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わたしが魔女だった頃の話

今夜は寝物語に、わたしが魔女だった頃のことを話してあげましょうか。いやなにもね、当世風の “美魔女” だとか魔性の女だとか、いい女の代名詞のように使われている意味ではなくって、それが言葉どおり本物の魔女の話なの。

わたしが虎ノ門に通勤していた頃、歩道橋の下にひとりのホームレスの男性が根城を構えていたんだけど、このひとがもう、誰かれ構わず噛みつくもんだからみんな目を合わせないようにして足早に立ち去ったものだった。わたしもそのひとりで、防御のごとくうつむき加減に、どう間違えても視線が合うことのない状態にして彼の前を通るのだけど、行き交うひとの群れのなかでも必ず彼はわたしを見つけ出してこう吠えたの。

「この魔女が!!」って。

笑っちゃうでしょう。実際みんな、足早に通過しようと決め込んでいた通勤途中のひとたちが一斉にわたしを見て、あるひとなどは我慢できずに吹き出していたけれど、大抵は「笑っちゃ悪い」という感じでいたわね。

わたし?もう血気盛んな頃だもの、本当に頭にきてね。さすがに何をされるかわからないから口には出さなかったけれど、心のなかでは悪態をついていたわよ。「なんでわたし?それで、なんで魔女なのよ!」って。なにしろ、毎日だもの。しかも、朝の通勤時だけじゃなく、四六時中わたしの姿を認めると吠え立てるわけ。「この魔女め!!」って。なんだっていうの、もう…。

傑作だったのがね、あるクリスマスイブの晩のこと。21時くらいに会社を出て、冷たいけれど新鮮な空気が気持ちよくてふーっと息を吸い込んだら彼が出てきた。そして、わたしを見るなりこう叫んだの。

「この魔女が!どうせおまえなんて家に帰ってもひとりなんだろ!」って!そのときばかりはわたしも、心底腹が立ってね。実際そのとおりだったんだけど、よりによってその言い草。できる限りの殺気を漂わせて正面からおじさんを睨みつけたの。ふふっ、おじさんちょっぴり怖気づいていたと思う。

けれど不思議なことに、あるときを境にしておじさんはわたしを「お嬢さま」と呼ぶようになった。もう意味不明でしょう。通勤時は敬礼をしながら「お嬢さま!おはようございます!」夕方帰社しようとすれば、「お嬢さま!今日も一日お疲れ様でございました!!」って。通勤時なんて同じ時間帯なものだから、みんなも不思議だったことでしょうね。「なんであのひと、魔女からお嬢さまに格上げしたんだ!?」って。笑

これはまた別のケースなんだけれど、あるとき帰省するのに新幹線に乗っていたの。そのときわたしの心のなかは、愛するひととわずかな間離れて過ごすという、甘い不幸に酔いしれていて心ここにあらずといった感じ。なのに、なんだかとても賑やかな一団がそばにいるじゃない。見れば、おばさん2人と少女と、さらに小さい男の子がいて、どうやら子どもたちはきょうだいで、おばさんたちとは電車で乗り合わせただけのようだった。少女はとてもおしゃまで、こちらがびっくりするほど口がうまく、おばさんたちはしきりに感心していたわ。

すると突然、少女がまったく無関係を決め込んでいたわたしの方にやおら向き直って、指をさしてこう言ったの(もうわかるよね?)。

「おねえさん、あなた魔女ね」って。わたしは返事もしないで無視をした。だって無礼なんだもの。おばさんたちはその場の空気をどうしていいのか困っていたかもしれないから、今思うと本当に大人気なくて自分がいやになるのだけど。

まだあるのよ。でもあなた、少し眠くなってきたでしょう?

なんでわかるのかって?だってほら、わたしは魔女だから!




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