であるようだった。
 二〇二二年現在はどこの店舗も静かで店員も愛想がない。それでいい。時給安いし。いま私は僅かの懐かしさと、値付けの目安を頭にもってブックオフをたまに利用する。画一的でありながら地域による品揃えの差などがあるのも一興、掘り出し物もまだある。知らない街の知らないブックオフに、また行ってみたい。

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